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チャプター13

〜ドナーガルテンの街 外門〜



「それじゃ、ありがとうございました」

「ありがとうございましたー」

「どもー」

 街の入り口にあたる門のすぐ脇で、馬車から荷物を下ろしながら、三人はヘーゲルに挨拶をしていた。ここでもサザンノクトの街と同じように、街のすぐ外に辻馬車の詰所がある。ヘーゲルたち辻馬車の御者は、ここで元々の街に戻る旅人を待ちながら、のんびりと過ごすのだ。

「こちらこそ、良い旅になってよかったです。それに、素敵な食事を作って頂いて、まさかこんな幸運に預かれるとは思いませんでしたよ」

 この度ですっかりおなじみとなったヘーゲルの笑顔。こういった辻馬車での移動は、だいたいが粗末な食事になってしまう。それが毎食毎食ちゃんとした食事で、それも代金不要というのだから、これほどありがたいことはなかった。

「そう言っていただけると、私も料理人冥利に尽きますっ」

「そっか、エルリッヒさんは食堂をやってらっしゃるんでしたよね。っとと、あまりお引き留めしても良くないですね。それでは、残りの旅がよいものになりますように」

 別れの挨拶を済ませた一行は、早速街の中に入る。

「へぇ〜!!!」

「すっげ〜!!!」

 エルリッヒにとっては懐かしの街、ドナーガルテン。街を入ってすぐ、中央広場があり、その広場を取り囲むように商店が立ち並び、入り口から見て商店の左右にはこれまた大きな門があり、それによって区画が区切られた住宅街がある。一行が探すことになる宿は、住宅街と商店区画の間、ちょうど正面から見て右斜め前に位置する区画に存在していた。

 そして、街の景観として何より目を引くのが、中央最奥に位置する巨大な建物である。馬車の中から遠く見えていたそれは、近くで見るとまたとてもすごい威容がある。エルリッヒはこれを街を治めギルドの統率者でもある長老のいる御殿だと解説する。偉いから大きな屋敷に住んでいるのではなく、それだけ街やギルドにとって重要な人物なのだと伝える。そこに鎮座まします長老は、かつてこの地域で活躍した、名うての戦士なのだ。街ごとの自治権が強いこの国にあっては、大きな精神的支柱でもあった。

「どう?」

「いや、驚きだ……」

「うん、声も出ないよ……」

 活気あふれる街の姿よりも何よりも、まず目に入る長老の屋敷に目を奪われているようだ。それもそのはず、あまりにも大きく高い建物は、それだけで犯罪抑止に繋がっている。いつでもどこへでも目を光らせているというアピールであり、警護する兵士たちの人数も多い。それらは、街の治安についても一級の責任で臨んでいることと併せて、並々ならぬ治安と抑止力をもたらしていた。

「さてと、それじゃあ早速鍛冶屋に行くから、ついてきて。ここの鍛冶屋は、武具屋も兼ねてるから、二人も行ったら楽しめると思うよ」

「お! それはいいねぇ、じゃ、お供させてもらおうかね」

「だね。珍しい武器があるかもしれないし」

 二人の同意は取った。後は赴くだけだ。中央広場を抜け、当時と変わらぬ町並みを歩いて行く。人通りが多く進みにくい商店街の雰囲気も、そこで働く人たちの表情も、当時のままだ。もちろん、顔ぶれ自体は完全に同じではなかったが。

「えーと、ここを後五軒だったかな。はーい、ちょっとごめんなさーい。通りまーす」

 人ごみの中を大きな荷物で歩いて行く。迷惑には違いないだろうが、ここではこれが日常茶飯事だった。誰も、深くは気にしない。

 そんな街の営みに戸惑いながらも、ゲートムントとツァイネも後ろをついて行く。

「お、あった。ここだここだ! すみませ〜ん!!」

 雑踏に負けないよう大きな声を出し、そこにいるであろう店主を呼ぶ。

「はーい、いらっしゃ〜い!」

 と、熱気のする店の奥から威勢のいい声が響いた。元気なおじさんといった声色だ。いかにも鍛冶屋のオヤジらしい、と思う男二人。

 そして、中から出てきたのは予想どおりの活気溢れる筋骨隆々のおじさんだった。しかし、二人はその外見に、少し戸惑ってしまった。

「えっと……」

「おっちゃん……」

 二人が戸惑うのも無理はない。ぱっと見は人間そっくりだったが、その耳は鋭く尖り、人間よりも大きな体躯をしていた。

「あっはっは、兄ちゃんたち竜人族を見るのは初めてかい?」

「ま、そういうことなの。二人とも、これが竜人族。人より立派な体と、尖った耳、それから見た目どおりに強靭な肉体が特徴。でも、何より大きな特徴は、時々とても大きな体の人がいることと、歳を取るととても小さな体のおじいちゃんおばあちゃんになること、それから、人間よりもよっぽど長い寿命」

「まじか! おっちゃん、何歳?」

 エルリッヒの説明に驚愕の表情で、おじさんのことを指差す。本来なら人を指差すのは失礼にあたるが、おじさんは気にしていないらしく、豪快な笑みを崩さない。

「ガッハッハ! 兄ちゃんたちに俺はいくつに見える。百七十五歳だ。多分」

「ひゃ、百七十五? 待て待てどう考えても五十前後だろう! 嘘だ〜!!」

 ゲートムントの驚きは無理もない。それほど長寿命な人間など、会ったことはなく、おとぎ話の中でしか知らない。

 しかし、この驚きはツァイネも同じようで、ゲートムントほどではないが、驚愕の表情を崩せないでいる。

「え、えっと、みなさんそんなにお若いんですか……?」

「まぁな! けどよ、かあちゃんたちの方が若いんだぜ?」

「竜人族の女性って、いつまでたっても若くて美しいの。ほんと羨ましいわ〜」

「い、いや、エルちゃんも十分若いままだと思うけど、それにしても驚きを隠せねーぜ……」

 ゲートムントたちの驚きはもちろんのこと、おじさんも初めて竜人族を見た人間と出会ったのは久しぶりのようで、笑いを禁じ得なかった。

「あーおかしい! さてはこの国の奴じゃないな? いいねえいいねえ! こんな反応されるのなんて何十年ぶりかね! っとと、お嬢ちゃんはそんなことないみたいだな。竜人族は初めてじゃないのか……いや、それより嬢ちゃんのその赤毛、珍しいな。まるで火竜の鱗みてーだ。待てよ? 燃えるような赤毛の娘? もしかして、エルちゃんかい?」

「おじさん、遅いよ!! なんでもっと早く気付いてくれなかったのさ!」

 遅まきながら気付いたおじさんに対し、こちらも指を差して憤る。もちろん本気で怒っているわけではなく、冗談めかしているのだが、すぐに気付いて欲しかったというのは本音だった。

「いやぁ悪い悪い! 久しぶりだったからつい! で、エルちゃんは今どこで何をしてるんだ?」

「南の国で食堂をやってるよ」

 ささやかだけど、確かな営み。返す言葉には強い自信が込められていた。そして、おじさんもその一言にすっかり嬉しくなる。

「そうかそうか! じゃあ夢を叶えたんだな! ちくしょう自分のことみてぇに嬉しいや! そっかそっか、そいつぁよかった。だけどよ、なんでこんなとこに来たんだ? 南の国ってことは、国境を越えたんだろ? ここだって、南のサザンノクトからじゃ少しあるし……」

 その言葉を遮るように例のフライパンを取り出し、見せつける。

「じゃーん! これ、覚えてる?」

 そして、それをおじさんに手渡す。

「もちろんだぜ! っとと、相変わらず重てぇな、こいつは」

 あまりの重さに一瞬ふらついたものの、すぐに体勢を立て直し、すぐにしっかりと手にする。その重量を知っているゲートムントたちは、片手で持っているおじさんの力を想像して、身震いする。これが竜人族の腕力なのかと。

「忘れるもんかよ。これは俺がエルちゃんのためにあつらえたフライパンだぜ? 俺の前に調理器具を作ってくれって言ってきて、料理人になりたいって夢を語ったあの時のエルちゃんに贈った、最高の逸品だ」

「そ。おじさんの傑作。だけどさ、さすがにずっと使ってきて、所々傷んできてるんだよね。だから、これを直してもらおうと思ってやって来たんだ!」

 瞳をパッと輝かせ、その目的を語った。これこそ、この街にやってきた唯一の目的なのだ。そして、目の前にはこれを鋳造した職人がいる。直せるのは彼、おじさんしかいない。

「なるほどなぁ。おしっ、任せとけ! と言いたいところだけど、そいつぁ出来ない相談なんだ。悪いな」

「うんうん、て、え、え、ええぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!

 おじさんの意外な回答に、町中にエルリッヒの咆哮、もとい叫びが響き渡った。




〜つづく〜

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