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チャプター14

〜ドナーガルテンの街 鍛冶屋〜



「できないって、どういうことなのさっ!!」

 街中に響いた心の叫びが落ち着くと、事情の確認を求めた。詰め寄るエルリッヒに対し、おじさんは済まなそうに頭を掻いているが、深刻な表情はしていない。

 一体どういうことなのか。

「いやいや、そう慌てるなって。何もやらねぇっつってんじゃねーのさ。材料がねぇのよ。ほら、あのグラビタイト鉱石が」

「な、なんだ、そういうことかー。焦ったよー。わざわざ国を超えてきたのに無理って言われたら、泣くしかないもん」

「あのー、ちょっといい?」

 安堵の表情と共に胸を撫で下ろしたところで、ツァイネが小さく手を挙げて尋ねる。先ほどから旧知の二人で会話が続いており、ゲートムントとツァイネは少々ついていけないでいる。それでも、なんとなく話の流れは理解できていたが、鉱石の話が出てきてしまっては、もうお手上げだった。

 それがあのフライパンを構成する金属なのだろうか。

「何? ツァイネ」

「俺たちにもわかるよういろいろ教えて欲しいんだけどさ、そのなんとかっていう鉱石が、このフライパンの材料なの?」

「なんだ兄ちゃん、なんも知らねーのか。よし、待ってろ? フライパン直すにゃ足りねーけど、原石の一個くらいならあっからよ」

 そう言って奥へ引っ込んだおじさんは、すぐさま戻ってきた。手には、漆黒の岩石が握られている。確かに、岩石地帯で採掘するような鉱石だ。しかし、こんなに黒い石は見たことがない。

「それが、原石ですか?」

「おうよ。ま、不純物も多いんでな、このままじゃ加工するには全然足りねーけどな。ほれ、しっかり持てよ?」

 おじさんが軽く手渡してくれる。一応、「あのフライパンの原材料なのだから」と気合を入れ、重たいという覚悟をしてそれを受け取った。

 次の瞬間……

「!!! 何これ!」

「だろ? だからしっかり持てって言ったじゃねーか」

 想像以上の重さに、うっかり落としそうになる。たかが岩石一つのはずなのに、今腰に下げている剣はおろか、ゲートムントの槍よりも重い。本当にこれがまともな鉱石なのだろうか。しかも、不純物が多いとも言っている。つまり、純度が低い分軽いはずなのだ。それで、この重さなのだ。よもや自分の国にも埋蔵されているんじゃなかろうかと一瞬考えはしたものの、聞いたことがない。やはり、外の国というのは恐ろしい。想定外の存在に満ち溢れている。

「おいおい、情けねぇなぁ。そんな石っころ一つに何重そうな顔してるんだよ。いくらあのフライパンの材料ったって、そのサイズだろ? どれ、お前さんより力のあるこの俺が持ってみようじゃないか」

 自信満々のゲートムントに、ツァイネの瞳がキラリと光った。

「本当、だね? そんなに力の差が大きかったっけ? ま、くれぐれも覚悟するんだね。はい、どうぞ」

「おうよ。任せと……けっ!! な、なんだ……コレ!! ふ、普通の重さじゃねぇじゃねぇか!! ふぬぬぬぬ!!!」

 言わんこっちゃない。そんな言葉が脳裏をよぎるツァイネだった。予想通り、ゲートムントも想像を絶する重さに持つのがやっと、という様子を見せている。そして、そのあまりの重さに、ゲートムントはもはや持つのがやっとで、何かを考える余裕はなくなっていた。

「二人とも、情けないなぁ。ほら貸して」

 辛そうな顔で「なんとか持っている」だけのゲートムントから、今度はエルリッヒが受け取った。二人はあのフライパンを軽々と振るう姿を見ているので、見た目以上に力があることは知っていたが、予想以上に重いこの鉱石、さすがに重たそうなそぶりを見せるのではないかと、一応の心配をしていた。

 しかし、

「まったく、これくら軽々と持てなきゃ、料理人にはなれないぞ?」

「い、いや、俺たち料理人にはならねーから。はは、ははははは……」

「う、うん、そうだよ。だから、そこまでのパワーはいいかな。あはははは」

 乾いた笑いが小さく響いた。本当に、エルリッヒの細腕はどういう仕組みなのか、気になって仕方ない二人であった。



「さて、というわけで、今持ってもらったこいつだが、いかんせん数が足りない。材料と代金さえ用意してくれりゃ、いつでもすぐさま直してやるってわけなんだが、エルちゃん、どうする?」

「どうするったって、代金はちゃんと持ってきてるし、そのためにここまで来たんだし、やるしかないでしょ。それこそ愚問だよ」

「ねえエルちゃん、やるって、何を?」

「ああ、まさか、怖いこと考えてるんじゃないよなぁ」

 エルリッヒとおじさんの交渉を聞きながら、二人の表情は次第に引きつって行った。交渉の余地、もとい諦める余地が一切ないということは、つまりこの鉱石を集めてくる、ということに他ならない。

 事実、武具を作るため、はたまた装飾品を作るため、山々へ赴いて鉱石を採掘してきてほしい、というような依頼は王都のギルドにもよくやってくる。要は、そういうことなのだ。しかし、こんなに重たい鉱石を、一朝一夕で採掘できるのか。そして、そんなに簡単に運搬できるのか。二人の間には恐怖にも似た疑問が渦巻いていた。

「採掘の依頼なら、初めてじゃないでしょ? でさあおじさん、この石、どこで採れるの?」

 鉱石をおじさんに返すと、荷物から地図を取り出し、大きく広げた。すぐさま視線をこの街に移す。

 おじさんもその地図を覗き込むと、右上、北東の方角を指差した。

「この辺りにな、山があるんだよ。ドナー山っつって、この街の名前の由来になった山なんだけどな? そこの中腹あたりに鉱脈があるんだ。だから、そのあたりで採掘すりゃ、すぐにゴロゴロ出てくるぜ」

「おっけー。距離的にもなんとかなりそうだし、三人で行けば楽勝だよね」

「やっぱ、俺たちも行くのか……」

「運命、共同体だもんね……」

 普段なら嬉しい言葉も、この場では恐怖の道連れでしかなかった。一体どれだけの苦難が待っているのだろう。これはもはや、戦士としてのチャレンジではない、そう位置づけていた。

「なんだ、なっさけねーなー、そんなんでいいのか? この山の頂上付近には、もっと貴重な鉱石もゴロゴロしてんだぜ? そうすりゃ、兄ちゃんたちの武具も、もっと強くできるかもしれねーぜ? 尤も、魔物も住み着いてるから、危険きわまりねーけどな」

「そ、それなら!」

「俺たちの出番だ!」

 あの鉱石と比べてまともな重量の金属というのであれば、大歓迎だった。二人とも、武具の強化には余念がない。元々が強力なので、王都を初めとした国中の武器防具屋で強化の余地がほとんどないと言われているだけに、その可能性があると聞かされれば、先ほどの絶望感も吹き飛んだ。

 問題は、魔物が住んでいるということくらいだ。もちろん、それだって本職が戦士なのだから、可能な限り討伐するのが倣いである。運が良ければ、その魔物の牙や角、それに鱗や翼などを持ち帰れるかもしれない。そういった素材も、武具強化の立派な材料になり得るのだ。

「じゃあ決定ね。出発は明日の朝、また入り口で馬車を手配して、麓まではそれで行こう。後は、おじさんから台車を借りて、それを曳きながら山を登る。中腹まできたら、一斉に採掘、そんな感じでオッケーね」

「了解!」

「腕がなるぜ!」

「おーおー、威勢がいいねぇ! んじゃ、改めて注文しに来るのを待ってるぜ?」

 話はついた。段取りも決まった。おじさんからは明日出発前に台車を借りる手はずも整った。さあ、今日はもう自由だ。

「さて、それじゃあ今から宿を取りに行こう。そしたら自由時間。でオッケー?」

「オッケー」

「異論なーし」

 二人の賛同を取り付けたところで、一行はおじさんと別れ、宿屋のある区画へと向かった。

 まだ、日は高い。




〜つづく〜

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