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チャプター3

〜王城 正門前の跳ね橋にて〜



「やっぱ、緊張するね」

「あはは、さっきの勢いはどうしたのさ」

「わ、分かるぜ。俺も緊張してきた」

 何度尋ねても、お城というのは緊張するし、悪い事をしているわけではないのになんだか牢屋にでも入れられそうな気持ちになる。

 これが庶民というものなのだ。対するツァイネは、かつての職場でもあり、そういう気負いは一切ない。世の中には、かつての職場を訪ねるという行為に気まずさを覚える人間もいるというのに。

 この度胸こそが騎士に志願し、親衛隊にまで上り詰めた理由の一端だった。

「ほら、悪い事したわけじゃないんだから、行くよー」

 ツァイネは無邪気な表情のまま、二人の背中を押した。跳ね橋の向こうには、いつものように衛兵が二人、立っていた。

「こんにちはー」

 気さくに声をかけたツァイネに、右の衛兵が睨む。鎧を着て槍を手にしているため、どうしても強そうに見えるし、相手も威圧的だ。

 これだからお城は苦手なのだ、と心の中で毒づきつつも、エルリッヒはツァイネに対応を任せる。もちろん、隣のゲートムントも同じだった。これこそが、「餅は餅屋」という事である。

「貴様、何者だ? 用のないものは王城へは入れぬ。まずはここで要件を言ってもらおうか」

「えっと、国外渡航許可の申請に来たんだけど。申請のための入城はみんなに認められてたよね? いいかな」

 ともすると、制度については衛兵の二人よりも詳しい。だからか、言葉の端々に自信が滲み出ていた。この二人が制度を守るのであれば、ここで追い返される事はあり得ないからだ。

「待て待て待て。誰も通すとは言ってないぞ。勝手に入るな」

「えー?」

 半ば予想していた事だが、止められてしまった。そういえば、前にも似た様なやりとりをした気がする。そして、先ほどから左の衛兵とは少しも話をしていない。そんな事に気がついた。なにんだか、ずっと考え込んでいる。

「ねえ、あなたはなんでさっきから黙ってるの?」

 通してくれなさそうな雰囲気には頭を抱えてしまうが、ついついそちらが気になってしまった。それに、もしかしたら彼には交渉の余地があるかもしれない。そんな事を気にするのはエルリッヒだけなのか、二人は顔を突き合わせて相談している。やれゴリ押しだのやれコネだのと、若干物騒な単語が聞こえているが、ここは聞こえないふりをする。あまりこちらから強引なやり口はしたくない。

「ねえ、ねえ」

「えっ? あぁ、ごめん。そちらの背の小さい方の君、どこかで見た事があるんだけど、どこだったか、思い出せなくて……」

 その一言が、引き金になった。今まで二人で相談し合っていたはずのツァイネが、いつの間にか左の衛兵に詰め寄っている。

「ちょっと〜、背の小さ方って、その言い方はひどくない? 確かに俺はゲートムントより小さいけどさー、ここでそんな風に言うかな〜。善良な小市民の申請も勝手な権限で蹴ろうとするしさ〜。そもそも、衛兵ってそんなに偉くないでしょ? 何、二人ともどこかの貴族の出なわけ? そのうち爵位を継ぐって言うんなら、威張るのも仕方ないけど、貴族の子息なら、衛兵なんてやってないでしょー? 全く、ひどい話だよ! エルちゃん、仕方ないから強引な手段を使おう!」

「ちょ、ちょっと! 何もそこまで……」

 必死になって制止するが、勢いは止まらない。こんなに積極的に不平不満を募らせるツァイネの姿など、初めて見た。そもそも、身長の話がツァイネにとって鬼門だったとは。確かにゲートムントより低いが、こんなに話すきっかけを与えようとは、想像だにしない。それほど気にしていて、それほど気に障ったのだろう。

「いーや、一般庶民相手に身長の事で馬鹿にするのも気にくわないし、そもそも越権行為で威張るのも気に入らないよ! ここは、ちゃんと理非を質さなくちゃ」

「おい小僧、さっきから聞いていれば越権行為がどうの身分がどうの、一般庶民の身の上で何様だ? こちとら城内勤務だぞ? 仮にも、この国の騎士なんだがな。言葉遣いには気をつけてもらいたい。下手をすると、お前をこのまましょっ引く事もできるんだぞ? 不審者としてな」

 もともと態度の大きかった右の衛兵が、聞き捨てならないと口を挟んできた。エルリッヒは衛兵の正式な身分は知らないし、この二人の出自も分からないから、身分が違うとかどうとか、そういう事には口を挟めない。しかし、現時点において、ツァイネがその身の証を伏せている事には、何か意味があるのではにか、と考えた。本来なら、元親衛隊員だと明かしてしまえば、それで済むはずなのだ。

「不審者、か。それは困るね。それより、左の衛兵さん、俺といつ会ったか、思い出せた? あいにくとこっちは覚えてないんだけど」

「あぁ、悪い。今思い出してるところなんだけど……いや、悪いといえば、さっきの言い草はこっちが悪かった。その事は謝るよ」

 こちらの衛兵は、随分と態度が柔らかい。二人ともが偉そうな態度を取っていては、職務にならないのだろうから、偶然だろうがこれはこれでいい判断なのかもしれない。しかし、いい加減いつ会ったのか、それとも記憶違いか、思い出してもらわなければ話が先に進まない。

「じゃあ、俺からもいくらか質問してみようか。例えば、そうだなぁ、俺は過去何度かお城に行った事がある。もしかしたら、その時って事はない? 君が、本当の意味の城内勤務だった時とか、練兵場で訓練してた時とか」

「いや、それはないだろう。俺は配属されてからずっとこの門番を任されている。宿舎以外だと、城内ではほとんど移動しない。やっぱり、過去ここに来た時にでも会ったか?」

 すぐに身分を明かしてしまえばいいのに、何をしているのだろう。エルリッヒがもどかしさを覚え始めた頃、ようやくツァイネが話を進め出した。

「いや、それなら俺が覚えてるよ。じゃあ、例えば、陛下の御前に立った事は?」

「陛下の御前に? そんな誉れ高い経験はない……いや、待て何度かあるな。節目の挨拶の時とか、何かの報告の時とか。でも、それが何か……」

 少しずつ、記憶の扉が開かれているようだった。ようやくか、と事態を見守る三人は退屈と戦っていた。

「陛下の御前に立った事があるのなら、この顔に少しくらいは覚えがありそうなもんだけどなぁ」

 決して自意識過剰な意見ではなく、ツァイネの顔は城内では知られていた。平民出身でありながら、騎士として親衛隊員になり、親衛隊随一の実力を誇りながら電撃的に辞職した男。騎士団はおろか、貴族社会全体でも、王都の社交界でも、それなりには知られていたのだ。だからこそ、ツァイネはすぐに思い出してくれないこの衛兵に、少しばかり寂しさを覚えた。

「この顔? その顔……うぅん……確かにどこかで……あ! あなたはもしや!」

 ようやく思い出したのか、表情が変わる。そして、ツァイネに小さく耳打ちをする。

『あなたは、元親衛隊のツァイネ殿ではありませんか?』

「もー、ようやく気付いてくれた? 俺、少し寂しかったんだけど。それとも、鎧を着てないどころか、剣も提げてないと、気付かないものかな」

 気づかれないのは寂しいが、あの鎧が強烈な目印だったのも事実だ。そう考えれば、顔を見ただけでは思い出せない人間がいるのも、仕方ないのかもしれない。

 しかし、それはそれとして、気付いてくれた以上、これでようやく話がスムーズに進むはずだ。自ら身分を明かすのは、どうも図々しい気がしていた。

「それじゃあ、さっき俺の言った事が、口から出任せじゃないって事はわかるよね? 二人に俺たちの申請を断る権限がない事も、俺たちが身分違いの申請をしようとしてるわけじゃない事も」

「そ、そうですね。先ほどは失礼致しました」

 急に態度が変わった。その様子に、エルリッヒ達は痛快なものを見たが、右の衛兵は納得いかない様子だった。栄えあるお城の衛兵が、庶民相手になぜこのような言葉遣いにならなければならないのか、といったところだろう。それも、急に言葉使いが変わったのだから、納得いかない。

「おい、なんで急にそんな言葉遣いになるんだよ」

「お前、今の今まで気づかなかった俺が言えた事じゃないけどな、この方は、俺たちが逆立ちしても勝てない相手だぞ。騎士としても、身分の上でも」

 ツァイネの事を知らないのか、はたまた面識がないから気付いていないのか。しかし、左の衛兵は「これではクビが飛びかねない」と判断したのか、ツァイネの事を軽く紹介した。親衛隊出身の看板は、国内のどこに行っても通用する。

「し、親衛隊だとーーーっ! それって、騎士団最高の栄誉じゃないか。玉座の間で、直々に陛下をお守りするんだぞ? なんだってそんな誉れ高い立場の人間がこんなところに……本人、庶民って言ってたじゃないか」

「そこだよそこ。本人を前に噂話をするのも気がひけるけど、一説には、貴族に取り立てられそうになったから辞めた、なんて言われてるんだよ」

「はいはい、それは噂だからねー。俺は、騎士団勤めが堅苦しくなったから冒険者になっただけだから。それに、伯爵位に取り立てるだの叙勲だのって噂は確かに聞いた事あるけど、実際俺にはなんの打診もなかったんだから、結局は噂だよ、噂。それじゃ、とにかく中に入らせてもらうね。二人とも、規則はちゃーんと把握しておいた方がいいよー。じゃねー」

 呆然とする二人を尻目に、ツァイネは余裕の表情で中へ入っていく。そんな様子に感心しながら、エルリッヒ達二人も後を追う。なんだかんだ言って、最初のトラブルはツァイネ一人の力で解決できた。

 入り口ですらこうなのだから、城内ではすんなり申請でき、すんなり審査が通るといいのだけれど。珍しく心配をするエルリッヒであった。




〜つづく〜

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