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チャプター31

〜ドナー山 山頂付近〜



「……はよー。おはよー!」

 まどろみをノックするように、柔らかな声が降り注ぐ。その声はまるで不思議な力でも持っているのか、だんだんと意識が暗黒から浮かび上がってくる。

「ん……」

「あれ……俺、寝ちまってたのか?」

「おはよ! 二人とも」

 二人はゆっくりと体を起こす。視界に飛び込んでくる太陽のように眩しい笑顔。なんだか、体が妙に痛い。背中も、ゴツゴツしている。一体ここはどこだったっけ。何をしていたんだっけ。各々記憶の糸を手繰り寄せる。

 そして、次第に思い出される先ほどの戦闘。

「そうだ、ガーゴイル! えるちゃん、ガーゴイルは!」

「まさか復活なんかしてねーよな!」

「ダーイジョーブだってー。まずは落ち着いて落ち着いて。ガーゴイルは二人が落っことしたっきりだよ。復活なんかしてないから」

 その言葉を聞くや否や、二人の顔に安堵の色が湧き上がる。よかった、ガーゴイルはあの時確かに絶命していたのか。

 先ほどの戦闘は無事に終わったことに安心すると、ようやく今の状況を気にする余裕が出てきた。背中に感じた硬さはなんだったんだろうか。そして、微妙に景色に見覚えがない。確かにドナー山の景色ではあるが、何かが違う。

「ねえ、ここ、どこ?」

「そうそう。察するに俺たちはあの後眠っちまったみたいだけど、どうなったんだ?」

 先ほどまでの山道に比べ、圧倒的に開けた場所にいる。しかし、中腹の採掘場ではなく、別の場所だ。そして、先ほどに比べて雲が近く、心なしか空気が薄い。知らぬ間に上まで登っていたというのか。

「ここって、どう見てもさっきより高いところにいるよね。しかも、俺たち台車に乗ってるし。もしかして、もしかする?」

「げ、これで運ばれてここまで来たってのか。うへー、かっこ悪〜! マクシミリアン、重かったんじゃね?」

「ははっ、重かったのは確かだけど、僕らは君たちより腕力は上だからね。それに、エルリッヒさんも助けてくれたし」

 にこやかに腕まくりのポーズをとるその姿に、きっと一生懸命眠りこける自分たちが乗った台車を押してくれたのだろうと思うと、たまらなく申し訳ない気持ちが浮かんでくる。守るべき女性に、むしろ守られてしまった。

 二人の想いは同じで、一様に顔を見合わせ、肩を落とした。もっとしっかりしなくては。この旅の間、まだまだ困難や戦闘が待ち構えているかもしれないのだから。

 ゲートムントは元気よく台車から飛び降りると、まだ痛む体に鞭を打ち、軽く体操を始めた。その様子を見ていたツァイネも、すぐに倣う。疲れが取れた訳でも傷が癒えた訳でもないが、先ほどよりは明らかに体が軽い。なんとか調子を取り戻し、名誉挽回しなくてはならなかった。

「二人とも、無理しなくていいからね? この辺は安全そうだし、私たちはその辺で採掘してるから、休んでてよ」

 まるで天からの光のような優しい言葉に今は甘えさせてもらおう。ピッケル片手に岩肌に向かい歩いていくエルリッヒの姿を見つめながら、二人は再び顔を見合わせた。

 しかし、安全そうとはどういうことなのか。戦士としての性分で、ついつい気になってしまう。確か、ここには危険な獣がいるのではなかったのか。まさかマクシミリアンが退治したとは思えない。それに、自分たちがいくら深く眠っていたからといっても、ここで戦闘があればさすがに気づくはずだ。ゲートムントもツァイネも、数多の戦場を駆け抜け、そういった感覚は研ぎ澄まされている自覚があった。

 俯き加減で悩んでいると、ツァイネがある物に気付いた。

「あれ?」

「おう、どうした?」

 ツァイネが指差した先、そこには無数の骨が散らばっている。

「げ! なんだありゃ」

 思わず眉をひそめるゲートムントだが、ツァイネの様子は冷静だった。少なくとも、人骨を前にした時に見せるような厳粛な表情ではなく、かといって駆け出しの頃のような驚き方もしていない。

 つまりは”別の生き物”の骨だ、と言うことだ。これが動物の骨だというのなら、話は別だ。二人にとっては、武具を作る素材にすらなりえる。

 それを察知したゲートムントもまじまじと謎の骨を見つめる。すると、確かに大きさも形状も、自分の知る人骨のそれとは違う。謎の頭骨に至っては、明らかに獣のそれだった。

「なあ、これって……」

「うん、もしかしたら、街で聞いた獣の骨じゃないかなって」

 ここは標高が高く空気の薄い場所。このような過酷な環境に生息できる生き物など、そうはいない。そう考えれば、噂の獣の骨という可能性は十分に考えられる。

 問題は、その死因だ。自然死なのか、事故死なのか、はたまたガーゴイルのような魔物にやられたのか。もし自然死なら、深く気にしなくていいかもしれない。だが、もしこれがガーゴイルのような魔物と戦った末の死なのだとしたら、それはとても恐ろしいことだ。もしかしたら、その危険な魔物と相対しなくてはならないかもしれないのだから。

 願わくは、魔物によってやられたとしても、その犯人が先ほど倒したあのガーゴイルでありますように。背筋が寒くなる思いを抱えながら、二人は小さく祈った。

「よし、ちょっと詳しく調べてみるよ」

 座っていた台車から飛び降りたツァイネは、採掘に勤しむエルリッヒとマクシミリアンをよそに、謎の骨に近づいていく。そして、散らばっている骨を一本でに取ると、コンコンと叩いてみたり、両手で持って折ろうとしてみたり、色々な見聞を行った。

 そして、骨の乾燥具合も確認する。白骨化するということは、それなりに時間が経っている証拠だが、当然その時間が浅ければ、骨にはわずかに肉が残っているはずだった。

「うーん、これは……」

 そうしてツァイネが出した結論は、死語一年以上は経っているのではないか、ということと、知らない生き物の骨ではないか、ということだった。

 生物学者ではないので、あくまで想像の世界ではあるが、転がる骨の形状には見覚えがない。しかし、この大きさは、獰猛であればとても危険だったことだろう。こうして骨の状態で出会えたのは、やはり幸運だったのかもしれない。出会ってから判断していたのでは、遅いのだから。

「どうだ? 何かわかったか?」

「あ、ゲートムント。うん、安全かどうかはともかく、俺の知らない大型の獣の骨みたいだね。死後一年くらいだから、最近の話じゃなさそうだよ」

 獣の噂がいつから出てていたのかは知らないから、この骨がその正体なのかもわからない。あのガーゴイルがいつからいたのかもわからない。

 ただ、あんなに凶悪なガーゴイルがいたのでは、ここまで登るのは生半可ではないはずだ。それができた頃の噂と考えれば、ガーゴイルが出現するようになってからのこの山の情報は更新されていない可能性が高い。噂の主がガーゴイルにやられていたとしても、なんら不思議はなかった。

「あくまで仮説だけど、噂の主がガーゴイルにやられた成れの果てっていう結論で、一応の問題なさそうだよ。灰色のガーゴイルが複数いる可能性も捨てきれないから、危険は危険だけど、ここまでは安全だったみたいだし、一旦は俺たちも採掘を手伝って良さそうだね」

「そっか。早く必要な分を掘っちまって、さっさと下山するのが得策ってことか」

 二人は各々そばにあったピッケルを手にして、エルリッヒの元へと向かった。



「お、二人とももう大丈夫? だったら、あっちの岩肌をお願い。色んな石が出てきて、面白いよ〜?」

 エルリッヒのかけてくれた言葉が二人に染み渡る。危険はあるけど、今は採掘に集中しよう。そして、この声が最高の治療薬のようだった。

「よし、任せとけ!」

「だね! 早く始めよう!」

 二人は意気揚々、指示された場所へと向かっていった。




〜つづく〜

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