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異世界での生活1

 ティターニア国の南東に位置する小さな村フェルニア。その更に東にある森は、そこまで広くは無い。小さな山の麓に広がっているその森は、山に近づくほどに深く生い茂っているが、逆に山を背にして三十分も歩けば街道を見つけることができる程度の規模だ。

 街道周りは見通しを良くする為にもある程度木々が伐採されていて見通しが利く。ここまでくれば、たとえ森から人を襲う獣や魔物と言った者が出てきても、奇襲されることは早々ない。この森に来るに当たって教えられた知識だ。


「えぇと、シオンさん?」


 安全圏まで来た、と言うことで、ここまで無言で自分を引きずって来た少女に声を掛ける。返事は無かったが、代わりに掴まれていた手が更に強く握られた。

 冷や汗が流れてきた。女の子……それも美人な女の子に手を握られて冷や汗をかく経験って、一体どれ位の人が経験しているのだろう。いや、今はそんなことよりこの現状をなんとかしないといけないわけだが。


「そ、そのシオンさん、さっきは助かったよ。ありがとうございまぷっ」


 言い切る前に頬を張り飛ばされた。手首のスナップが効いていて、とても痛い。

 顔を元の位置に戻すと、眉尻を吊り上げた彼女が俺を睨み付けていた。美人だとこういう時の迫力が半端ない。その眼力に押されるように、俺は条件反射で膝をつく。


「座りなさい」


 その言葉を言い終わるまでに、既に正座をして背筋を正していた。過去の経験から、大人しく従うことが開放までの近道だと既に悟っている。

 そんな俺を見下ろして、彼女は更に口を開いた。


「リアさん……これで何回目だか覚えていますか」

「えっと……」

「三回目です!」


 俺が答える前に彼女が吼えた。

ずびし、と音がしそうな勢いで鼻先に指を突きつけられる。


「この森に一緒に来るようになって、結構経ちます。フォレストウルフが住んでいるから奥に行くと危ないって何回も教えました」


 ちなみにフォレストウルフと言うのは森に生息する狼のことで、群れで狩りをする獣だ。黒に近い緑色とこげ茶色の体毛が保護色になっていて、気がつくと接近されていることが多い。加えて普通の狼に比べて知能が高く、獲物を森の奥へと追い込むように動くのが厄介なところだ。この森では一番気をつけないといけない相手だったりする。


「下手をしたら死んでいたかも知れないんです! どうして私に言わなかったんですか? 奥に行くときは一言声を掛けてくださいといつも言っているじゃないですか!」

「いや、そのついむちゅぅ……」

「言い訳は聞きません!」


 理由を聞きつつも話を聞かないというのは、理不尽だと思う。

 けどそれを言う訳にもいかず、なくなく飲み込んだ。彼女には本当に世話になりっ放しで、しかも命の恩人なのだ。言い返せるわけもないし、実際勝手に動いてしまったのは自分の落ち度だ。


「リアさんのことです。どうせ迷惑掛けたくないし、ささっと行ってすぐに戻ってこようとか思ったんでしょう」


 実際にその通りだったので何も言えなかった。そんな俺を相手に、彼女は更にヒートアップしていく。


「私に言わせたら、そうやって考えるほうが迷惑です! 遠慮は要らないっていつも言っています!」


 正直耳に痛かった。少しでも恩返しがしたいと思ってやった結果、余計に迷惑掛けたことに対して申し訳なさを感じる。

 気まずくなって視線を落とすと、自然と自分の膝が目に入った。なんだかすすけて見えた気がした。


「そもそもリアさんは他人行儀が過ぎます。遠慮する気持ちもわかります。でも、こうした地方では助け合わないと生きていけません。同じ村に住む仲間。それに私たちは同じ家で暮らしています。だから、もう家族も同然なんですよ?」

「…………」


 何もいえずに黙り込む。顔を上げると先ほどまでの怒りは影を潜め、困ったような、それでいて優しげな笑みを浮かべていた。

 心配をかけてしまった事を後悔した。申し訳ないことに今までに何度も怒られて来たが、ここまで親身になって、それこそ家族だと言ってくれるまで自分のことを考えてくれたことがありがたかった。


「……本当に、ごめん」


 自然と口が動いた。まるでその謝罪でこの話はおしまい、というように彼女の手がぽん、と頭に乗せられる。


「もう、心配かけないで下さいね?」

「はは、がんばるけど、約束まではできないかも」

「っもう!」


 俺の言葉に膨れる彼女には悪いが、これからの事を考えると心配をかけないでいるというのは難しい。なので正直にそう、言葉を濁しておいた。


「……はぁ。反省したみたいですし、もういいです。それより、リアさん」

「はい?」

「これから私のことはシオン、でいいです」

「それは……ちょっと」


 流石に少しばかり抵抗があった。別に女性を呼び捨てにするのが恥ずかしいとか、そういった理由ではなく、彼女に対する心情故にだ。

 命の恩人で、ただでさえ世話になりっぱなし。その上、俺より一つ年上だったりする。


「……嫌なんですか?」

 哀しそうな顔をされた。それに慌てて手を振りつつ、言い訳をする。

「いやいやいや、別にそういうわけじゃなくて……ただ、その、なんていうか、えーっと」

「良かった。嫌じゃないなら、これからはそう呼んでくださいね」


 しどろもどろになっているうちに、にこり、と微笑まれる。なんていうか、本当に彼女には叶わない。

 手を引かれて立ち上がり、膝の汚れを払う。その間にシオンは俺が持ってきた肩掛けの鞄を覗き込んでいた。


「やっぱり魔晶石ですか。それにいつもよりも多めに薬草も採っていますね」

「うん。俺が練習に使うから、薬草多めにあったほうがいいし」

「……努力家ですね。実際この短期間で凄い成長具合ですよ」


 そういって彼女は微笑する。褒められて嬉しいのだが、どこかくすぐったい感じがして頭をかく。何しろ彼女は俺の先生だ。

 彼女の家は薬師として生計を立てている。薬師は医者と似たようなもので、病気や怪我をしたものを治療するのが仕事だ。かく言う俺も二ヵ月半ほど前に死に掛かっていたところを彼女に拾われ、怪我を彼女の父親でもある薬師のラオ=リーメイ先生に治してもらった。

 もっとも怪我はたいしたことがなく、死に掛かっていたのは空腹と過労からだったりしたのだが、助けられたのは間違いない。その上無一文で行く宛も無い俺はそのまま居候までさせて貰っている。

 少しでも恩を返したいと思うのは自然なことだろう。何か手伝えないかと申し出たら、彼女の補佐という形で収まることになったのだ。以降、彼女に薬師としてのノウハウを教わっている。


「一応帰ったら確認しますけど、もう見分けの難しい薬草も大丈夫そうですね」

「……教えてくれた先生が良かったから」

「だとしても、覚えが早くて先生役は寂しいです」


 あまり寂しくなさそうにそう嘯くシオンに苦笑を返した。何せこうして採取しに来るものはあくまで使用するものの一部であって、実際はもっと多くの種類の薬草やら木の実やらを使っている。

 それでも十種類以上あるし、見分けの難しいものもあったが、そこは本当にわかりやすく丁寧に教えてくれたから割とすんなり覚えることが出来た。

 それ以外にも日常生活での雑事から、この辺りの土地や町についてのことも教えてもらっている。特にこちらの世界の常識と言うものを知らない俺にとって、必要な知識は山ほどあった。


 そう、こちらの世界の、だ。


結局の所俺はあの日、あの隕石に触れた後、異世界に紛れ込んだと言う結論を出した。

理由は三つ。まず第一に文明のレベルだ。

 全体的に科学技術が低く、機械らしい機械が見あたら無い。長距離の移動は基本的に馬車。コンビニ等は無く市場や露天が賑わうなど中世辺りの文明レベルに思える。

 その癖都市などでは飛行船やらがあるらしいし、身近な所では紙に鉛筆が普通に売られているなどアンバランスだったりする。地球上でそんな土地があることを少なくとも俺は知らない。

 二つ目は人種。例えば容姿端麗で耳が長い種族。物語などでよく見るエルフだ。それ以外にも獣の耳や尻尾の生えた人物を見かけたことがある。

 こちらはコスプレや特殊メイクという可能性が、絶対にないというわけではないが、そこに作り物めいた不自然さが無かったので可能性の補強になった。

 そして最大にして最後の三つ目。それが何よりここが異世界であると知らしめていた。

 鞄から小さな石ころを取り出す。表面には黒い結晶が所々に張り付いており、光を反射している。

 これは先ほどシオンが魔晶石と言ったもので、魔法を使うための魔力を宿しているものだ。

 魔法。様々な現象を引き起こす、この世界特有の奇跡を起こす技術だ。そしてこの世界の誰もが使えるものでもある。

 その効果は多岐に渡り、火を起こす魔法や物質の形状を変化させる魔法。傷を治す魔法や、身体を強化したりする魔法など様々だ。

 その存在を目にした時、俺はここが異世界なのだとようやく納得した。

 ここまで来るのに、元いた世界では普通遭遇することの無い酷い目にもあったし、自分で説明できない不可思議なこともあった。

 今俺が話している言葉は、日本語ではないのだ。だというのに、それが自然だと言うように口にしている。

 だからもしかして、と思いつつも、非現実的なその事実をそれまでは心のどこかで否定していたのだ。

 だから初めて魔法を見た時は驚くと共に、ずれていた歯車が噛み合うような気分になった。

 今思えばよく取り乱したりしなかったものだ。こうしてある程度覚悟を決めた今も、正直不安が付きまとっている。

 やはり今の精神状態を繋ぎとめているのは、魔法に対する期待感なのだろう。

 ただ結論を言ってしまえば、俺はその魔法を使うことが出来ない。より正確には使うことは出来るのだが、普通の方法で使うことが出来ないのだ。

 何でも魔法を使うために必要な魔力が一切ないのだと、ラオ先生に教えて貰った。


「魔法も……きっと使えるようになりますよ」


 俺が魔晶石を握り締めていることに気がついた彼女はそう声をかけてきた。どうやら、落ち込んでいると思ったらしい。

 だが、それは大きな誤りだ。確かにこの世界の人達のように自由に魔法を使うことは出来ない。それでも抜け道はあったのだ。

 普通の方法ではなくても、規模は大きくなくても、確かに俺は魔法を使うことができたのだ。

 だから、落ち込むなんてありえない。むしろ嬉しくて仕方がない。


「全然気にしてないから大丈夫。それにその内絶対にびっくりさせてみせるよ」


 そういってにやりと口元を歪ませる。シオンはそんな俺を見てぱちぱちと瞬きした後、くすりと小さく笑った。


「……はい、楽しみにしてますね」

「おう、楽しみにしててくれ」


 サムズアップしつつ、握り締めた魔晶石をポケットに突っ込む。ずり落ちた鞄を背負いなおすと、街道を歩き始めた。


「さ、帰ろう。帰ってからもやることたくさんあるんだから」

「そうですね。まずはやれることをやりましょう」


 すっかり機嫌の良くなったシオンと連れだって歩き始める。舗装されていない街道には、轍がしっかりと残っていた。







お読みいただきありがとうございます

出来るだけ早く更新できるようがんばります

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