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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
がらくた人形と火の国
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心の火

 



 朱金の溶岩が泡立ち、大きな質量を持ったものが激しく赤い水面を割った。


「え?」


 ナットは異常に気がついていない。わけがわからないといった顔で困惑しきっている。そうしているうちに、坩堝の中のものが全身を現した。


 それは少女だった。まだ十を過ぎたかどうかという年頃の彼女は、両膝を抱えて宙に浮かんでいる。着ているものはナットと同じような、茶色いつなぎ。だが、はだけた胸の中心と足首、それと一つに束ねた長い髪の先は、燃え盛る炎そのものだった。


 ナットはごく近くに現れた人外の存在に怯え、琥珀の『心』を持ったまま放心している。

 私は抜いていた短剣を下ろし、問いかける。


「もしかして、火の大精霊?」

「うん、そうだよ。ボクはフラミアっていうんだぁ。キミが今回の勇者なの?」

「そういうことになってる」


 眠たそうな半眼を指で擦り、火の大精霊は口元で緩く笑う。


「? おもしろい返事をするんだねぇ。う〜ん?」


 そのままくるりと空中で回転し、フラミアは宙を滑るようにして私の前に移動した。じっと至近距離で顔を見つめ、彼女は眉根を寄せる。


「なんだか難しいことになってるなぁ。ボク、こういうのキライなのにぃ〜」


 胸部が八つ当たりなのか、激しく火を噴く。顔に火の粉が散りそうになって身を離すと、フラミアはハッとして胸の炉心を隠した。


「うんとねぇ。さっき、大精霊の権限でキミの記憶をざっくり確認させてもらったよぅ。でね、キミの知りたいことだけどぉ、神様であっても、死者の蘇生はできないの」


 気を取り直して真面目な調子で言うフラミアだったが、腕を組んで空中であぐらをかく。人差し指はこめかみをぐりぐりと指差している。


「ただぁ、あくまでもボクたち精霊の知る限りってつくから、クレメンス様に何か考えがある可能性は、あるよぅ。仲間の蘇生は、キミの戦う理由の大きな部分だね。だから、ボクは選ばせてあげる」


「他の精霊は教えなかったみたいだけど、大精霊ならキミを元の世界に返してあげられる。望むなら、フラミアがキミを責任を持って返してあげるよ」


 帰れる……? 元の、世界へ…………。

 それはとても魅力的な話だった。

 もうこの世界に来て半年くらいは経つだろうか。わけのわからない理由で身勝手に喚び出され、いらないもの扱いをされて捨てられ。毎日のようにモンスターと戦って、苦しい思いをして。それでようやく生きてきた。


 元の世界には戦いも化け物もいない。毎日は平坦だったけれど、穏やかで平穏な、大切な日々だった。


「わたし、は──」

「ただ、そうするとこの世界での記憶は全部なくなるの。クレメンス様の言葉は嘘かもしれない。それでもキミは、戦うの?」

「────私は戦う」


 理不尽で腹がたつことばかりだった。不要だと、無能だと烙印を押された私は(ごみ)なんだと思ったこともあった。こんなにも醜い、人を食い物にする世界など滅びてしまえばいい、と。そう思ったこともあった。

 だけど、この世界にはみんながいた。


「帰りたくないの?」

「帰りたいよ。でもまだ帰らない。……みんなのこと、忘れたくないから」


 フラミアは、ややあって(まなじり)を下げた。


「そっか。……ごめん。結局、ボクたちの都合でキミを戦わせてしまうね」

「あたなたちのためじゃない」

「うん。知ってるよ。キミの仲間たちのためだぁ。でも、彼らが犠牲になったのも、元はと言えばナナツヨのためだからねぇ。だからやっぱり、ボクはキミに、ごめんなさいとありがとうを言うよぉ」

「……変な精霊だね」

「そうかなぁ」


 今まで会った水、木の大精霊とはかなり印象が違う。馴れ馴れしいというか、距離が近いというか。一言で言うと、そう。


「すごくニンゲンらしい」

「それは嬉しいねぇ。ボクは数ある生命の中でも、一等ニンゲンが好きだから」


 今まで出会った精霊では見られなかった豊かな表情で、フラミアは本当に嬉しそうに笑う。だが、不意に真面目な表情になって腕を組んだ。


「この召喚はおかしいことだらけだぁ。キミは歴代の勇者で最も力に恵まれない。能力にしたって、何かはあるみたいだけど、隠れちゃっていてボクにも見えない」

「どうでもいいよ、肝心な時に役に立たない能力なんて」


 返答に困ったように私を見つめ、火の大精霊は眠たそうな目で微笑む。


「せめてキミの道行きの助けになるように。精霊の加護としてぇ、火の魔法の適性と、精霊を見る力をあげる〜」

「それ……貰えるようなもの?」

「精霊はねぇ。そこにいるの。見るヒトの心のありようによって、いるともいないとも言える。でも、見えたなら、絶対にいるんだよ」


 なぞなぞのような、もってまわったような回りくどい言い方だ。よくわからない。


「つまり、どういうこと?」

「見方を変えれば、誰にでも見えるよ。でも、()らなきゃ絶対に見えないんだぁ。魔法だって同じだよ。奇跡だって起こせると、本当に心の底から信じないと。そうでなければ、魔力が通っても本当にならないの」


 フラミアは私の前に立ち、複雑な魔法言語で何かを唱えた。この世界に来て初めて知覚した魔力とも違う何か、暖かいものが満ちていくのを感じる。これが、大精霊の加護……。


「土の国も、キミとは別の種子が助けてくれたねぇ。残るは闇の国と、金の国……」


 闇の国にいるのは、消去法でいけばアロンだろう。

 金の国では……。おそらく、待ち受けているのはカスターだ。

 私は、あの国で受けた仕打ちを許してはいない。けれど恩人にあたる彼を放置することも、できない。

 消化しきれない思いが、胸の内で今もまだくすぶっている。


 曇る表情を見かねたのだろう、フラミアは「気楽にね」と言った。


「世界がどうとかいうのは、みぃんなこっちの都合だよ。キミはキミ。心の赴くままにすればいいよぉ。でも、もしキミがまだ世界を救ってくれるつもりがあるのなら、ボクの姉妹をよろしくねぇ」




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