チャプター33
〜ドナーガルテンの街〜
山を降りて五日後、四人は無事に街へと戻ってきた。行きと比べると、台車の重量が比較にならないため、一日余分にかかってしまった。それでも、野盗や獣に襲われることもなく、安全な道中はとても気楽なものだった。
良くも悪くも、平坦な帰路だったと言える。
街の中に入ると、早速鍛冶屋に向かう。重たい鉱石は、一刻も早く預けてしまいたいというのが本音だった。それに、ゲートムントたちは鉱石を選別して、自らの武具に対してどのような石を用い、どのような強化を施してもらうかを相談しなければならない。これが楽しみでならなかった。
「じゃ、さっさと行こうぜ!」
「うんうん!」
「ちょっともー、二人とも落ち着きなよねー。急いだって逃げたりしないんだし、何も変わりゃしないんだし」
「はは、二人とも若いなぁ。でも、戦士だったら、ワクワクするんだろうね」
呆れるエルリッヒに対し、マクシミリアンの表情はとても穏やかだ。少なくともゲートムントたちの倍は生きているからこその余裕だろう。人間年齢に換算すればさほど精神年齢は変わらないはずなので、そう考えれば単純に大人なだけなのかもしれない。
マクシミリアンをしてその十倍は生きているエルリッヒは、自分のことを棚上げにしてそんなことを考えていた。
人々の注目を集めながら鍛冶屋までたどり着くと、鍛冶屋は明るく出迎えてくれた。彼もまた、武具や鉱石といった物に目がない一人なのだ。
早速、台車の上に山積みされた鉱石を手に取り、ためつすがめつしている。
「お前さんたち、やったじゃねぇか! こんなにたくさん持って帰るなんてな、予想外だぜ。けどよ、獣がいるって噂は話したろ、出くわさなかったのか?」
「そのことなんだけど……」
不意に「山頂付近の獣」の話になった。ここは作戦担当のツァイネが説明する。なんとなく、面持ちと声色が神妙なものへと変わっていく。
「おじさんはあの山にガーゴイルが生息していたのをご存知ですか?」
「ガーゴイル? 俺たちもそこまで頻繁には登らねーからなぁ、そいつぁ初耳だ」
今度は魔物の話になる。もちろん、鍛冶屋もこの手の話は大好きだった。興味津々の様子で耳を傾けてくれる。そうなると、今度はツァイネの気分も盛り上がってくる。話はどんどん進んでいった。
「俺も、ガーゴイル自体は知ってるけどよ、それって、昔の魔物だろ? そんなの、魔王時代の話じゃねぇか。まさか、生き残りなんて見た事ねぇぜ? あの山に登るのは、俺だけじゃねーんだしよ、誰かが遭遇したら、すぐさま噂にならぁな」
「ですよね。そこが疑問なんですけど、山頂付近には人間以外の生き物の骨が散らばっていました。多分、ガーゴイルが噂の獣を殺してしまったんじゃないかと考えました。それで、ガーゴイルについてなんですけど」
ここまで話して、今度は急に声をひそめ始めた。エルリッヒとゲートムントは、なんとなくツァイネの意図が読めたために表情が険しくなってしまう。
「魔王復活の影響じゃないかと思うんです」
「なっ!」
人に話してはいけない話ではないが、決してみんなが知っているような話ではない。鍛冶屋が驚くのも無理はなかった。
しかしツァイネは話を止めない。これは街の治安にも関わる、とても重要な話だからだ。もちろん、鍛冶屋も恐れおののいたりはしない。むしろ一層強く関心を持って聞き入った。
「その話、本当なのか?」
「少なくとも、魔王が復活したという話は本当みたいです。俺たちが習った歴史によると、人間は魔王時代には魔法を使って、魔物は今よりもはるかに凶悪だったと言われています。だから、魔王復活の影響によっていなくなったはずのガーゴイルがこの地、少なくともあの山に生息するようになったんじゃないでしょうか。まだ、街までは出てきていませんし、俺たちへの直接的な影響はなさそうですけど」
現段階では脅威が少ない話であっても、無関係ではない。ガーゴイルがなぜ山にいるのかもわかっていないのだ。そこを拠点としているのか、魔王がより強く力を取り戻したら街を侵攻するつもりなのか。いずれにせよ、ありがたい話ではない。
「山にガーゴイルが出たってだけじゃ、まだ何も判断できねーわな。でも、大事な話しをしてくれてありがとよ。幸い俺たち竜人族は魔王時代を知ってる奴もいるし、何しろ大陸最強のギルドもある、備えさえしっかりしてりゃ、なんとかなるだろ。まずは、どうやって街の連中に知らせるか、だな。っとと、その話は今は後回しだ、それより、フライパンの修繕とお前さんたちの武具の強化だな」
「そうだぜ! 大事な話しもいいけど、まずそっちを頼むぜ!!」
しびれを切らせたゲートムントの声は、一気に場の空気を変える。そうだ、まずはそちらを先にしなければならない。
「んじゃ、フライパンは三日後に取りに来てくれや。代金は余った鉱石の買い取り分で埋めるってことで、いいか? この分じゃ、絶対余りそうだからな」
「えっ、そんな融通利くの? やたっ! じゃあそれでお願い! いい感じにお願いね!」
これは、持ちかけた鍛冶屋に取ってもありがたい話だった。グラビタイトはまずもって重く、その採掘と運搬は竜人族の腕力をもってしても決して楽な作業ではない。それが、目の前でこれだけごろごろしていたのでは、余らせた分の処遇については考えないはずがなかった。
当然、この街のどこを探しても、これを買い取ろうなどという商人はおらず、よその町へ持って行くことも困難だ。まして人間の鍛冶屋や武器屋に、これが取り扱えるとも思えない。工賃を買い取り価格で埋めるという話は、天から降りてきたようなアイディアだった。
「じゃ、交渉成立だな」
「うん! 三日後に取りに来るね! ってことで、私は好きに過ごさせてもらうよー。マクシミリアン、何かとありがとね」
「こちらこそ、楽しい旅だったよ」
これから諸々の交渉に入るゲートムントたちを置いて、エルリッヒは一人鍛冶屋を後にしてしまった。てっきり一緒にいてくれるものと思っていた二人は、あっけにとられてしまう。
「あ、ちょっと、エルちゃん?」
「なんてことだ」
そのショックは意外なほど大きかったが、別に一人で先に帰ってしまうわけでも、宿を変えるわけでもない。単純に別行動する時間があるだけなのに、やはり寂しく思ってしまうのは、それが思いの丈なのか、ここが異国の地だからなのか。
「まあまあ。お前さんがた、そんなにしょげなさんな。それより、武具の強化だろ? まず、何をどれだけ持って帰ってきたか、そっからちゃんと見させてもらうから、その辺で待っててくれや」
「お、おう」
「は、はい」
やはり少し沈んだテンションで、二人は店先のベンチに腰掛ける。包丁の整備や工具の修理などに来た客が座るために用意しているものだ。
「そうだ、お前さんたちはグラビタイトは使うか? 重くなるが、強度を増すにはいいぜ? それに、いざとなったら武器を投げつけるだけですげぇ攻撃になる。鎧もだけど、着てるだけでも鍛錬になるぜ?」
「い、いや、俺はやめとくよ。さすがにあの金属を軽々と振るう自信はねーから」
「お、俺も。持ち味はスピードだし」
なんと恐ろしい申し出だろうかと怯えつつ、二人はなんとなくグラビタイトで強化された武具を軽々と身につける自分の姿を想像した。なるほど確かに戦士としては大幅なパワーアップだ。一点突破の槍にあの重量が加われば、それはもうハンマーで殴っているのにも匹敵するだけの頑強さが加わるし、ツァイネはツァイネで、あの重さが加わった武具で今と同じ立ち回りができるのであれば、それを脱ぎ去った時の素早さは想像を絶するだろう。それに、武器の重量が増すということは、そのまま攻撃力の増加につながる。
今は受けることができないが、魅力的な申し出なのは、間違い内容だった。
「先々、もっと強くなったらお願いに来るかもしれません」
「お、俺も!」
なんとなく可能性は残しつつ、今は別の鉱石を用いて強化してもらうことにした。
「よーし、それじゃあ一通り仕分け終わったし、説明すっからこっちこい」
鍛冶屋の呼びかけに、二人は嬉々として駆け出すのであった。
〜つづく〜