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異世界での生活5

 翌日、遅めの朝食を終えた後、俺たちは揃って宿を出た。空は快晴。気温も過ごしやすく、実に最適な作戦決行日和と言えよう。

 向かうのは町の中央から少し北側に向かった所にある広場。この町で最も賑わう場所のひとつだ。

 理由としては単純で、流れの商人などの行商がここで露天を開くからだ。南側にも似たような広場はあるが、そちらはこの町に定住している人間による屋台や市場が開かれているので差別化されている。日用品などは基本的に南側の市場で買われるが、物珍しい物が集まるのでこちらにも人が集まってくる。

 加えて北側の広場には中央に噴水などもあり、景観もいいためカップルや子供連れで賑やかしに来るものも多い。


「さて、と。こんなもんで大丈夫かな。変じゃない?」


 広場の片隅にある死角で、俺は自身の格好を再確認する。現在の俺は旅着の上に年季の入ったフード付のローブと旅の行商人といった風体をしている。ちなみにこのローブはマルテール商会で実際に行商を行っている人物のものを一時的に借り受けたものだ。

 加えて目元を隠すように黒い丸眼鏡をつけ、髪の色もニコルの魔法で青白く変色させてある。


「変じゃないです。随分雰囲気変わってますよ、リアさん」

「少なくとも顔をしっかり覚えてないと、疑惑を持たないレベルで別人」


 二人からお墨付きを貰う。なぜこんな格好をするのかと言うと、身バレを防ぐためだ。

 少なくとも現在進行形で流行りつつあるシリーズ物。その作者や取扱者と認識されると、色々と厄介な人物が寄ってくる可能性が高い。

ニコルとしても専属で取り扱いたいというのと、作者が正体不明の方が受けが良いと判断して賛成してくれている。


「そろそろ人もいい具合に集まってきた。リア」

「了解」


 広場の様子を伺いつつ、ニコルが作戦開始の合図を出してくる。

 緊張はしていたが、なんとなく学園祭などのノリに近いものがあって高揚感の方が強い。

 広場は昼前一番の盛り上がりを見せていた。噴水を囲むように広いスペースがあり、噴水周りで大道芸が行われているのを多くの人が見ていた。

 どうやら昼前最後の演技らしく、大技を幾つも挑戦しては成功させている。

その様子をちら見しながら自分の持ち場へと向かった。

露天は広場から四方に伸びる幅の広い道の端にそのスペースを設けるのだが、どうやったのかニコルは広場に隣接する一番良い場所を確保していた。

 丁度背後に大きな街路樹も生えており、日差しを遮る木漏れ日が広がっている。ここからだと広場の様子も、街路の露天周りも良く見えた。


「まぁ、蛇の道は蛇とか普通に言いそうだな」


 軽くため息をついてどっかりと座り込む。露天を行うに当たって、用意するのにそんなに手間は掛からない。まずは商品を並べるためのスペースを確保する布敷きを広げる。

 後は商品を見やすく並べ、つり銭と秤を用意するだけだ。中には客に見やすいように台などをくみ上げる者もいるが、露天でそこまでやるものは少ない。

 どうやら噴水周りの大道芸が最後の大技を終えたのか、大きな拍手が聞こえてきた。集まっていた人々が蜘蛛の子を散らすように広場に広がり、その流れで多くの人間が露天のほうに足を向ける。

 数人がこちらの露天にも目を向け、その内二人組みのカップルの女性のほうがアクセサリーを見て声を上げた。


「あ、見て、あれ可愛いよ」

「ん? いや、確かにいいものかもしれないけど、貴金属なんて貴族がつけるものだろ? 高いから止めとけって」


 どうやらこういった装飾品に憧れる彼女を押し留めている彼氏。そんな二人に俺はにこやかに声をかけた。


「いらっしゃい。こういったものに興味がおありで? 別段高いものでもないので、手にとって見てください」


 尋ねるように聞きながらも、相手に逃げを打たせないように断定するように言い切る。

 多少強引かも知れないが、気にしない。現に彼氏の方は渋っているようだが、彼女の方は興味が強いらしく簡単に釣れた。

 それも当然。何せ彼女たちはニコルの用意したサクラなのだ。この二人とは初対面ではあるが、事前に幾つかのパターンを想定した練習をしており、場の状況に合わせてニコルがこちらに送る手はずになっていた。

 今回のこのパターンは最も使う可能性が高いと言われていたので、こちらとしても予想通りの展開で話が進めやすい。


「どうです? 最近貴族の間でも流行のデザインなんですよ」

「いいなぁ、これ。でも本当に高くないの?」

「えぇ。材質自体そこまで高いものでもないですし」

「でも凄い綺麗な細工」


 などと会話をしながら指輪を眺める女性。そこで俺は横で憮然としている彼氏のほうに話しかけることにした。


「ちなみに今彼女が手に取っている指輪はペアリングでして、お二人みたいなお似合いの方にはお勧めの品なんですよ。今なら小銀貨六枚のところを五枚に勉強しますが、どうします?」


 俺の言葉に男のほうがギョッとした顔をした。言うまでも無く、予想よりも安かったからだ。

 この世界での通貨は、銅貨、銀貨、金貨の三種類でそれぞれに大硬貨と小硬貨が存在している。形状は小硬貨のほうが日本でもよく見たコイン型の硬貨で、大硬貨のほうは小硬貨より一回り大きい長方形をしている。それぞれ表面にこの世界で女神と呼ばれる人物、裏にその住処とされる神殿が彫刻されている。

 そして小銅貨十枚で大銅貨一枚。大銅貨十枚で小銀貨一枚、と言った具合に十枚ごとに一つ上の通貨と同じ価値になっている。

 ちなみに日本円に直すと小銅貨が十円程度なので、小銀貨五枚は約五千円となる。この世界での一般家庭の稼ぎが小金貨二枚から三枚と約二、三十万円相当なので、日本の生活水準と大して変わらないので比較的手頃な値段帯だろう。

 少なくともこちらでの貴金属の値段は貴族を相手取った価格が基本なので、とんでもない破格であるのは間違いない。


「……本当にその値段なのか? それだって銀製だし、細工だってどう見ても一流どころのものなんだが」

「お、兄さんいいところに目をつけますね。そうなんです。純銀製だとその分高くなるんですが、その芯の部分は真鍮で造られていてその分安くなってるんです。重さで量ってみればわかりますよ。人によっては魔法でも見分けられると思いますが」


 疑り深い彼に、一際明るく声を出す。

 この世界では金属類は基本鍛冶師や彫金師の手によるものだけに、未だにメッキという技術は確立されていない。俺の練成にしてもそこまで薄く貼り付けるのが難しいため、メッキという割りに厚く覆ってしまっている。

 その辺りの技術の分無駄に高くなるのでは、という疑問が浮かぶので、そこを早めに叩くためにもさらに言葉を重ねる。


「その細工や今言った技術にしても、マルテール商会のお陰なんですよ。今はお試しって事で先にこうして売らせて貰ってますが、近々それなりの数が売り出されますよ」


 商会という言葉に男がどこか納得したように頷く。商会は地球で言うところのメーカーで、商品の開発から製造、販売まで一手にこなしているのである種の信用がある。

 例えば日本の製薬会社で新しい発見がされ薬として販売されました、と言われても、その細かい技術や製法などにまで目を向ける人が少ないのと一緒だ。気にするのは同じ分野の人間くらいのもので、大多数の一般人にはそれだけで信用される。


「どうです? 彼女さんとお揃いの指輪、男を見せてプレゼントしては?」


 止めとばかりに放った言葉に、男は決心したように頷くと銀貨を俺に手渡してペアの指輪を彼女に贈った。そのまま指に嵌めて嬉しそうに眺めつつ歩いて行く二人を見送り、視線を正面に戻す。気がつけば人垣ができていた。


「なぁ、このペンダントなんだが……」

「本当にあの値段なのか?」

「娘へのプレゼントに……」

「これとこれ、合わせて買ったら……」


 いつの間にか集まった人から、矢継ぎ早に質問や購入を求める声が聞こえてきた。そこからは人が人を呼び、瞬く間に俺は忙殺されることになった。



 昼時を過ぎ、空き始めた食事処の一角で、俺はテーブルに突っ伏していた。ちなみに北側広場からは離れた南側の食事処で、どちらかと言うと喫茶店と言ったほうが近い落ち着いた雰囲気の店だ。


「よくやった、リア」

「お疲れ様です、リアさん」


 頭上から降ってくる言葉になんとか体を起こす。正直言って疲れた。

 露天では順番に並ぶということをしないのか、一度に何人かを常に相手取ることになり、その対応をだけで精神力が持っていかれた。

 中にはこっそり盗もうとするような素振りを見せたものもいて、そうした輩に気を張っていたのも疲れた要因の一つだ。


「まさか、ここまで殺到するとは思わなかった」

「甘く見すぎ。これだけの精度の出来であの値段だったら、誰でも飛びつく」

「確かに考えられないくらい安いですよね。もっと高くてもいいくらいです」


 そう言って残ったペンダントを手のひらで転がすシオン。

基本的に銀を使った製品が小銀貨三枚。真鍮の物は小銀貨一枚で売っていた。日本での価格帯を参考につけたのだが、こちらでは安すぎるくらいのようだ。

だが材料の原価を考えるとこれでも大分黒字だ。もっとも、細工だのなんだのを魔法で行い、更に量産できたからこその値段であるのは事実である。これが全て職人の手製だったとしたら、倍どころの値段では済まない。


「しかしそれにしても殆ど売り切れるとは思わなかった」


 今日露天で用意していたのは最初に売り出そうと考えていた数量の半分で数にして百。銀を使ったものが各種五つずつだったので、今日だけで小銀貨二百枚近く。一般家庭の一月分の売り上げである小金貨二枚分を稼いだことになる。


「この値段で売るなら、リアにはもっとたくさん作って貰わないと困る」

「…………」


 こいつは一体どこまで行くつもりなのだろうか。いや、まぁ確かに有名になったほうが稼ぎやすいのは稼ぎやすいのだが。

 兎に角、これで当面お金の心配をする必要は無くなった。ラオ先生やシオンに世話になった分を返せるし、それに他にも色々試せる。


「まぁ、とりあえず助かったよニコル。ここまで上手くいったのはニコルのお陰だ」

「お互い様。こっちもリアのお陰で色々助かった。この恩はかならず返す」


 真剣な表情でそういい切るニコルに苦笑を返しつつ、店員を呼ぶ。軽めの軽食と紅茶を頼んでから、再びニコルへと向き直った。


「まぁ、恩だとかその辺は別にいいんだけど、色々仕入れて欲しいものがあるんだ。頼めるか?」

「物にもよるけど、大体はいけるはず」

「それじゃあまずは……」


 とそこで今必要そうなものを思いつく限り並べて行く。中には割りと危険なものもあったので、流石の彼女もやや驚いた表情だった。

 しかしすぐにいつもの笑みに戻ると、


「また何か悪だくみ? 期待してる」


 と言いのけて了承したのは流石と言えばいいのだろうか。無茶を言っているとわかっている自分としては助かるのだが、この信頼はある意味重い。

 そういえば彼女は信用は商売道具と言っていたか。こうしてみると、いかに重要かがわかる。下手なことはあまりしない方がいいようだ。


「それじゃ私は依頼品集めとアクセサリーの情報操作行ってくる。それと追加でもうちょっと作ってもらうから、よろしくリア」

「了解。よろしく頼むよ」


 頼んだ軽食を持ってきた店員と入れ替わるように、ニコルは町へと向かっていった。


やっぱりシオンさんが空気。

投稿はやはり三日置き位が限界みたいです……

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