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始まりの隕石?

 この世界はもうじき滅ぶかもしれない。

 ある日曜の早朝、小鳥のさえずる庭先を眺めて、俺はそう思った。パジャマ代わりのジャージ服で、手に歯ブラシを持ったままで。

 時折吹く、爽やかな風。陽光を反射する常緑樹の葉。そして眼前に雄々しく屹立する隕石。


「なんじゃ、こりゃ」


 はは、俺よりでけぇや、とか、おいおい折角育てた家庭菜園が潰れているじゃないか、などと微妙に現実から目を背けつつ、朝の冷たい空気で深呼吸する。

 ただ空気の入れ替えのために庭先に繋がるガラス戸を開けただけなのに、朝から世界滅亡を危惧させられるとは何事だろうか。

 まぁ、落ち着いて考えてみれば、隕石であるはずはないのだが。なにせ本当に隕石が落下していたのであれば、この家どころかご町内の皆々様方まで綺麗さっぱり消し飛んでいるはずだ。

 ただ表面が所々解けたようにつるつるしていたり、焦げたように黒みがかった色合いの所為で隕石と言う単語が出てきたのだろう。


「……まぁ、だとしても問題だらけなんだけどな」


 誰に言うでもなく独り言ちる。そもそも何の理由でこんなものが置かれたのかがわからない。嫌がらせなら玄関先にでも置いたほうが効果的だし、不法投棄にしたって何で俺んちなんだという話だ。

 第一こんな重量のあるものを庭先に置いていこうと思ったら、トラックやクレーンなどの重機が必要になってくる。そんな機材を使えば簡単に足がつくのはわかりきっている筈だ。


「いや、待て。実はあぁ見えてめちゃくちゃ軽いのか?」


 ここから見る限り、その岩石は重量感たっぷりだ。表面はつるっとしたところが多いが、それでもごつごつとしている。黒と焦げちゃの斑具合はいかにも重そうだ。

 だがそう見えて軽いのだとしたら、それはそれで一種の技術だ。何よりもこの岩には嘘っぽさがない。映画などに使われる小道具にしても、嘘っぽさがないものを作るには、それなりの技術がいる。


「でもそうだとしたらやっぱすぐに誰がやったかなんて判るよなぁ……意味がわからん」


 とりあえずこれは警察に通報すればいいのだろうか。それともレスキューとか呼んで撤去して貰うのだろうか。

そんな風に頭を捻っていると、後ろからととっという軽い足音が聞こえてきた。


「おはよー、お兄ちゃん。何ぶつぶつ言ってるの?」


 活気に満ちた声に振り返れば、妹の愛海がいぶかしげな表情でこちらを見上げていた。起きたばかりなのかピンクのパジャマはよれ、髪には寝癖がついてあちこち跳ねている。

 我が妹ながらだらしがなかった。歯ブラシを持ったままブツブツ問答をしている俺も俺だが。


「おはよう、愛海。いいところに来てくれた。アレを見てくれ。どうしたら良いと思う?」

「んー……? あれって、どれ?」

「いや、それ。家庭菜園のど真ん中にどでかい岩みたいなのがあるだろ?」


 庭先にある隕石もどきを指差して言う。

 俺の言葉に愛海は眉間にしわを寄せて唸りつつ庭先を観察している。だがすぐにそのまま困惑顔でこちらを見た。


「岩って……何もないよ? いつもと変わらないじゃん」

「は? 嘘だろ? アレが見えてないのか?」


 そう言いつつも、愛海に嘘をついている様子はない。そもそもあんなものを見て、こんないつもと変わらない反応を返せるはずがない。

 俺と庭とを交互に見ていた妹の顔は、次第に困惑から心配にシフトしていく。


「お兄ちゃん大丈夫? もしかして引きこもりすぎて幻覚まで見えてきちゃった? 頭おかしくなってない?」

「何気に失礼だな、おい。それにそもそも引き篭もってなどいない!」


 そう言いつつも今の現状を鑑みるに、頭が大丈夫かと問われたらちょっと自信がない。少なくとも妹には見えないものが見えてしまっているようだし。

 一応今のところ整合性を失ってはいないと思うし、会話もちゃんと出来ている自覚はあるのだが……いかん、不安になってきた。


「そうだ! お兄ちゃんが大丈夫かちょっと試してみよう!」


 俺が病院に行くか様子を見るかで再び迷っていると、思いついたとばかりに愛海が手を打った。そのまま止める間もなく駆け足で部屋を出て行く。

 足音から察するに、どうやら二階に向かったらしい。二階には俺と愛海の部屋があるから、どちらかに向かったんだろう。

 がちゃん、ばたんという慌しい音が聞こえてきた。


「お待たせ!」


 すぐに帰ってくる。ダイニングにあるテーブルに筆記用具と英語の教科書、ノートが広げられる。


「いつものお兄ちゃんだったら、これ位の問題パパッと解けるはずだよ」

「ふむ。確かに一つの判断基準にはなるか」

「ってことでまずはここの英文の訳は何でしょうかっ!」

「これは“ジャックの通っていた店は料理が上手いと有名だ”だな」

「ふむふむ。それじゃこっちの括弧には何が入るの?」

「そこは……」


 問われるがままに答えていく。どうやら判断力や思考も正常なようだ。だからだろうか、一つの答えに行き着いた。

 今行っているのは英語の教科書に載る本文の訳と、それに付属する問題だった。


「そしたら次だけどー、えーっと」

「なぁ、愛海? もしかしなくてもこれ、お前の宿題だよな?」

「…………うん、やっぱりお兄ちゃんは、いつものお兄ちゃんだね! よっ、憎いねこの天才っ、色男~」


 やはり図星だったのか、いきなり人を担ぎ始めた。無言で睨み付けると、頬を僅かに朱に染めて両手を頬に添えながら視線を逸らした。普通にうざかった。


「……宿題は自分でやれ」

「ぶぅー。寂しく妄想し始めたお兄ちゃんに対する妹の愛なのに」

「俺も愛を拳に込めようか?」

「……ごめんなさい」


 素直に謝ったので許してやることにした。寝癖のついた頭をわしゃわしゃ撫で回すと、猫のように目を細めた。


「でも……心配したのも本当だよ? お兄ちゃん何でも出来るくせに、たまーに変な所あるから」


 そう言って、見上げてくる。後半茶化すように変だと言われたが、その視線からは本当に心配していると言うことがうかがえた。普段はお調子者の癖に、こういう時だけしおらしいのは、我が妹ながらずるい。

 これ以上、余計な心配はかけるべきではない。だから、いつもの様に笑って見せた。


「まったく、変な気を回してるんじゃない。ちんちくりんの癖に」

「あー、今ゆってはいけないことをゆった!」


 牙をむく妹の頭を押さえ込んで適当にあしらう。そのままぎゃいぎゃいと騒いでいると、両親も起きてきた。


「騒がしいな。仲がいいのはいいことだが、まずは朝食にしないか?」


 親父の一言で愛海がしぶしぶと言った感じで沈静化する。我が家では土日の朝と夜は、俺と愛海で作ることになっているからだ。


「わかった。すぐに用意するよ……母さん」


 親父に対して頷いた後、隣に居た母親を呼び止める。

 一つ深呼吸する。覚悟が決まった。足を止めた母さんに、頼みごとをする。


「ガラス戸、開けっ放しにしちゃってるから、閉めてきて貰っていいかな?」

「はーい、いいですよ~」


 間延びした声で快諾してくれた後、母さんは真っ直ぐに庭に面したガラス戸へと向かった。開かれたままのガラス戸は何事もなく閉められる。

 誰にも気づかれないように、ゆっくりと息を吐き出した。ここからでも、庭に面したガラス戸の向こうには、先ほどの大岩が見えている。

 やはり、自分以外にあの岩は見えていないようだった。



 朝食を食べ終え、適当にしばらく時間を潰した後、簡単に身支度を整えて庭に出る。

時間を潰したのは、すぐに庭に向かえばまた愛海が心配……というか、疑惑とか憐憫の入り混じった視線を向けてくることが簡単に予想できたからだ。

 今も手に水の入ったじょうろを持って、家庭菜園に水をやる振りをしている。

 隕石もどきは近くで見るとやはりでかく、重そうだ。自分の身長が百七十五センチなので、目算で三メートル近くある。

 その表面は焦げ茶色のざらついた岩肌をしており、その所々をコーティングするように黒く艶のある何かが覆っている。


「ん?」


 そこでそれに気がついた。ほんの僅か、目の錯覚と思えるような細さで、その岩全体に線が走っていたのだ。

 目を凝らしていると、次第にはっきりとその線が見えるようになる。

 その線に決まった色はなく、様々な色が入り混じり、変化しながら輝いている。極光という言葉が一番適している気がした。更にそれは岩全体を縦横無尽に走っており、よくよく見れば複雑な紋様を描いていることがわかる。


「不規則……に見えて規則性ありそうだな。それにやっぱり幻覚にしてはリアルだ」


 自然と手が伸びる。手のひらがひやりと冷たい岩肌に触れた。

 瞬間、眼前の隕石もどきが発光した。縦横無尽に走っていた線がはっきりと見えるほどに輝き、その形を変えていく。光は岩石の表面に留まらず、空中を奔る。

 空中に無数の魔法陣のような紋様が浮かぶ。

 なんだかよくわからないが、急いでこの場を離れなければと体を動かすも、手が張り付いたように岩石から離れない。


「っ! なんでっ!」


 力ずくで引き剥がそうと体重をかけたとき、地面の感触が消えた。空中に投げ出される感覚に足が空を蹴る。

 認識力が飽和して何も考えられなかった視界が、光に埋まった。そこからどうなったのか、俺の記憶にはない。


異世界に飛ばされるまでの事柄です。次話ではいきなり飛んでプロローグの続きになります

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