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チャプター12

〜ドナー平原〜



 サザンノクトの街を出て三日目の昼下がり、道の真ん中に馬車を止め、一行は昼食がてら休憩していた。

 他の馬車や旅人の邪魔にならないよう道の脇に停車して、調理器具一式を整える。相変わらずエルリッヒは料理人として腕を振るい、都度の食事には手間暇をかけていた。御者のヘーゲルも、これには嬉しい誤算とばかりに相伴に預かっていた。

「ねぇヘーゲルさん、ここって何街道って言うんですか?」

 馬車内で食事をしながら、エルリッヒが問いかけた。地図を見ても、どこにも街道名が書いてなかった。隠すほど重要な機密でもないだろうし、そもそも、この国はそこまで強力な国家自治は敷かれておらず、各々の街や村が比較的強い自治を行っている。それゆえ、中央の指示で統制、ということは考えにくかった。

「街道の名前、ですか? そんなもんありませんよ。大きな街には名前の付いた街道もありますが、街と街を結ぶ道には、名前なんて。道は道ですから」

「へぇ〜、国ごとに違うもんなんですねぇ」

 名前なんて大したことではないのだが、あった方が便利だろうにと思いながら、炒め物を口に含む。自画自賛だが、とても美味しい。野菜はまだ新鮮だし、このために買った調味料も香ばしい。三日前に入った食堂で食べた味に少し似ているのは、香辛料が同じだからだろうか。

 同じと言ってもあくまで推測だが、味覚も嗅覚も人間以上に研ぎ澄まされているエルリッヒが使うのだ、大きくは外れていなかったのだろう。少しずるい気もするが、料理人としては嬉しい結果だった。

「エルちゃん、前にこの国に来たことがあるんでしょ? その時に知ってたんじゃないの?」

「そういえば。俺たちはともかく、エルちゃんは初めてじゃないんだよなぁ。忘れちまったってことなのか?」

「えっ? いやー、随分前のことだからねぇ」

 百年も前なら色々違っていても当然。しかし、さすがにそうは言えないのでほのめかす程度に留めておく。人間社会では。二十歳前後ということにしているのだから。

 少しだけ冷や汗をかきながら、なんとかお茶を濁す。

「お客さんがたの国では、街と街を結ぶ道に名前が付いてるんですね。それは面白いですね。私も長いこと色んなお客さんを乗せてきましたが、南の国のお客さんは初めてですよ。すぐ隣なのに、意外なもんですけどね」

「人の縁ってことなんですかね。俺たちも、初めての外国なんですよ。街や人がそんなに違わなくて、安心しました」

「あ、それわかる。俺もそれ思ったわ。全然違う種族の人が住んでたらどうしようって思ったもんな」

「ふっふっふ、二人とも甘いよ。あまあまの貴重なお砂糖よ。これから行くドナーガルテンの街はね、竜人族の街だからね」

 フォークを物差し棒のように振りながら解説する。竜人族に会うのは何年振りだろうか、とても懐かしい。

「竜人族?」

「どういう連中なんだ? それ……」

 自分たち人間以外の種族と会ったことのない二人には、まるで理解のできない竜人族の存在。一体どういう存在で、そもそもコミュニケーションが取れるのかすら想像できない。敵でなければそれでいい、としかイメージできなかった。

「ヘーゲルさんは会ったことあります?」

「そりゃあ私はね。サザンノクトではまず見ないけど、中央から北の地域じゃ当たり前に暮らしてますから」

「へぇ……」

「やっぱ、外国って面白いな!」

 竜とつくからには強いのか、翼が生えているのか、炎を吐くのか。二人の脳内では、思い思いの想像が繰り広げられていた。その内容が眼に浮かぶようで、苦笑いが浮かんでくる。きっと、好き勝手に想像しているのに違いないと。

「あー、二人とも? なんか変なこと考えてるようだけど、そんなすごい人たちじゃないからね? 会ってみればわかるけど、普通だから」

「え、普通なの?」

「えぇ? なんかつまんねーそれ」

 勝手に期待しておいて勝手につまらないとは何事か。ゲートムントの変わりように、少し拳を握り締めると、その気持ちを封じるかのようにパンを大きく頬張った。

「はむっ!」

「それにしても、ここはいい国ですね。この三日間、盗賊にも獣にも出会ってないんですから」

「そうですか? 私たちにとっては、これが普通なんですよ」

 ゲートムントとは違い、ツァイネのコメントはいたってまじめだ。実際、この国では今まで一度もそういった不逞の輩や敵性動物と出会っていない。三日間という日数が短いのは事実だが、それにしても安全すぎる印象だった。これがツァイネには不思議でならない。この国の事情を知らない者としては、どのようにその治安が守られているのか、聞いておきたいとすら思っていた。

「この国の治安がいいとすれば、それは街ごとの自治力が強いからかもしれませんね。よその国の細かい事情はわかりませんが、ここほどの自治は認められていないと聞きます。だから、街や村が地域の治安を守ろうとする気持ちも強くなりますし、盗賊に身をやつすような人も少なく済んでいるのかもしれません。ま、一介のおじさんの意見ですから、アテにはなりませんがな。ハッハッハ!」

 ヘーゲルは持論を展開すると、それを軽く笑い飛ばした。こうして笑い飛ばせることすら、安全な証拠なのかもしれない。

「そうだ、一つだけ間違いないのは、目的地のドナーガルテンの街にあるギルドの影響、これは外せませんね。屈強な戦士たちが多数登録されていて、街を指揮する長老の元何かあったらすぐに向かうんですよ」

「ギルド? 職人組合みたいなものですよね。俺たちの国にもありますけど、街の依頼をこなすのが主な役割じゃないんですか?」

 聞きなれた単語に、会話の食指は動くばかりだ。前のめりになって話を聞く。対するヘーゲルも、水を向けられればどんどん話してくれる。元来、話好きのおじさんなのだろう。

「おお、同じような組織があるんですね。そうです、普段は国中から集められた困りごとの解決のために、その腕っ節を振るってもらいます。近隣の獣を退治してほしい、危険な薬草を採りに行くから護衛をお願いしたい、そんな感じですな。ところが、いざ街や国の一大事となれば、大長老の指揮の元、報酬や名誉など二の次でその解決に当たるのです。彼らの活躍があればこそ、この国は安全なのかもしれません」

 言葉の端々から伝わってくるのは、ギルドやそこに属する戦士たちへの、絶対的な信頼感。確かに、腕に覚えのある戦士がすぐさま駆けつけるような体制が整っていれば、悪漢も行動しにくいのかもしれない。騎士団が王都から赴くのとは、指揮系統も違うだろう、であれば、解決までの速度も違うだろうから。

「なるほどー。そういう組織があれば、いいかもしれませんね。でも、ドナーガルテンが国土のほぼ中央に位置しているとして、例えば国の端で何かがあった時は、行くだけで大変なんじゃないですか?」

 頭の中に地図を思い浮かべながら、疑問をぶつけてみる。実際、王立騎士団での最大のネックはそこなのだ。辺境の土地に赴く時は、そのタイムロスだけは目をつぶらなければならなかった。

「そこは大丈夫です。辺境の土地には、ギルドの出張所があるんですよ。私たちが利用する機会はほとんどありませんが、山奥の土地、海に囲まれた島、危険生物の多い地域、そういった場所には、もれなく出張所があります。ドナーガルテンからの要請は、極力最寄りの出張所が担当します。もちろん、普段の依頼も、そういった目的地に近い出張所が担当するんですよ。だから、タイムロスは少なくなっています。どうです、いい制度でしょう」

 自慢げな語り口からは、ギルド制度に対する誇りすら感じられた。この知識を持ち帰るだけでも、ツァイネにとっては収穫だったかもしれない。

「さ、食事もそろそろおしまいですかな。エルリッヒさん、とても美味しかったです、いつもありがとう。みなさまもよろしければ出発しますが、どうなさいますか?」

「あ、はい、俺は大丈夫です」

「俺は移動中でも飯は食えるからいつでも大丈夫」

 船酔いには弱いゲートムントも、陸上ではまるで関係ないらしく、揺れる馬車の中でも平然と眠れるし、平然と食事ができていた。何がそんなに違うのか、詳しく調べたいエルリッヒであった。

「じゃ、私片付けてきますね」

 調理器具一式を片付けに外に出る。本当なら食器ともども洗いたいのだが、生憎とこの近くに小川は流れていない。あらかじめ摘んでおいた大きな葉っぱで軽く拭くと、そのまま調理器具と食器を片付けた。本格的に洗うのは、次に小川の近くを通った時だ。

 そして、使い終わった葉っぱは燃やしてしまう。本当なら自ら火を吹いて消し炭にしたいところだが、そうもいかないので逐一火を熾す。面倒とは言っても、エルリッヒが人間界にやってきた頃に比べれば、幾分簡単になったのである。

「お待たせ〜」

 片付けを終えて馬車に戻ると、ヘーゲルはにっこり微笑んで、出発の合図を送った。

 再び馬車は走り出す。




〜つづく〜

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