あるがらくた勇者の虚
本日は2話投稿しております。こちらは2話目です。ご注意ください。
よくわからない理由で捕まえられて、よくわからない理由で牢屋に入れられた。
でも、あたしは絶対に悪くない。
石造りの薄暗い牢屋は窓一つなくて、すごく暗い。明かりも、牢番?のオッサンがいるテーブルに燭台が一つあるきり。地下の空気は冷たくて、ちょっとお墓みたいに据えていて……なんだか怖い。
やたら太くてゴツい、気持ち悪い模様が描いてある鉄格子にしがみついて、オッサンに文句を言う。
「ちょっと、明かりくらいないの!?」
「うるせえ黙れ! おまえはヒトを殺したんだ。大人しく沙汰を待ってろ」
意味わかんない。コイツばかなの?
言葉が通じない。これは何を言ってもムダみたい。
小さなため息が、牢屋の冷たい空気を震わせる。
とりあえず、申し訳程度に牢の中に入ってる硬いベッドにお尻をついて、今までのことを順に思い返してみることにした。どうせやることもないしね。
そもそもの始まりは、あたしがこの世界に召喚されたこと。
あたしは地球の日本、その首都で生まれ育った。父親と母親の仲は、あたしが物心つく頃からサイアクだった。家に帰れば無視されるか怒鳴り声がいっつも聞こえていて、あたしは毎日近所のコンビニで漫画を読んで、夜遅くになってから家に帰るようにしていた。
学校に居場所があるかというと、そんなこともない。ウチにあたしのために使われるお金は最低限の世間体を整えるくらいしかなかったから、勉強についていけなくても塾には行けなかった。運動ができるわけでもなかったし、人並みはずれて美人っていうわけでもない。
そんな人間だから、友だちもいなかった。
そもそも、どうやって友だちを作るのか、どうやったた友だちになれるのか、わからなかった。あたしが知ってるのは、ただ縮こまっていれば大概の人は呆れて行っちゃうから、困ったらそうすればいいっていうこと。そのくらいだった。
だから、何人かで輪になって休み時間に話してるのが羨ましくて、遠巻きに席から眺めていた。そうしたら、「気持ち悪い」って言われてますます人は離れて行った。
誰からも気にかけられない透明人間。いてもいなくても同じもの。それが今思い出しても気分悪い、過去のあたしだ。いや、だったんだ。
そんなある日、女子トイレに入ったら白いタイルのつるつるした床に、変な魔法陣が光っていた。得体は知れなかったけど、でも……これでなにかが起きたら、今度こそ誰かがあたしを見てくれるかも知れない。そう思ったら、足は魔法陣を踏んでいた。
だっさい時代錯誤なセーラー服で、気づけば立ってたのはトイレのタイルじゃなくて臙脂色の絨毯。煌びやかな調度品に囲まれて、銀髪赤目の小さな男の子が、あたしの目を覗き込んでいた。
「うわっ!?」
あまりの近さに仰け反るあたしに、男の子は力強く頷いた。
「うむ。よくぞまいったゆうしゃよ。ここはななつのくにのなかで、もっともすばらしいくに、テンペランティアのおうじょうだ。おうがゆうしゃにおあいくださる。えりをただすがよい」
それから広いお城を歩いて、王様に会った。王様はすごく偉そうで、すっごく美形だった。あの男の子も美形だったけど、ちょっとジャンルが違う。男の子は線が細くて女の子みたいにも一見見えるけれど、王様は配色こそ同じでも精悍な感じのイケメンだ。
そこから先は大変だった。お付きのお爺さんがいうには、あたしには『終幕喝采』っていう凄いギフトとかいう力があるんだって。あたしを『見る』人が多ければ多いほど強くなるっていう能力。
これまたイケメンな騎士団長様も、あたしは遠距離系の武器の適性があるって言ってた!
武器の合う合わないなんか知らないし、彼が選んでくれたっていうだけでボウガンを武器に選んだのは秘密だ。
誰もがあたしを見た。
誰もがあたしを求めた。
あらゆる人々が、あたしという特別な存在、『勇者』に喝采を浴びせた。
初めて……初めて、あたしを見てくれる場所ができた。そう、思った。
あたしは有頂天になった。モンスターが出て困っていると聞けば、行って一人きりでモンスターを討伐した。誰かが王様の邪魔をするのだと嘆かれれば、暗がりからボウガンを撃った。
そして、ある日。
「勇者ミソラよ。おぬしは本当によくやってくれておる。その献身は、数いる勇者の中でも一二を争うほどじゃ」
「え……?」
勇者はあたし一人きりだと思ってた。だけど、そうじゃなかったんだ。
「おお、言うておらぬのだったか? 我が国には現在、7名の勇者がおる。だが、安心するがよい。可愛いミソラ」
「かわいいって……え……あ。お、王様……?」
「王妃など形だけのもの。政略結婚に意味などない。愛している、私の、私だけの所有物」
そうしてあたしは、前にも増して頑張った。 『実験』だって我慢したし、みんなを幸せにするため、たくさん、たくさん戦った。
「勇者ミソラよ。お主に任務を授ける。火の国インダストリアにて、採掘の助けをするがよい」
「えっ……火の国、ですか?」
「我もそなたと離れるのは辛い。しかし、火の国での採掘は、両国の友好の架け橋ともなる重要な職務。信頼できるそなたにこそ、任せたいと思うのじゃ。やってくれるな?」
「はっ、はい!」
あたしだから、任せられる。あたしは信用されている。
あたしを、王様は見てくれている。
この任務が終わったら、王様は邪魔な王妃を消してあたしと結婚してくれる。盛大な、国を挙げての挙式。
とても楽しみだ。
冷たく硬いベッドの上。石造りの空気さえも冷え切った牢屋。こんなところ、あたしのいるべき場所じゃない。
そっと漏らしたあたしの吐息が僅かに、凍える空気を温める。
「ああ、王様……あたし、いっぱい頑張りました。だから……お願い」
あたしを見て。
あたしだけを見てください。
そうしたらあたし、なんでもします。
閉じた瞼の下で、真っ赤な瞳が見えた。
「うふふ、あはははは! っは、あははははははははは!」
真っ白いウェディングドレスを着て、あたしは国民もあの人からも目を奪う。そうして誰もがあたしを見たら……この虚しさ、心のがらんどうも、きっと満たされるでしょう?
「んー、これはダメだねえ。もし無事だったら助けて、計画に協力してもらおうと思ってたけど。これは頭の芯までどっぷり『かかっ』ちゃってる。もう戻れないな」
牢屋のどこかから若い男の軽薄そうな声が聞こえた気がしたけれど、あたしにはよく聞き取れなかった。
ただ、赤い。あの幼い赤い目が、あたしの空っぽな部分を埋め立てていくのを感じる。……ああ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
誰かあたしに喝采を。
だれでもいい。たすけて。
これで火の国編は終了です。




