第一話 光恵の夜明け
私は宮田光恵という名である。この頃の子供の名前――といっても私も子供なのだが――は変わった名前が多い。例えば、同級生の、あの陰湿な女子生徒。田中肌柚阿。たなかきゅあ、と読むらしい。大人の名前は大抵の場合読むことが可能だ。だが、同級生の名前を読むには、少々苦戦する。間違った名前で呼ぶと失礼かもしれないので、私は苗字にさん付けで呼ぶことにしているのだ。そして名前は、他人の会話を盗み聞きして覚える。
そんな中で私は読みやすい名前のようで、中学に入ると教師に「光恵ちゃん」と呼ばれることが多い。同級生は苗字にさんづけなので、彼らは私が教師に、ひいきされていると感じているようなのだ。
それが原因で、陰口を叩かれることもあるのだが。それはまあ、個人の自由だと思っている。死ねと言われて私は死ぬわけにはいかないし、うざいと言われて変わるわけでもない。それは、個人の自由なのである。
ただ、上靴に画鋲を入れたり、教師にあることない事吹き込んで、私の立場を不利にしたりするのは、やめてほしい。この間だって、委員に立候補しようとすると、担任の山田がガセネタを信じ込み、私を落選させた。
陰湿な田中肌柚阿。何がキュアだ、ゲスでしょうが。キュアだと言うのなら、キュアキュアすること、してみたらどうなのだ。
ああ、こんなこと考えて毎日通学しているだなんて。長年使われていない、トイレのような気持ちになってしまう。ダメよ、ダメダメ。キュアキュアしなければ。
着いた。学校、キュアキュアしていない田中がいる学校である。何故かキュアキュアしない田中は、早く学校に来ている。キュアキュアしにでも来たのだろうか。
私は全くキュアキュアしない気持ちで、僅かに砂のかかったコンクリに足を踏み入れた。
ガラガラガラ。効果音としては、そんなところか。加齢臭を身にまとったオッサンのうがいのような音を立てるドアは、私が手をかざすと開いた。と言ってしまったら魔法のようなので、本当はドアをただ開けただけだ。ドアはそんなプロセスを踏んで開き、教室を露わにした。
イヤン、エッチとは教室は言わない。そこまで綺麗でも、増してや中学生男子の下の身長が良くなるようなものでもない。ただ普通の、使い古した教室である。当然のように、机が並んでいる。二列でセットになり、それが三つ並んでいた。
教室にあるのは机だけではない。そうだ、キュア田中がいるのである。教室にデフォルトでついてくる机と同じように、キュア田中の周囲には何人かの女子がいるのだ。まず左から紹介しよう。世界で一番ブスと称されてもおかしくない、ブス子(本名、アマンダ寧々子)そしてその隣、依代花音。腐っているのに花と称している”花だったもの”は汚い音を奏でます。まるで悪霊が宿っているかのように感じます。初対面で、名前からそのことが読み取れたので、名は性格を表すというのが、しみじみわかりました。ありがとう、依代花音。あばよ、依代花音。
そしてその隣。右端。ヨーロッパ中心の地図でいうと、極西だろうか。私は少々先を言ってるので、地図が分からないのである。右端に居るのは、おさげ石倉。石倉はおさげを振り回し、暴れることで有名だ。別名おさげ狂信者。
アマンダ寧々子、依代花音、おさげ石倉が三人コンビのお笑い芸人さながらの仲良さで、私を見た。笑いもしないし、変顔もしやしない。もともと変顔であるのは置いておき、なぜ無表情なのだろう。答えは簡単だ、私が嫌いなのである。恐らくは、キュア田中に吹き込まれたのだろう。アイツは光恵よ、光る恵と書いて光恵よ……!と吹きこまれ、哀れにも判断能力が乏しい彼らは「光る恵と書いて光恵よ……!」を信じ込んでしまったのだ。
「光る恵と書いて光恵がきた! うわ、なんかいいにおいがする! くっせえ!」
そうキュア田中は、取り巻きが立つのに一人だけ座って、ちぐはぐな表情をして叫ぶ。
「いいにおいがするけどくっせえ、光恵! 光恵ぇえぇ、今日も早いねぇええ、今日は? 今日も、ぁたしの宿題やってくれるのぉおお?」
おさげ石倉はついにその本性を露わにした。新聞であれば一面にでかでかと載るレベルだということは、容易に予測できた。
「誠に申し訳ありません。私は廃品回収車じゃないのです」
私は丁寧に、天※陛下のように言った。
するとおさげ石倉は、両の触覚を引っ張り、整形に失敗した女のような顔をして、こうつぶやいた。
「なんでよ。あんた宿題得意でしょ、山田先生から宿題狂信者って呼ばれてるの聞いたわよ。」




