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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
むらびと少女と闇の国
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幕間 あくまのおうさまの物語

 




「しかし、暇やわぁ」


 マリーさんのこの一言は、今のおれたちの状況を的確に表現していた。

 焚き火を囲んで、適当に狩った安眠羊(スリーピングシープ)の肉と野草のスープ、それに簡素なパンの食事を用意して。スープを一口すすったマリーさんは、そうぼやいた。


 アプ村での騒動から、おれたちは学院を目指して闇の国の奥深くへと移動を始めた。幸い、村からの追手はなかった。まあ、ああいう小さい村は自分たちを守ることで精一杯。まだ余裕のある方である闇の国でも、そこまでするというのはほとんどない。影響といったら、せいぜい闇の国でギルドの助力が期待できなくなるくらいか。


「ミーナちゃん、もう少し火に寄らはったら? 夜は冷えるやろ」


 ミーナはマリーさんに声をかけられても、怯えて毛布を固く握りしめるばかり。マリーさんも、そんな彼女を気にした様子はない。まあ、これも村を出てから珍しくはない、何度も繰り返されたやりとりだった。


 目を覚ましたミーナは、まずマリーさんとおれに怯えた。そして、悲鳴を上げようとしたところでマリーさんに笑顔で口を塞がれた。状況をできる限り丁寧に説明はしたつもりなんだが……正直、理解できているのかは怪しもんだ。


 かろうじて女性かつ同じくらいの年恰好のリクシャとは、話さないまでも近寄るくらいはできるようだ。だが、警戒されているのは変わりないらしい。

 彼女の世話は、唯一あの時あの場にいなかった。というか、いても意識のなかったニジェが消去法的に見ている状態。


 ネーフェさんとの通信の結果、ギルドは緊急事態として冒険者に半強制的に集合をかけることを決定した。今は闇の国の各市町村向けに部隊を編成、状態異常を無効化、あるいは軽減する類の装備品をありったけかき集めている。


 おれたちはこのまま学院に向かい、大元のモンスターを撃破。直後、冒険者たちがそれぞれの市町村に侵入して羊を駆除する手はずだ。

 念のため、おれたちが失敗した時に備えて他の高ランク冒険者にも声をかけているらしいけど……できれば、そんな事態にならないようにしたいところだ。


 村や町を軒並み避けて移動しているから、今日の野営は少し時間が早い。ミーナの恐怖を少しでも軽減できないかと、おれはマリーさんに提案をする。


「マリーさん。何か話をしてもらえませんか?」

「話? 話、ねぇ」


 マリーさんは気のない様子で繰り返す。


「話ちゅうても、色々あるしなぁ」


 あまり気乗りしない様子のマリーさんだが、下位悪魔(レッサーデーモン)の2匹は嬉しそうに飛び跳ね、踊る。


「マリー! ねえ、マリー! わたし、マリーのおはなし聞きたいわ」

「そうだゾ。たまにはお話してほしい!」


 笑いピエロのビスタに、むっつりピエロのリュック。2匹の先割れ帽子の先端についた鈴がシャンシャンとやかましく鳴り、くるくる回る。


「あーもぅ、うるさくてかなわんなぁ」


 言葉とは裏腹に、マリーさんは困ったように微笑んでいた。こうしていると、兄弟の我儘(わがまま)に振り回されるお姉ちゃんみたいだ。


「あ、ま、まり。わたしも」


 泣きピエロのアーリーも、マリーさんのコートの端を摘む。

 こうして見ていると、3匹にもそれぞれ個性があるから面白い。アーリーは名前の通り早起きだし、リュックはたまにマリーさんのリュックサックに入って遊んでいる。マリーさんによると、ビスタはビスケットが大好物らしい。野生のモンスターは種族が同じならそう違いはないけれど、調教(テイム)すれば個性が出てくるのかもしれない。


 マリーさんはため息をつくと、アーリーの頭を撫でた。そして、おもむろに赤い唇を開く。


「ほな、うちの知っとる中で、一等不思議な話をしたるわぁ。これは、こわいこわぁい悪魔の王様のお話────」


 むかーしむかし。あるところに、悪魔の王様がいました。悪魔の王様は、今日も悲劇を探します。

 なぜって? それは、この世の中にはたくさんの悲しい物事があふれているからです。だから、それがせかいにあふれ出さないように、神様からお願いされたのです。


 あるとき、悪魔の王様はかなしい魔術師の男を見つけました。魔術師は、魔力はそんなに強くありませんでした。でも、こまかな操作がお上手で、それである大きな国の王様につかえていました。

 魔術師にはうつくしい妻と娘がおりました。ふたりは魔術師をあいしており、魔術師もまた、ふたりをあいしておりました。

 ところが、ある日のこと。魔術師が遠くから家にかえると、妻と娘は死んでおりました。かつて国のめいれいでやっつけた、山賊。そのいきのこりが、しかえしに来たのでした。

 魔術師は山賊をやっつけましたが、それでもふたりはかえってきません。

 それで魔術師は泣いていました。


「どうしたんだい?」


 悪魔の王様は、魔術師にたずねました。


「おお、悪魔よ。僕の妻子はもう戻って来ない。戻っては来ないのです」

「それならワタシが蘇らせてやろう」


 だが、と悪魔は笑います。


「蘇らせるのは、どちらか1人だけ。魂がそこを動かぬうちに決めることだ」


 魔術師は考えに考えます。そして、さいごにきめました。


「娘を。娘を取り戻せるなら、なんだって支払います。金だって、魔力だって。この命とて、惜しくはありません」


 ところが悪魔の王様は首を振りました。


「いいや、そんなつまらないものはいらない。ワタシが求めるのは、オマエの魂なのだよ!」


 悪魔の王様は、男をたちまちひきさいてしまいました。そして、その体をこねて、幼いおんなのこの体を作ると、魔術師の娘のたましいを入れました。

 娘はひめいをあげ、すぐに逃げていきました。


 こうして、悪魔の王様は、かなしい魔術師のたましいを手に入れました。


「フゥむ、肉体がない分、いくぶん容量は少なくなるが……まあ、いいだろう」


 魔術師のたましいを、ためつすがめつ。王様は、たましいに魔法をかけます。すると、新しい悪魔のできあがり!


「出来はイマイチ、といったところか。やはり、肉体がないと下位が精一杯だな」


 鈴つきの先割れ帽子をかぶった、むっつり顔の下位悪魔(レッサーデーモン)は、むっつりおこっています。


「イマイチとはひどいゾ! 王様!」


 そうして、どこかへ飛び出していきました。だって、王様のいるところはとても暗くてじめじめした地下で、ちっとも楽しくないのです。

 それに────悪魔は好きかってをするもの。王様なんか、どうでもいいのです。


「やれやれ」


 悪魔の王様は、肩をすくめると、次の悲劇をさがしにとりかかりました。


「────おしまい」


 不思議は不思議だけど……これはない。おれはもっと、ミーナも楽しめる、愉快で痛快な感じのを想像していた。これじゃホラー、よくてダークメルヘンだ。

 ミーナは完全に怯え、木立に背中を預けて震えている。ニジェが彼女の背中をさすり、心配そうに顔を覗きこむ。


「マリーさん、もうちょっと他のはなかったんですか」

「えー、なんやぁ少年。うちの選んだ話に文句でもあるん?」

「ミーナが引いてますって」

「あはは、堪忍なぁ」


 口ではそう言いながら、マリーさんは楽しそうだ。このヒト、絶対にヒトを困らせて面白がる癖がある。リクシャはなんだか諦めムードだが、この手のタイプは諦めたら負けだ。


「はぁ。それで、あれって創作なんですか?」


 話に出てきた下位悪魔は、外見といい口調といい、どう聞いてもリュックのことだろう。


「いいやぁ、あれはうちの創作やないよ。集めた話を多少誇張して話すことはあっても、ゼロから作るんはやっとらへんの」

「じゃあ、あの話はどこで?」


 マリーさんの口元が、三日月型に吊り上がる。


「あれは、リュックに聞いた(・・・・・・・・)

「え…………」


 リクシャはいつのまにか眠ってしまっていた。頭上には、雲に隠れたぼんやりとした月の影。パチパチと、枯木の枝が焚き火の中で爆ぜている。


「知っとる? 学院の地下(・・)には、巨大迷路があってなぁ。最深部まで辿り着いたもんはおらん。うちら教授でも知らへんの。しかも、うちら、学院長を見たことがないんよ。ぜぇんぶ、魔法の使い魔が書類やら何やらをやり取りしてるん」


 焚き火の火を映して、眼鏡のレンズの向こう、マリーさんの榛色(はしばみいろ)の瞳が揺れる。


「学院には、羊を従えるモンスターがおる。でも、じゃあ──闇の国の学院長も、ほんまに化かされてもうたんかねぇ? もし、学院長が悪魔の王様で、地下にいるんなら────」


 うちの悲願が、果たされるチャンスかもしれへんねぇ。

 マリーさんは言うだけ言うと、その意味を尋ねる間も無く毛布にくるまった。





この後、また更新は間が空いたり、不規則になってくると思います。

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