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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
泣けない死霊術師と違う世界
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顔合わせ




私はカスターたちに続いて、大きくて高級そうな建物に入った。

どうやらここが潜水者の街の利用している宿のようで、看板には架け橋亭と書いてあった。

冒険者向けのためか無骨な作りながらも品があり、細部まで手入れが行き届いている。


カスターたちを見て、入ってすぐ正面にある受付の、まだ10歳くらいに見える少年が声を上げる。

この宿屋の子供だろう。


こんな年齢なのに、働いているんだ…。

このくらいの年なら、向こうでは小学生。まだまだ遊びたい盛りで、親の手伝いなんて考えないころなのに。


「カスターさん!水竜討伐から帰ってきたんだ…!

ご無事でなによりです。」


「いや。部屋はいつも通りか?」


「うん。3階の一番奥です。」


「了解した。」


私たちは隅の階段を登り、最奥の部屋に入っていく。

部屋は広く清潔で、木と水の匂いがした。

2部屋続きで隣室との間のドアが開け放たれており、私たちの入った側の部屋で、2人の男女が思い思いに寛いでいる。


一人はオレンジがかった赤毛のメイドさん。

どういうわけか、同色の猫耳と尻尾が生えている。

メイド服はオーソドックスな黒と白で、装飾はない。

きっちりとした着こなしは、生真面目な性格を想像させる。

起用に編み物をして今は膝掛けを編んでいるようで、暖色の可愛らしい生地に花の模様を編み込んでいる。

カスターたちが入室すると耳をぴくりと動かして顔を上げ、私に気付くと不思議そうな顔をして会釈した。

目まで猫みたいなつり目だ。

この人は猫獣人なんだ…。


つい目がメイドさんの耳を追ってしまいそうになるけれど、じろじろ見るのも失礼だし堪えよう。


私もメイドさんに会釈した。


もう一人は、弦楽器…私は楽器に詳しくないけれど、形から言ってギターかと思うものをかき鳴らす男性。

茶髪の社交的そうな人だ。

時折、唄のフレーズを口ずさんでいる。


私と目が合うと、にこりと爽やかな笑顔を見せてくれた。


う、ちょっとこの人苦手かも…。

目が泳いでしまった。


カスターは手早く鎧を脱ぎベッドへと座り、リディア、ディルは近くのベッドに腰掛けた。

最後に部屋に入ったエルヴィンは入り口のすぐ脇の壁に寄りかかり、軽く目を閉じる。


部屋にいた2名の意識が私に集中しているのを感じて身を強張らせていると、ディルが自分の座っているベッドの脇をぼんぼんと連打しながら期待の目で私を見るので、すこしほっとしながらそこに座る。


全員が落ち着くと、口火を切ったのはギターを弾いていた男性だった。


「おやおや、可愛らしいお嬢さん。

キミの名前を教えてはくれないだろうか?

ああ、ボクはアロンと言う。以後お見知り置きを。」


きらりと輝く白い歯。


どうしよう…。

頭の湧いた人に話しかけられてしまった。

彼らの仲間である以上、無視するというのもまずいよね…。


私は最大限の警戒で、名乗る。


「私はナミ。水竜の巣で、カスターに保護された。」


編み物をしていた女性が、手を止めた。


「よく無事でいらっしゃいましたね。」


「ええと、あなたは?」


女性は軽く礼をした。


「私はラトニア。リディア様のメイドにして、『潜水者の街』のメンバーです。」


「それにしても、どうやって水竜相手に生き残ったんだい?

みたところ、お嬢さんはテイマーか死霊術師だろう?」


「…どうして分かったの?」


男性は楽器を演奏する手を止めて、前髪を掻き揚げた。


「可笑しなことを訊くね。

ポーチにフリーズキャットが入ってるじゃないか。」


笑う男性に、私は心の中で評価を『頭の湧いた人』から、『不審人物』に上方修正した。


ああ、でもやっぱり駄目。

この人なんというか…痒い。


相容れない人種の匂いがする。

ぶっちゃけチャラ男臭い。


「…あれ?どうしたのだろう。

なぜか今、とても不本意なことを考えられた気がするのだが。」


アロンは一人で首をひねった。


「しかし、あなたはなぜそんな所に?

まさかこの世界への落下地点が水竜の巣だったのですか?」


私は身震いする。

あの時の出来事は私の記憶に焼き付いていて、怒りを覚えずには思い出せない。

あの時の恐怖も憎しみも悔しさも、全部覚えている。


私が身を震わせて黙り込むと、カスターが私の様子を見て、代わりに説明を始める。


「彼女は、テンペランティアで召喚された、召喚被害者だ。

詳細はわからないが、役立たずと見なされて水竜の餌にされたらしい。

我々が到着した時には暴走に近い形で死霊を操り、衰弱していた。

丸1日、独力で持ちこたえたようだ。」


アロンは、息を飲んだ。

あまりの仕打ちに声も出ないようだ。


「ということは、彼女を保護した後はどうするのですか?」


冷静にラトニアが問うた。


「…私は彼女を我がギルドに迎え入れようと思う。」


ラトニアが眉をひそめる。


「カスター、正気ですか!?

私たちははこれでもSランクギルドです。

そう簡単に、新米冒険者を入れるはずがないでしょう!?」


剣呑な空気が流れる。


私は歯痒かった。

話に上手く入れなくて、自分のことなのに置いてきぼりになってしまっている。


「大切なのは、本人の意志。

どうしたいの?」


エルヴィンが私を見る。

他のメンバーも言い争いを止めて、私の言葉を待った。


私の答えは既に決まっている。


「私は迷惑でなければ、このギルドに入りたい、です。」


静かな室内で、私の声が実際よりも大きく響いた。


「…それは、ボクたちがSランクギルドだからかい?」


「いいえ。」


私はアロンの問いに即答した。

ランクなんて関係ない。

私の目的は、帰る方法を見つけること、復讐すること、そしてもう一つ新たに芽生えた興味。


「私は…この世界を見てみたい。

私にとっては憎いだけのこの世界を守る、あなたたちの見るのと同じ景色が見てみたい。」


復讐も帰還も、諦めたわけじゃないけど。

でも、それと世界を見ることは、両立しなくはないと思う。

それに、そのための手段としても、人脈や名声がある彼らといることはマイナスにはならない。


誰も、何も言わない。

私が答えが悪くて彼らに放り出されるかと不安になってくると、エルヴィンが言う。


「俺と、同じ。」


彼は緑の瞳を細めて、微かに笑った。

それを皮切りに、空気が穏やかなものに変わる。


隣に座るディルが、やったー!と叫びながら腰にしがみついた。


少し驚いたけれど、私も自然と笑顔になる。

それを脇目に、カスターとアロンが何か話しあっている。


「そうだな。

明日冒険者ギルドに行き、登録とギルドマスターへの顔合わせをする。

レベルは我々よりも低いだろうが、それは仕方ない。」


「いくつか手頃な依頼を受けてもらって、レベルを上げていくのが良いんじゃないかい。

個人でのギルドランクも上がるだろう?」


「ああ。それでいくか。」


その日は一日、宿屋で穏やかに過ぎて行ったのだった。








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