異世界での生活4
ヒロイン予定のシオンさんがとても空気です……がんばれ
「リア、私はいま、もーれつにかんどーしている」
これから自分が何をする予定なのかを語ると、ニコルは何度も頷きながらそういった。
彼女ならばこの話に乗らないまでも手伝ってはくれるだろう、という考えだったのだが、どうやら嬉しい誤算が発生したようだ。
「私はね、リアは他のみんなとは違うと思ってたんだよ。なんていうか、纏ってる雰囲気とかそういうのが、ね。でもまさか、こんなチャンスを私に持ってきてくれるとは思ってなかった」
「チャンス……なのか?」
「うん。私はずっとお父さんの手伝いをしてたけど、自分で何かの商売を手がけるってことはなかったから。それに大衆向けのアクセサリー、十分いけると思う」
にまーっといつもに輪をかけて緩んだ笑みを浮かべる。
「見せてもらったけどデザインも良い感じ。でも銀製品が私があげた量より多いのはなぜ?」
「あぁ、それはメッキ……って言ってもわからないか? ええと、それの芯は真鍮なんだ。その上に銀をかぶせて銀製品に見せかけてる。純銀じゃない分安くできるからな。ただ騙したと思われたら嫌だからちゃんと買う前に教える予定」
「なるほど。うん、そうだね。信用は何より大事な商売道具」
興味深げに俺の作ったシルバーアクセサリーを手にとって検分するニコルは、上機嫌ににこにことしているが、瞳の奥に真剣な光を宿している。
ただ暫くすると、何事か妄想でもしたのか、相好を崩して怪しい笑い声を洩らしたりという不審者具合だった。
「それで……具体的にどう売り込むかとかも考えてるの?」
「あぁ。いきなり商店で売るよりは事前に露天とかで幾らか売って情報を操作しようかと思ってる」
「なるほど。でもちょっと弱いかも。これってもうちょっと数作れる?」
「材料さえあれば作れるけど……具体的にはどれくらい?」
「最低でも、もう百個くらいずつ」
「そんなに!?」
思わず大きな声を上げてしまう。何せ今作ってあるアクセサリーの数の総計が丁度二百個くらいだ。これだけの量を売るだけでも一苦労だろうと思っていただけに、売り出す前にこの追加発注には驚くほか無い。
作ったものは合計十種類なのでそれぞれ百ずつ作るのだとしたら、丁度千個作ることになる。評価されたと言う嬉しさよりも、売れ残ったらどうしようという不安のほうが先にくる。
「甘いよリア。これは一種の戦争なんだよ? 大衆向け、おおいにけっこう。でも私はこの戦火を貴族にまで広げるつもり」
ごう、とニコルの瞳に野望の炎が燃え上がっていた。真剣な表情で、まるで倒すべき相手がそこにいるとでも言うように虚空を睨んでいる。
「私はリアのくれたこのチャンスを絶対に無駄にしない。これを足がかりに、大商人になるの」
「お、おう。そ、そうか」
あまりの迫力に、どもった返事しか返せなかった。というか、最早この計画は自分の手を離れその規模を拡大させていた。
「まずはお父さんのコネを使って小貴族とかに売り込み。その上で流行と称して中堅の貴族に売り込み。同時に一般市民にも同じデザインのものが流行ってるっていって情報操作。リア、サクラ用意するから、露天で売り込むためのパフォーマンス考えて!」
「サクラて……さっき信用がどうとか言ってなかったか?」
「流行れば問題ない。むしろそうなれば先見の目」
堂々と嘯くニコルに、思わず噴出した。そんな彼女を見ていると、なぜだか少し楽しくなってきた。
自然と口角が上がる。きっと今自分と彼女は似たような、笑みを浮かべているだろう。
「わかったよ。まったく大した奴だ」
「褒めるのは全部終わったら」
「了解。あぁ、それから今ちょっと思いついたんだけど、近いうちに女性が主役の社交界とかパーティとか無いかな? そこでプレゼントと称して送るだけでもそれなりに宣伝になると思うんだけど」
「いいね、それ。丁度良さそうな相手がいるから、そっちでのパフォーマンスは任せて。派手にやる」
「それじゃこっちも精々人目を惹くようなものを考えるよ」
そうして二人してにんまりと笑った。そんな俺たちを、話についこられなかったシオンがどこかおびえた表情を浮かべて見ていた。
こうしてこの日を境に、俺たちの商戦は始まったのだ。
まず、必要な素材の入手。これに関しては全てニコルに任せた。それから魔法のことも暴露し、金属と一緒に魔晶石も譲って貰うことになった。
色々な根回しも含め、一週間後にまた来ると言い残して去っていった彼女が再び戻ってからは、俺は空いている時間を全て練成と複製に費やした。シオンにも協力して貰い、最近ではずっと俺がやっていた家事の一部を代わりにしてもらう。
自前の魔力の消費が無いとは言え、魔法を使用する際はそれなりに神経を集中させる必要があり、流石に千個ものアクセサリーを作るのには三日ほど掛かった。
そうして出来上がったアクセサリーをニコルに託す。
「ちゃんと売り込んでくる。任せて」
そう断言する彼女は、年下とは思えないほどの頼もしさだった。
結論から言ってしまえば、この貴族に対する事前の仕込みは驚くほど上手くいった。
自分が案を出した通り、まず彼女は成人祝いでパーティを開いた貴族の娘相手に、その彼女の意中の相手を使って今回のアクセサリーをプレゼントさせたのだ。
ちなみに断っておくが、この二人は相思相愛である。利用しただけと思われたくないので、一応明言しておく。
このためにわざわざ純金製のものを作った為、送り主も特注品ということで話をし、そのことに感激した少女は大絶賛。恋に恋するような年頃で、君のために特別に作らせた、なんていう歯の浮きそうな台詞を最愛の相手から言われれば、舞い上がるのも当然と言えよう。
周囲の注目を集めたところに、すかさずニコルが話しかけて装飾の良さをさり気なく伝えつつ、自分たちが専属で取り扱っているということをアピールする。
そこに興味を惹かれた、というようによってきた人物に(ちなみにこいつもサクラ)詳細を周りに聞こえるように説明。現代日本の洗練されたデザインの装飾品が、予想以上の安価で売り出されると聞いて、周囲の人間は驚いた。
そして本格的に興味を示した貴族が話しかけてきたところを、彼女はあの手この手の様々な売り文句を歌い、その場で相当数の商談を成立させた。
お陰で貴族の間でリアの作った装飾品は流行りつつある。流石貴族とあって純金での特注品依頼まであった。
この間、僅か一ヶ月。事前に根回しをしていたとは言え、見事なまでの商才だ。
後は本来の目的である一般市民に対してどれだけ認知されるか、という点だけだ。
「あー、なんか今からどきどきしてきた」
馬車で揺られること八時間。現在俺たち三人はフェルニアの隣町リムルへとやってきていた。
やはりフェルニアとは違い多少なれど発展している印象を受ける。地面は石畳で舗装されており、立ち並ぶ建物も立派だ。所々に店名を掲げる大きな看板があったりして、ファンタジー世界でよく見る中世ヨーロッパの風景といった具合だ。
人口は三千人程度。加えてここは商人や旅人も中継点として利用するため、実際にはそれ以上に人が集まっているので活気もある。ちなみに千人以上で町、五千人以上で街、一万人を越えて都市と区別するようになっている。
「大丈夫です。リアさんならできます」
「そうそう。あのパフォーマンスもいい感じに人目を集めそうだし、いける」
そういってシオンとニコルが励ましてくるのに苦笑を返す。
「大丈夫。ここに来るまでにもう腹はくくってあるから今更じたばたはしないよ。それより宿を取りに行こう。勝負は明日からなんだし、今日は早めに休もう」
俺の言葉に二人は一瞬顔を合わせた後、頷いた。恐らくは強がっていると思われたのだろう。確かに朝早く出てきたので、今はまだ明るい。町を一回りしてからでも宿に行くのは遅くない時間なのだ。
実際のところパフォーマンスに関しては、何度も練習したし演じきる自信はある。それよりも八時間と言う時間馬車に揺られるほうがしんどかった。
何回か経験していることとは言え、あれだけ長い時間揺られ続けると尻やら背中やらあちこちが痛くなる。途中休憩があったとはいえ、早く休みたいと言うのは本心だ。
なのでそのまま余計なことは言わずに宿を取りに行く。ニコルに関してはマルテール商会の館があるのだが、俺とシオンが宿に泊まると言うとこっちについてきた。
ベッドにテーブルと椅子がワンセットと言う簡素な部屋に荷物を置き、ベッドに横になる。
明日行う予定を頭の中に描きながら、その日は眠りについたのだった。
ニコルさんはできる子! 食わせ物っぽいキャラは書いてて楽しいです。
敵味方に配置すると一気に頭が痛くなりますが……