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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
がらくた人形と火の国
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おわりゆくうたの名は



 未だ火の粉が舞う業火の燃え跡を超えて、龍女帝リセットがゆっくりと歩いて来る。


「……今更来たの?」


 とっさに口をついたのは、そんな可愛くない言葉。自分で手を下さなくて済んで、ほっとしているくせに。瞬間的に、自己嫌悪が胸の内を占めていく。


「そう、じゃな。(わらわ)はいつも遅すぎる。過ちに気付くのも、こうして行動することもの。ただ、最悪の場には間に合ったと自負しておるわ」


 悲しげな微笑には、自嘲の影があった。


「これよりこのプラントの設備を焼き払う。もう二度と、妾の罪が悪用されることのなきようにのぅ。(むし)らは疾く帰るが良い。──琥珀」


 琥珀がぴくりと体を震わせる。器人である琥珀は、彼女のいう罪の体現の一つ。リセットの沙汰次第では、彼女もここで灰も残さず焼き尽くされることになる。


「……器人を支配する者はもうおらぬ。これより主らは自由に生きよ。ラトニアを討ちし主であれば、ヒトも受け入れよう。遺恨はあろうが、これよりはヒトと共に生きるのじゃ」

「感謝します、龍女帝リセット。我らが創造主様」


 琥珀が腰をきっちり90度に折り、一礼する。こんな場合にも関わらず、流れるような所作はいつもと変わりなく美しい。


「そう言うてくれるのなら、妾の行いもあながち悪しきだけのものではなかったということじゃのぅ」


 リセットは破顔した。雲間から顔を出す青空のように、晴れやかな笑顔。細められた金の目は、ここではない過去に思いを馳せている。


「前勇者、マサキに作られてから幾星霜。妾はもう充分生きた。……ナミよ。どうか主の行く道が、優しいものであるように。そして、琥珀。我が娘、息子たちの行く末を託すぞ」


 琥珀は深く頷くと、武器を消した。もう戦いは終わったのだ。

 私も武器を収め、ラトニア- IIの残した魔晶を摘まみ上げる。高さ10センチくらいの細長い結晶の色は、泥水のように濁った紅茶色。細かく黒い文字のようなものが内部で蠢いていて、見るからに禍々しい印象だ。


 この文字、どこかで見た気がする。何だか気持ち悪い色で気は進まないが、石を顔に近づけて覗き込む。

 この魔法文字のようでいて読み取れない記号は……ああ、そうだ。水の国でモンスター化したディルを倒した時のものと、細部は違ってもよく似ている。アレと同じ性質を持つものなら。


「……『浄化』」


 拾い上げた濁りの濃い魔晶石は、私の手のひらの上で白い光を浴び、さぁっと澄んだ紅茶色の結晶体に変化した。

 少しの感傷と共に、魔晶石を腰のポーチに仕舞う。

 ふと、ラトニア-Ⅱが倒れていた辺りに目を向ける。リディアの複製体が消えた後には何もない。彼女はラトニア- IIとは違い、ニンゲンだったということだろう。

 彼女はどれだけ似ていても、リディア本人ではない。誰かの模造品としてしか生きられずに死んでいった彼女の人生に、少しだけ思いを馳せた。


 ぽつりと、リセットが(こぼ)す。


「……懐かしい光じゃ。妾もかつてはマサキに造られ、共に各地を巡ったものよ」

「もしかして、前の救世の勇者を知ってるの?」


 てっきり前勇者とか言うから、金の国の量産型勇者のことかと思っていた。だが、それならこの浄化とかいうギフトの光を懐かしいなんて言わないはず。


「そもそも『造った』って?」

「マサキの能力のことよ。『模倣』と言うてな。一度見た魔法や、原理を知るからくりを、構造さえ大まかに理解出来ていれば再現できるという能力じゃったのよ。妾のこの肉体も、マサキの知識……物語に出てくる龍を模造したものらしい。もっとも、きちんと造りを把握しておらんかったから、強さはその元の龍よりずっと弱かったがのぅ」


 昔を懐かしむように、リセットは金の虹彩を持つ目を細める。


「まあ、曖昧なイメージの脆さを補えるあたり、強いギフトと言えるのではないか? ほんに、ほんに懐かしい……おかげで最期に、よい思い出話ができたわ」

「そう。……彼の身に何があったか訊いても?」


 リセットは悲しそうに微笑を歪め、首を横に振った。

 前の救世の勇者。『マサキ』、というのか。名前は初めて聞いた。彼の身に起きたことを知る者は誰もが多くを語りたがらない。

 順番で行けば、次に向かうのは闇の国。多くの資料や研究家が集まるという学問都市ハミティーは、同時に伝承の宝庫でもある。意図的に隠された事実と言うならなお、闇の国が掲げる『探求』の一環として収集している可能性は高いだろう。


 そもそも……千年も前の人物が、どうやって、どうして私なんかに干渉してきたのか。


「ナミ様」


 黙り込んでいると、琥珀に声をかけられた。

 首を振って何でもないと示し、リセットの炎の巻き添えを食った男性型器人二人組のドロップアイテム、細かな歯車や部品が組み合わさった、これは……心臓なのだろうか。ハート型に近い形状の金属塊を回収し、私たちは洞窟を上へ上へと上っていく。来た時とは逆方向の、火龍の心炉の方面へ続く道だ。


 少し離れると、背後から火と煙の臭いが追いかけてくるのを感じた。激しい追い風は他に、蛋白質(たんぱくしつ)の焼ける臭いを運んでいる。リセットはプラントの設備を火に焚べて、自分の体ごと燃やしたのだ。

 『最期』の思い出話と言っていたし、こうなるんじゃないか、とは思っていた。彼女が責任の取り方としてこういう方法を選ぶとしても、私に口出しする権利はない。ただ……私の言葉が彼女を追い詰めたのかもしれない。

 間違ったことを言ったつもりはないけれど、それでも……後悔していないと言えば嘘になる。


 洞窟は蟻の巣のようにぐねぐねと曲がりくねり、小部屋が惑わすように点在している。

 モンスターはほとんどおらず、綺麗なものだ。しかし、目を凝らすとそこかしこに魔法の灯りに照らされて、血痕や抉れた岩肌といった戦闘の痕跡が見受けられた。

 銀花の髪飾りを輝かせて笑う、勝気(かちき)な少女の顔が頭を(かす)める。彼女は、マレットは無事だろうか。彼女のハンマーの腕であれば、相性のいい暴食蟻(ハングリーアント)程度であれば遅れをとることはないと思うけれど。


 階段はなく、全体に緩やかな傾斜がついている。琥珀が案内をしてくれなければ、マッピングをしていても迷いそうだ。

 彼女の協力なしでは、この地形とモンスターの攻勢に火の国の連合はあっさりと敗北を喫していたに違いない。あるいは、ラトニア- IIの策略にすら気づかずに街ごと落ちていたか。


「……琥珀」

「はい、ナミ様」


 ナミ様、か。

 いつの間にか、『ご主人様』とは呼ばれなくなった。それが最初から、在るべき姿だったんだ。

 彼女のご主人様は私じゃない。


「ここを出たらクビだから」

「────!? あっ、その。(わたくし)は」

「ナットのところに、行けばいいよ」

「それは…………」


 たっぷりとした沈黙を経て、彼女の不安げな顔が魔法の灯火に浮かび上がる。ゆらゆらと揺れる灯りが、陰影を深くする。


「……ナット様は、(わたくし)を受け入れてくださるでしょうか」

「それは私に訊くことじゃないでしょ」


 ナットのあの辛気臭くて未練がましい面構えを思うに、拒否されることはまずないだろうと思う。琥珀の記録(メモリー)にも、あの情け無くもちらちらと顔を伺う様子は記憶されているだろうに。金属製でも乙女の心は繊細らしい。


 琥珀は頬を紅潮させて頷くと、心なし早足で出口へと向かい始める。

 私は、この件に関わってから初めて感じる心の暖かさに頬を緩め。そして、そんな自分に気づいて慌てて表情を引き締めた。

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