風に舞うチラシ
火の国と闇の国の境界、ギリギリ火の国に位置する、シリカ村。その外れのユリアの森では、山狩りならぬ森狩りが行われていた。
闇の国は学問都市。だが、学問を発達させるにはそれだけの生活の余裕がなくてはならない。闇の国は独自に研究した魔法により、豊かな自然資源を確保してきた。
ユリアの森もその多分に漏れず、深い緑と豊かなな自然の恵みに溢れた美しい森である。だが、のどかな辺境の森は今、無骨な冒険者の怒号に満ちていた。
「おい、探せ! もっと奥かも知れねえ!」
「こっちに足跡があるぜ。へへへっ、これでアタイらが賞金をいただきだ」
「ボクだってぇ! こ、この賞金で今度こそ、学院に入るんです!」
緑の草の絨毯は無残に踏み散らかされ、黒土を露出させている。もっともこの場にいるのは命知らずな冒険者たち。損なわれた景観や自然を惜しむような繊細な心の持ち主は、一人たりともいない。
茶色くて扁平なキノコやら、赤字に白の水玉のキノコやら、はたまた蛍光イエローのキノコやら。とにかくあちこちにキノコを生やした木が立ち並ぶこの森で、彼らが求めるものはただ一つ。
「Sランクギルドったって、相手は一人。この人数を前にしちゃあ、逃げおおせめえ!」
「油断すんなよ。アタイはナミの戦闘を、随分前に見たことがあるんだ。後衛とは思えねえナイフ捌きで水猫をダース単位でバラしてやがった」
「でも、使い魔はいないって聞いてますよ。死霊術師なら弱いんじゃ?」
「死霊術師だからこそ、だ。いくらでも魔力が許す限り、数だけなら僕は増やせんだろ」
「あぅう……」
「なんにせよシリカのギルドマスターは気前がいいぜ。冒険者一人、キノコ森で捕まえれば全員に金貨一枚なんてな!」
愉快な3人組……斧使いのがっしりした脳筋男、肉食系らしき兎獣人の魔術師、明らかに新米レンジャーの少年の寄せ集めギルドは、やけに説明調なコントを繰り広げながら森の奥へとわけいっていった。
そう、この状況はある一人の冒険者と、シリカ村のギルドマスターの運命的コラボレーションによって引き起こされているのだ。その冒険者の名前はナミ。つまり私だ。
脳内モノローグで現実逃避していたけれど、そろそろこのくらいにしておこう。一番しつこかった追っ手の冒険者は、たった今ダミーの足跡で痺れキノコの群生地に誘導した。そのうち手足の痺れに気がついて、引き返してくるだろう。
引き際をわきまえていれば命までは落とさないはずだ。まあ、冒険者であれば大丈夫だと思う。第一、女性冒険者一人に寄ってたかって群がるようなヤツらにかける慈悲はない。
今のうちに、森の反対側の出口へと足を進める。もちろん足跡を露骨に残すような間抜けなことはしない。
そもそもこんなことになったは、シリカ村のギルドマスターのせいだ。
闇の国に入ろうと、境界に位置するシリカ村に入った途端、ギルドへの強制連行。火の国から闇の国へ行くために考えうる全てのルートで私を指名手配していたというのだから、本当に頭が下がる思いだ。主に呆れで。
ギルドマスターに会ってからは、もう最悪。
「だから申し上げておりますでしょう。闇の国は魔法的、物理的にあらゆる連絡を絶っているのです。みすみす有望な冒険者を飛び込ませるわけには参りません」
「じゃあ、放っておくっていうの?」
「いいえ。然るべき調査団を編成し、内部の調査がある程度完了してから行くべきだと申しているのです」
「それはいつになるわけ?」
魚人の若いギルドマスターは、恥ずかしげもなく答えた。
「調査団の選抜まで一ヶ月。各署の調整でさらに半年。調査終了まではおよそ一年ほどでしょう」
駄目だ、話にならない。相手は強力な力を持つモンスター。しかも、今までの事例からすると、澱みを吸収して際限なくパワーアップしていく。調査終了を待っていたら、まず敵わない。
もはや交渉を諦め……というか、そうだ。そもそも私は拉致されたんだった。なら、もう勝手に出ていってもいい気がしてきた。
「お待ちなさい! どこに行くのですか!」
「あなたには関係ない」
「お待ちなさい! 水の国、それとその要請を受けた火の国のギルドマスターから、あなたが闇の国に入ろうとした場合、負傷させてでも回収するようにと指名手配が出ております。行かせませんよ!」
先手必勝。私は素早く短剣を抜き、魔法を今まで詠唱してきた中でも有数のスムーズさで発動させた。
「『炸光』」
後ろを振り向かず、後はひたすら一目散に駆けていく。
後ろから、悔しそうな呻き声が追いかけてくる。
「くっ、目が……誰かあの娘を捕まえてください! 成功したら、クエスト受注者全員に金貨一枚を進呈いたします!」
とまあ、ここまでが事のあらましだ。
森の木々の隙間から、川が見えてきた。この川こそ、火の国と闇の国の境界線だ。橋もあるにはあるが、十中八九、冒険者たちに張られている。
短剣を抜く。唱える魔法は『水盾』だ。小さめの水の盾がいくつか川の上に飛び石のように浮かび上がり、足場になった。
そう、私はいつまでも、基礎魔法各属性一つだけの女ではない。大精霊から火の加護を貰い、新たな火属性魔法も覚えたし、呪術も腕を上げた。そして、いくつかの基礎魔法はより同時展開・制御を磨いたのだ。幸いにして魔力だけは有り余っている。水盾を5つ6つ同時に作るくらいなら何とかなる。
私はほくそ笑みながら、川を渡っていく。あと一跳び。最後の足場からジャンプして────。
うたが、きこえた。




