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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
むらびと少女と闇の国
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第一幕 道化師の挨拶

 



 渓谷を抜けると、広がるのは大平原。

 闇の国ではもともと、独自の手法で国土全域に特殊な魔法がかけられている。いわゆる結界と区分されるその魔法の、主な効果は2つ。モンスターを弱体化させる効果と、植物の成長を促進する効果だ。


 この世界で通常の農作物が高価な理由は、モンスターの襲撃があるため。なので、この結界の効果があるだけでも生産性は大きく向上する。また、どの国の人間でもある程度のお金を積めば入れる学院では、魔法や生産技能、戦闘、学問など、およそヒトが伝達できるあらゆる技能を教えている。


 戦闘系の学科の生徒がダンジョンやモンスターの多い所で定期的に演習をするので、モンスターの絶対数も少なく住みやすい。もっとも物価も高いから、スラムや物乞いも常に一定割合存在するので、治安は今ひとつというのがマリーさんの評だ。


 ニジェの風の矢が、遭遇した小鬼(ゴブリン)の群れ、その最後の一匹の眉間を貫いた。


「おつかれさん」


 のんびりと言ったマリーさんに、おれは率直な疑問をぶつける。


「お疲れ様です。あの……闇の国って、いつもこんなにモンスターが弱いものなんですか?」


 遭遇率も相当低い。闇の国に入って最初の交戦がこれだが、その内訳は貧弱の一言に尽きる。かなり弱い小鬼(ゴブリン)が、たった3匹。それも武装は錆びに錆びた剣と、(かび)の生えたような皮の胴鎧のみ。連携も何もなく、圧倒的な戦力差に申し訳なささえ感じたほどだ。


 マリーさんは、顳顬(こめかみ)を人差し指で引っ掻きながら、いつものペースで答える。


「結界があるからなぁ。この歌もあるし、どうなることやらと思っとったけど。幸いそこは無事みたいやわ」


 話しているうちに、リクシャとニジェが魔晶石とドロップアイテムを拾い集めてくれた。マリーさんは周囲の様子と方角を確認すると、言った。


「この先に、一番近い村があらはるけど……ジュンヤくん、ナミいうヒトを探しとるんよね?」

「はい。火の国方面から入ったらしいです」

「やったら、そこの村で一旦補給して、それから南の方へ向かえばええんとちゃう? 馬でも借りれば2、3日で火の国寄りのアプ村に着くわ」


 村、か。闇の国には、今のところ以前と変わった様子はないとマリーさんは言っている。だが、ヒトが一人も帰ってこないというのは厳然とした事実なのだ。

 もしかすると、国民はもう────。


「ジュンヤ。何考えてるの?」

「リクシャ……」


 リクシャの声で、暴走していた思考が遮られる。


「悪い方向に考えてばかりいても、まだわからないわよ。それに、もし何かが起きていたとしても、一人でも生存者がいれば話が聞けるじゃない」

「……そうだよな」


 リクシャの言ったことは希望的観測だ。しかし、それでもおれの気持ちを上向かせるには十分だった。怠惰な観賞魚(スロウステトラ)惜涙(せきるい)はリクシャの戦闘能力を向上させたが、あの一件で得たものはそれだけではない。心の有り様というべきものを学ぶ、大きな機会となったのだった。


 結果として失ったものもあった。ピーネはリクシャを許したおれについていくことができないと【フランベルジュ】を去ったし、リクシャの右手の指は義指(ぎし)だ。

 リクシャの長杖(スタッフ)の先端。一新された、花の(つぼみ)のような装飾の中心。そこで今も輝く青い結晶は、あの時の出来事の象徴のように思えた。


 最寄りの村は、なんの変哲もない田舎の小さな集落といった様子だった。辺境というだけあって戸数は少ないものの、普通の村。旅をする間に通って来た村々と、何も変わりはしない。


 おれたちはひとまず、冒険者ギルドに(おもむ)くことにした。

 木の扉を押せば、正面には受付カウンター。右の方の壁には所狭しとランク分けされた依頼書が貼り付けられ、左のほうは机と椅子を備えたちょっとしたスペースになっている。うん、ごく普通の、地方の冒険者ギルドだ。


 受付のお姉さんに話しかける。


「すみません、おれは水の国から来た【フランベルジュ】のジュンヤです。ヒトを探しているんですが、情報を教えてもらえませんか? それから、馬を借りたいんですけど」

「はい、かしこまりました。まず情報についてですね。その方は冒険者ですか?」

「はい。【潜水者の街】のナミというヒトなんですけど」

「少々お待ちください。確認して参ります」


 お姉さんはにっこり笑って、ギルドの奥へ入っていった。しばらく待っていると、彼女が戻ってくる。


「その方の情報は見つかりませんでした。【潜水者の街】というギルドも、ナミという冒険者も存在しません」


 一瞬言葉の意味がわからなかった。受付のお姉さんの言ったことを頭の中で繰り返し、それでようやく理解が追い付く。


「それは確かなんですか?」

「もちろんです。ギルドの総括をする魔道具で調べましたので。ともかく、そのような方は存在しません」


 お姉さんは疑われたことに眉を(ひそ)めて不快を示す。おれは慌てて頭を軽く下げると、仲間のところに戻った。

 受付での顛末(てんまつ)を話すと、みんなは沈黙する。


「ジュンヤくん。ウチ、ちょっとそのへんのヒトと話したんやけど。やっぱここ、おかしいわ」


 マリーさんは腕を組み、ため息をついた。そして、ゆっくりと不審を吐き出す。


「村ん中、やたらと羊が多いと思わんかった? あれ、モンスターやわ。学院で品種改良したって言いはっとったけど、ウチは知らへん」

「お兄ちゃん、あの羊さん、へんなの。声をきくと、あたまがぐるぐるする……」


 二人の話を聞き、リクシャが仮説をたてる。


「ナミがいることは事実よ。【潜水者の街】も、実在するギルド。記録すらないのはおかしいわ。つまり、私たちじゃなくて間違ってるのはこの村全体……ううん。多分、闇の国全体がおかしくなってる」

「おれも、リクシャの考えは正しいと思うけど……」


 羊モンスターが何かをしているにしては、村は平常運転。平和にすぎる。それに、内部の異変の内容はギルド一つとナミの情報が消え去っているだけだ。仁和(にわ)の事件と同格のモンスターが原因の可能性は大きいけれど、それにしては、やり方もやることも消極的すぎる。

 しかも彼女は高ランクとはいえ、ひとりの冒険者に過ぎない。その情報を消して、何がしたいというんだ。


 ダメだ。異変の原因もその目的も、今の時点ではさっぱりわからない。まあ、ギルドも冒険者全員の所在をいつも把握しているとは限らない。わかったとしても、最後にどこのギルドに寄ったとか、その程度だ。

 おれは次善策を採ることにした。


「馬だけ借りて、村を離れよう。ネーフェさんへの連絡もしたいし、ギルドの力でダメならナミの足取りを直接追うしかない」




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