ある村人少女の1日
「メェー、メェー」
「ああっ、コラ! そっちに行っちゃ危ないからダメだよ!」
はぐれそうになった一匹の暗愚羊。そのお尻を慌てて群れに押し込む。特に嫌がるでもなく戻ってその辺の草を食む気楽な姿に、私はほっと息を吐いた。
眼前に群れるこの羊たちは、実はモンスターだ。といっても、数年前に闇の国の学院で品種改良された安全かつ従順な品種。
ヒトの命令は概ねきちんと聞くし、毛は特産品の織物に、肉とミルクは食用になる。元々モンスターだから、病気にも強く育てやすいと、あらゆる面で太鼓判の押された生物なのだ。
私は適当なところに座り、また群れから離れる羊がいないかだけ注意を払いながらも空を見上げた。どこまでも青い空を、ゆっくりと羊雲が渡っていく。
毎日毎日、羊を追ってはご飯を食べるだけの日々。退屈ではあるけど、世の中にはモンスターと戦わないと生きていけないような生活のヒトたちもいる。
刺激のある暮らしに憧れなくはない、けど……。
こうして暗愚羊を飼う、羊飼いの仕事も嫌いじゃない。頬を撫でる風を感じながら寝転ぶのはとても気持ち良いし、なんだかんだでご飯もおいしい。多分、性に合っているんだと思う。
明日も明後日も、きっとこうして時間が過ぎていくんだろう。
今日はこのまま移動しながら羊に草を食べさせて、そうだ、明日はミルクを絞ってチーズをそろそろ作らなくちゃ。
羊が一匹、顔を擦り寄せて来たので撫でてやる。暗愚羊とかいう名前だが、不思議だ。この子たちはそう馬鹿じゃないのに。むしろ低ランクのモンスターであれば、自ら黒く立派なこの巻角で突き殺してしまうくらい頭がいい。
まあ、真っ黒い体毛と糸で縫い閉じられたようになっていて開かない目は、慣れていないと異様に感じるかもしれないけど。私は可愛いと思うんだけどなぁ。
「メェー」
「はいはい、あっちの草が食べたいのね。じゃあ、行こうか」
私は立ち上がると、スカートについた青草を手で払った。そして鈴を鳴らし、群れを呼ぶ。
もこもこした毛皮に包まれた羊を先導し、向かうは少し離れた牧草地だ。
私は羊飼いのミーナ。闇の国の辺境の村で、明日も明後日も、こうして羊を追うのだろう。
「……あれ?」
不意に、遠くの木立の奥に人影が見えた気がした。あっちはずっと行くと、隣村に出る方角。もっとも最近はモンスターも強くて物騒だから、ほとんど通る人なんていない。私たちだって、闇の国の結界と暗愚羊がいなければ、生活が成り立たないくらいだ。
もう一度目を凝らすけれど、何も見えない。気のせいだったのかな?
「メェーメェ、メェー!」
「ああ、うん。はいはいわかってるよ」
羊にせっつかれて、移動を再開する。
そうだ、ただの気のせいだ。私はミーナ。親をなくした孤児で、村の羊飼い。それが正しいんだから。




