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チャプター20

〜ドナー山 麓〜



 街を出て四日後、一行はドナー山の麓に到着した。街で買い込んだピッケル六本と借りてきた台車、そしてその台車を引くために手伝ってもらう、竜人族の若者。彼、マクシミリアンについては、人足と言っても差し支えのない存在なのだが、鍛冶屋の紹介してくれた若者で、土地勘と腕に自信のある、気っ風のいい若者だった。そのため、エルリッヒたちともすぐに打ち解けていた。とはいえ、まだ四十前と竜人族としては若いためエルリッヒのことは知らず、子供の頃から何度も聞かされてきた昔話に出てくる、長老とともに街を救った救世の乙女がまさか目の前にいる娘だとは、気づかないでいる。

「さ、ここからが大変だよ。僕も登ったことはほとんどないんだけどね。休憩してから登る? それとも、覚悟はできてる?」

 山を見上げて感心している男二人に、優しく声をかける。実際、目の前にそびえ立つドナー山はまさに急峻な岩山という風情で、ゴツゴツとした灰色の岩肌はいかにも難関といった趣で一行を出迎えていた。そして、見上げた先の頂上付近には、分厚い雲がかかっており、時折雷光が見えている。山の天気は変わりやすいというし、ゲートムントたちも修行の最中で岩山に登った経験はあるが、それはもっと標高の低い山だったし、そもそも山頂付近は晴れ渡っていた。これが、もっと過酷な山なのかと、息を飲む。

「い、いや、大丈夫だ。行こうぜ」

「そ、そうだね。躊躇してても、何も始まらないしね」

 そもそも、二人がこのお使いを受けたのは、エルリッヒのためという目的だけでなく、山頂付近で採掘できるという、貴重な鉱石を求めてのことだった。また、山頂付近にいるという獣の存在も気になっていた。修行の末、さらなる自信を付けた自分たちに対する腕試しという意味でも、またその獣の素材を武具に転用したり、売ってお金にしたりできないかという皮算用という意味でも、山頂付近まで足を延ばす必要があった。

「じゃ、行こうか。山道は一本だから、迷うことはないはずだよ。おやっさんに連れられて行った時、グラビタイトの採掘場は本当に中腹にあって、そこでいろんな鉱石を採掘したんだけど、そこから先には行ったことがないんだ。だから、山頂付近まで行くんだったら、気を引き締めないとだよ」

「わーってるよ。俺たちだって、伊達にこんな鎧着てるわけじゃないし、生半可な覚悟でこの旅に来てるわけじゃないからな」

「ここまで来たんだ、成果を得ないままじゃ、帰れないよ」

 マクシミリアンの忠告を受けて尚、二人の決意は変わらない。もちろん、そばで聞いているエルリッヒも、そうでなくては面白くない、と思っていた。長老から直に聞いた、魔物の噂は気になるものの、どうせ登るなら山頂付近まで行って、貴重な鉱石とやらをこの目で拝みたい。そして、このメンバーならそれが可能である、という確信もあった。

「何かあったら、二人の修行の成果、見せてもらうからね〜」

 などと水を向けられてしまっては、いやがうえにも張り切ってしまうのだ。安全への配慮はするにしても、応援の一言だけで、普段の何倍も頑張れる二人がいれば、どんな悪鬼羅刹すら相手ではないだろうとさえ思わせた。

「任せとけ! 俺たちの上がった実力、見せてやるから!」

「自信過剰になるのは良くないけど、努力したのは事実だからね。ところでマクシミリアンさん、この山って、噂の獣以外、どんな危険生物がいるんですか?」

 見た目には同じ年ごろに見えるものの、年齢では倍のマクシミリアン、その経験と知識は、少なくとも年齢相応であり、見た目とは不釣り合いなほどであった。

「そうだなぁ、この山は食べ物が少ないからね、狼やリザードみたいな獣はいなかったはず。でも、前におやっさんがガーゴイルに気をつけろって言ってたっけ。僕も、会ったことはないんだけどね」

「ガーゴイル……」

「どんな奴なんだろう」

 全員、名前だけは知っていた。小悪魔の一種族であり、伝承によれば人間の子供ほどの図体に尖った耳、空を飛ぶ翼、そして先の尖った尻尾を持つ生き物であり、炎を吐いたり鋭い爪で引き裂いてきたりするらしい。かつては街道にも生息し、多くの旅人や駆け出しの冒険者が犠牲になったとされている。

 伝承の中の存在であり、実在するのかどうかもわからず、まして魔王が滅んで以来、悪魔族の多くは消滅、または力の大半を失う、といった憂き目に遭っており、現代においては存在そのものが疑わしい問いっても過言ではなかった。

 しかし、

「俺たち、前に悪魔を倒してるからなぁ……」

「魔王が復活してる、なんて話も聞いたしね」

 今までなら「おとぎ話の中」と一笑に付してしまうような出来事に、いくらか遭遇している。まして魔王復活とあれば、ガーゴイルが目の前に現れても、不思議はなかった。

「じゃあ、二人はおやっさんの話を信じるんだね?」

「一応な。油断して痛い目見るわけにはいかねーし、用心するに越したことはないからな」

「もし実際に相手をすることになったら、それはそれで経験になるしね」

「なんか面白くなってきた! ところで、マクシミリアン君は敵が出てきたら戦ってくれるんだよね?」

 鍛冶屋からは腕っぷしが強いと聞かされていたが、何しろ街道沿いは平和なこの国、ここまでの四日間は魔物はおろか、獣や盗賊と遭遇することすらなかった。そのため、鍛冶屋のいう「マクシミリアンの腕っぷし」がいかほどのものかは、まるで未知数だった。

「戦うよ、戦うに決まってるじゃん! 僕ら竜人族は、君たち人間族よりもはるかに強靭な肉体を持っているんだから。それに、この得物は伊達じゃないよ!」

 そう言って、ベルトに挟んでいた斧を取り出し振るってみせる。マクシミリアンの装備している斧は、鍛冶屋お手製の逸品らしく、鋭さよりも重さで叩き切る斧という素性を無視するかのような恐ろしいほどの切れ味を誇り、青く輝く刀身の色も、鉄製ではない特殊な金属による凄さを匂わせていた。

 これまでは、その性能とマクシミリアンの腕っぷしは薪割り程度にしか発揮されていなかったので、一同の期待は高まる。

「それにしても、その斧は本当軽いよね」

「ああ、そうだよな。俺も驚いた」

「でしょう? これはね、重さを軽減する特殊な金属でできているんだ。グラビタイト鉱石とは逆の存在だから、レビタイトって呼ばれているんだけどね。もちろん、合金だからいろんな金属が合わさっていて、他の金属の良さも持ち合わせているけどね。僕が、おやっさんの採掘を手伝った時に、お礼代わりにって作ってくれたんだ。恐ろしい名品だよ本当に」

 聞けば聞くほどよだれが出そうになる能書きに、二人はますますの決意を固めてしまう。武器に目がないのも、戦士としての性なのだった。

「じゃ、行こうか。登山道は結構急だから、気をつけてね」

「おう」

「エルちゃんも、気をつけてね」

「はーい」

 こうして、四人はごつごつとした山道を登り始めた。




ー一時間後ー



 何もない山道で、一行は早々と休憩を取っていた。慣れない山道、慣れない登山、それがどれだけの疲労に繋がるかわからないため、先導のマクシミリアンが気を利かせてくれたのだ。

 小一時間といえど、登った高さはそれなりにあり、遠くドナーガルテンの街が霞んで見えていた。

「みんな、足と膝は大丈夫?」

「ああ、ありがとな」

「でも、思ったよりキツイかも」

「空でも飛べたら、楽チンなんだけどねー」

 元の姿に戻った自分が三人と荷物を背中に乗せて飛べばあっという間なんだけど、とちらりと脳裏をかすめたアイディアを瞬時に抹消すると、冗談めかして口にしてみる。歩くよりもはるかに楽なのは確かだが、なんとなく、この大変な山登りこそ醍醐味なのではないか、という気もしていた。

「あいにくと、竜人族でも翼の生えた人はいないからね。僕らも、そこまでは竜の力を受け継いでなくて」

 竜人族の成り立ちについては諸説ある。現在最も有力とされているのは、人と竜が混じり合ったという説だが、生物として大きくかけ離れた二者が結びつくことはない。そのため、この説には無理があると誰もが思っていた。所詮は、権威ある学者の与太話に付き合わされているに過ぎない。しかし、竜王族の存在を知る者からすれば、人の姿を取っている時の竜王族が人間との間に授かった子こそ、竜人族の祖ではないかと考えていた。

 もちろん、それは長老をはじめとした、かつてエルリッヒと知り合いその正体を知り得た、限られし者だけではあったが。

「竜人族に翼がないのは惜しいけど、山登りも楽しいじゃん。さ、そろそろ行こうか」

「だね」

「じゃ、またついてきてね」

 四人がそれぞれ支度を整え、再び山登りを開始しようとしたその時、

「な、なあ、なんか、囲まれてね?」

 ゲートムントが不穏な一言を発した。

「まさかそんな〜。こんな低いところで〜。って、ほんとだ、気をつけて」

 遠く霞むような距離からではあるが、確かに迫ってくる気配があった。マクシミリアンの表情が険しくなり、斧を抜き放つ。

 それに呼応するように、ゲートムントも槍の包みを開ける。もちろんツァイネも、剣を構える。一応、魔法の石は装着しないままで。

「ま、まさか気づかなかったなんてね」

「私たち、気楽すぎたのかもね」

 気配の主が獣なのか魔物なのか、はたまたガーゴイルなのか、それはわからない。けれど、危険な存在であることは、十分に伝わってきた。

 「どうか身勝手で殺すようなことになりませんように」と思いながら、エルリッヒもフライパンを構えた。

「エ、エルちゃんはどこか安全なところにいてよ」

 とツァイネは勧めてくれるが、

「囲まれてるのに、どこに逃げるのさ」

 とエルリッヒは聞かなかった。事実、これでは逃げることはできない。どこか一方向の相手を集中的に討伐して逃げ道を作るか、全滅させるか、この二つしかないのだ。

「んじゃ、元気に四人で戦いますか」

「エルリッヒさんは、僕らに守られていてくださいね」

 マクシミリアンの紳士的な言葉と共に、一行は気合を入れた。




〜つづく〜

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