チャプター32
〜ドナー山 山頂付近の採掘場〜
昼下がり、朝からの登山と戦闘がひと段落しての昼食時。四人は再び台車のそばに集まっての穏やかな時間だった。
岩肌の足元には、採掘で出た無数の鉱石が転がっていた。この山は色々な鉱物が採掘できるらしく、その種類は四、五種類あった。まさに色とりどりである。
「しっかし、採掘なんて初めてやったけど、色んな石が掘れるもんだなぁ。赤い石に青い石に、光ってるっぽいのもあるし、普通の鉄みたいなのもあるしなぁ」
「本当だよね。普段俺たちはお店で武具を物色するだけだけど、結構面白いもんだね」
武器防具を用立てるために鉱石を採掘して武具屋に仕立てを頼む。市販の既製品を買うことの多い一介の戦士にはこう言う経験は少ないが、各地を転々とする無頼の戦士や経費を抑えたい貧乏戦士、そして自らの身につけるものにはこだわりたい歴戦の戦士など、その面倒な調達経路を選ぶ者は意外に多かった。
一方、王室騎士団、それも親衛隊御用達の武具を身に付け、改めて武具を整える必要のないツァイネと、偶然購入できた特注品の槍を操り、モンスター素材のみを自らが調達した火竜の鎧を身に付けるゲートムントは、やはり武具調達のために採掘作業を行ったことはなかった。
先輩戦士からは、鉱石によって作られる武具に様々な特殊効果があるとは聞いているので、二人とも興味はあった。しかし、今の武具に不満がなく、そんじょそこらの製品では得られない強さを誇っている以上、あえて新しい武具に手を出そうという気が起こらなかった。
今回採掘に挑んでみたのは、今の武具を強化することができる、という話が都合良かったからに他ならない。
「あの石を生成して武具に掛け合わせるんでしょ? 面白いよねー」
「僕も、この山の成り立ちには詳しくないんだけど、色々な鉱物が採掘されるから、昔から重宝してたみたいだよ。と言っても、あんな凶悪なガーゴイルみたいなのがいたんじゃ、おいそれと採掘ツアーってわけにはいかないだろうけどね」
エルリッヒお手製の昼食を頬張りながら、四人は山と鉱石についてのんびりと語り合っていた。雲の上に出たのか、日差しが眩しく照らす。時折、地面に散らばった鉱石がその光を反射し、普段は見えないような色で輝く。
平和だった。
「それでさ、どのくらいまで採掘するの? 私としては、日が落ちる前には山を降りたいんだけど。ガーゴイルだって、あれっぽっちで討伐完了したってわけはないだろうし、ああいう魔物は夜になると強くなりそうだし」
「そうだね。俺もエルちゃんの意見には賛成だよ」
「ってもなぁ、どんだけ用意したらいいかなんて、俺たちじゃ判断できねーしなぁ。山ほど持ってくしかねーだろ」
「それなら、おやっさんに見てもらって、いい感じにしてもらったら? それにほら、途中で採掘したグラビタイトも回収しておりなきゃならないんだし、ここでそこまで重たくするのは得策じゃないよ。どうだろう、お日様があっちに見えるエルフィン山の陰に入ったら下山するっていうのは」
そう言ってマクシミリアンが指差したのは、ドナー山から向かって東に位置する大きな岩山。どう見ても、ドナー山より三割は標高がありそうだった。
「確かにな。じゃ、そうすっか」
残ったサンドウィッチを勢いよく頬張ると、ゲートムントはその勢いのままに立ち上がった。エルリッヒの提案にツァイネが賛同し、ゲートムントが提示した不安をマクシミリアンが分解して方向性を決める。とてもいい流れだった。
「てわけで、マクシミリアンはいい感じの時間になったら教えてくれや。俺たちはそれまで掘ってるからさ」
「うん、任せて。あ、でも、何か変化があったら、すぐに計画変更するからね。危険はできるだけ避けなきゃならないから」
「そっか、それはそうだね。んじゃ、ま、ご飯食べたら再開しますか」
こうして、四人の昼食タイムは過ぎていった。
ー一時間後ー
「ふぃ〜、結構掘ったな。どんなもんだ?」
額に伝う汗を拭いながら、ゲートムントは足元に転がる鉱石たちを眺める。台車に積んで持ち帰るには、これをひとまとめにしなければならない。まだ時間はあるかもしれないが、そろそろそういう作業に取り掛かった方がいいのではないかと思った。
「なあ、そろそろ搔き集めとかないと、これ結構面倒じゃね?」
という提案は、もちろん一堂に受け入れられた。今度は一転屈んでの作業である。なんと地味な作業だろうか、と思ったのはゲートムントだけではない。エルリッヒもまた、同じようなことを考えていた。
「山の天気は変わりやすいし、天気が荒れてきたら予定早めないとだしね。そんじゃ、そろそろ回収しよっか。ねー、マクシミリアンー、どの鉱石がいいか、知らない〜?」
「鉱石の選別か〜、そうだね〜、僕もそこまで詳しいわけじゃないし、持って行けるなら全部がいいんだけど、乗る? 乗らないなら、色の澄んでる鉱石の方が貴重なはずだよ」
鍛冶屋から聞きかじった知識を披露する。間違ってはいないのだが、熟練の名工である鍛冶屋の知識、見聞に比べるとまだまだ未熟だ。限られた台車のスペースを使うのだから、見た目が綺麗なだけのクズ石や、武具の強化には使えない宝石を持ち帰ってしまってはいけない。
それでも、宝石はまだ売却価値が発生するからいいが、そうでない石も当然含まれてしまうわけで、そうなると、これは思いの外責任重大だった。
「とりあえず、真偽のほどが怪しかったら僕のに見せてくれるかな。みんなが自分で判断するよりは、多少はいいはずだからさ。あとはもう、さっきのアドバイス通りに選んじゃって。それで、台車に乗るようだったらもっと持って帰ろう。もちろん、グラビタイトを積む分は残してね」
にっこりと笑い、春の日差しのような笑顔を向けたマクシミリアンに癒されつつ、三人は鉱石の回収を始めた。腰を痛めそうな格好も、一時的なことと思えばさして苦にはならない。
マクシミリアンのアドバイスをもとに、透き通った石、綺麗な石を中心に選んでいく。黒い鉱石も、それはそれで丈夫そうではあったが、ここは心を鬼にして選別していく。そもそも、ここへ向かう間に聞いたマクシミリアンの講釈によると、鉄やそれに近い鉱石は、武具を作ることには向いているが、今回目的とするような、特殊な武具を強化する目的にはあまり向いていないらしい。もっと、既製品の「鉄の鎧」や「鋼の剣」といった一般的な武具の強化に用いるのがせいぜいということだった。
「確かに、俺の槍も何でできてるかわかんねーしなー。竜殺しの金属ってくらいで」
「わかる! 俺のも、素材についてはさっぱりだもん。素材についても製法についても、王宮の秘密で、教えちゃくれないんだ。だから、今回の強化でどうなるか、すごく気になってるんだよ」
二人は少年のように目を輝かせていた。武具の強化は、子供が新しいおもちゃを買ってもらうのと同じくらいワクワクする出来事だということらしい。
そんな二人を見て、エルリッヒは「男の子ってば、やっぱ子供だねぇ」などと思うのであった。その心持ちは、まるで近所のお姉さんそのものだった。
「さて、とりあえずこんなもんかな。ねえ二人とも、値打ちの怪しい石はこの辺にまとめておこうよ。そしたらマクシミリアンも見やすいでしょ?」
「そっか、それいいアイディアだな!」
「うん、そうしよう!」
二人は仕分けを終え、値打ちの怪しい石を持ってきた。石だまりの出来上がりである。そして、今度はマクシミリアンがその怪しい石を大雑把に値踏みし、クズ石をより分けていく。
「とりあえず、僕が見てわかるのはこんなところかな。こっちは値打ちがありそうだから、持って帰ろう。それじゃ、台車を持ってくるから積んじゃってね」
こうして、山頂付近での採掘はひと段落し、下山することになった。戦闘に採掘にと、盛りだくさんの一日である。
そして、山を降りてからは四日以上の行程、まだまだのんびりとできない。しかし、一行の表情には、明らかな安らぎが見て取れた。
〜つづく〜




