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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
がらくた人形と火の国
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未来へ続く焔

 



 フラミアが消えた火龍の心炉。彼女を見送ったまま動かない私の視界の端で、ナットはよろよろと立ち上がった。


「戻る?」

「はい。あの……ナミさんにはご迷惑を、おかけしました」


 喉も枯れ果てた涙声。不思議とみっともないとか情け無いとは思わなかった。ナットの両手には、ハート型の金属塊が大切そうに抱えられている。

 途切れ途切れな声になりながら、彼は私に尋ねる。


「勇者だとか、何だとか……。僕にはよくわからないですけれど。これから、ナミさんは、どうするんですか?」

「闇の国に行こうと思う」


 ナットは息を飲んだ。

 闇の国は、一番最初に異変が顕在化した国だ。今となっては国土に一歩でも足を踏み入れた者は、一人たりとも帰ってこない危険地帯。中がどうなっているのか、冒険者ギルドですらわからない。


「あなたは……」


 彼は大切な理解者だった琥珀を喪ったばかりだ。手を下したのは勇者ミソラ。彼女は殺人者として捕らえられたが、彼はこれからどうするのだろう。

 今までのように、元いた工房で何事もなかったように働き、暮らしていくのだろうか。


「あなたは、どうするの?」

「僕、ですか?」


 よほど私に尋ねられるのが意外だったのだろう。ナットは心底不思議そうに声を漏らしたが、すぐに口の端だけで微笑んでみせた。


「工房を辞めようと、思います。武器造りは、やっぱり、向いていないですし」

「……そう」


 これだけのことがあったのだ。それも一つの道だろう。むしろ、今笑うことができる、彼の精神性こそ賞賛に値するほどだ。

 彼の痛ましい微笑を見ると、色々な感情が活性化する。眩しいものを見るようで、やはり悲しいような。どうしても、過去の自分の感傷を想起してしまうのだ。

 私はふい、と目を背けた。


「だから、僕は器人の修復技師になろうと、思うんです」

「え?」


 思わず私は再び、彼の顔を凝視していた。

 ナットは照れたようにツナギの袖で目元を擦り、続ける。


「設計図は、きっと奥のプラント?っていうらしいですね。あれだけ複雑な機構なら、そういった場所に残ってるはずです。それを見て、今回の件で傷ついた器人のヒトたちを修理するんです」

「設計図はないよ。龍女帝が、全部燃やしたから」

「そうですか。それじゃあ、ちょっと大変だなぁ。この『心』の構造しか参考になるものはないし、イチから分析しないと……」


 ナットは手にした『器人の心』の表面を撫でる。泣き腫らして赤くなった目や涙の跡はあるけれど、どこかその手つきは前向きなものを感じさせる。


「設計図がないのに、できるの?」

「やりますよ。僕は、やるんです。だって────彼女の心が、ここにあるんです」


 どういうことなのか。疑問を頭に浮かべていると、彼は説明してくれる。


「器人は分類的にはモンスターです。今回の事件で、きっと敵視するヒトは多い」

「だったら、なぜ?」

「ニンゲンにとっては敵でも、彼女の仲間ですから。それに──僕には、器人がみんな、好きでニンゲンを眠らせていたんだとは思えない」


 頭の中で、マルガレーテと呼ばれていた器人の泣き顔が蘇る。そういえば、彼女は決戦の時、どうしたのだろう。ラトニア-Ⅱの命令に従って、ヒトを襲ったのだろうか。それとも──。


「投降した器人とか、捕虜になったヒトたちもいました。きっと、誰もが分かり合えないわけじゃないって。僕は……琥珀の心を信じたいです」


 琥珀たち器人は、機械仕掛けの体に擬似魂魄を封入した絡繰人形(からくりにんぎょう)。その機構を機械文明に生きた私の感覚から分析すれば、仮に心らしいものが生まれたとしても、それは高度な学習によって、膨大なデータから適切な行動をアウトプットしているに過ぎないことになる。

 だが、きっと。


 琥珀の笑顔を思い出す。控えめで、ほとんど表情が動くことはなかったけれど。それでもとても綺麗だった。

 記憶に焼き付けるなら、きっと血や泥に(まみ)れた顔でなく、笑顔がいい。彼女もそうだろう。


 ナットの腕の中の金属塊は、歯車やネジといった金属部品の寄せ集めだ。でも、そこから失われてしまったものの質量は、確かにあったのだ。

 魔法や科学。そのどちらでも創り出すことの叶わない、唯一無二のものが。


「上手くいくといいね」


 何の打算も憂いもなく、そう言えた。彼は私とは違う。かつて、涙も何もかも枯れ果てて、世界全てを憎んでようやく自分を保っていた私とはまるきり別物だ。

 洞窟の上り勾配の出口は近い。逆光になっているが、夕陽を背中に小さな影と大きな影が手を振っている。大きな影は心なし戸惑っているようだったが、小さい方にやれと言われて、無理やりやらされているようだ。

 大きい方が親方、小さい方がマレットだろう。


「行きましょうか」


 促したナットの表情は、夕陽で橙色に照らされた苦笑だった。



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