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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
がらくた人形と火の国
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もえるおと

 


 リディアの紫色の瞳が、ゆっくりと目の前に横たわるラトニア- IIに焦点を合わせていく。やがて発された彼女の声は、不思議と洞窟に大きく響いた。


「おやめなさい、ラトニア。これ以上罪を重ねることはなりません」

「ですガ……!」

(わたくし)は許されざる工程を経て生まれた存在です。なればこそ──もう、いいではないですか」


 悲しくも力強い微笑を浮かべ、彼女は近くに折り重なって崩れる器人たちを見た。ラトニア- IIに利用されたことになる、彼らを哀れんでいるのだろう。それはまさしく聖女の微笑だった。

 彼女の凛とした眼差しが、ラトニア- IIに向けられる。


「過ぎてしまったことはどうしようもありませんが、これからのことは如何様(いかよう)にも変えることができますわ。その命、ここで散らすことはありません。これより先は、人のために生きる。それが償いになるのではありませんか?」


 悪夢を見ているようだ。その言動はリディアそのもの。慈愛に満ちた眼差しも、跪いてラトニア- IIを抱き寄せる様も、本物だとしか思えない。

 武器を持つ手が震える。目の前の美しい光景を、頭が拒否している。


 リディアの主張が受け入れられることは、万に一つもありえない。リディアのみであれば十分に現実的な提案だが、ラトニア- IIはモンスターなのだ。それも非常に強力な。

 いつ爆発するかわからない爆弾のように危険で、しかも言葉が通じるとは思われてすらいないモンスターという存在。たとえ改心したと声高に叫んでも、ヒトがそれを受け入れる可能性はゼロだ。


 呼びかけようとして、なんと呼ぶべきか悩む。私にとってリディアは一人きり。白光の中で逝った聖女だけが、私の仲間なのだ。

 けれど、他に適切な呼び名も思い浮かばず、私はかつての仲間の名前を呼んだ。


「どいて、リディア。私にはそのモンスターを討伐する理由がある」

(わたくし)はどきません。言葉が通じるならば、心とて通じるはずです」


 こんな時に、ラトニア- IIの言葉が頭の中で再生される。

 死んでしまったヒトは蘇らない。それは、神にも変えることのできない真理。

 それでも私は、希望に縋る。それしか……それしかだって、理由なんかない。一人だけ私が生き残った理由も、このまま一人きりで生きる理由も。

 琥珀は戦闘の傷はあるはずだが、しずしずと岩壁の横に控えている。私の意思を尊重するつもりのようだ。メイドの(かがみ)のような態度が、今は苦しい。

 言い訳のように、かさついた言葉が口をつく。


「リディア。その言葉も、インストールされた記憶素材(パーツ)から予測したんだね」


 すごいよ。本物そっくりだもん。

 だから、こんなにも短剣を持った手が震えている。

 私は短剣を握る右手を上げて、真っ直ぐにラトニア- IIと、それを庇うリディアに向けた。彼女らに反撃の意思はない。ラトニア- IIにはそもそも体力も魔力も残っていないだろう。リディアなら、神聖魔法が使えるはずだけど。

 リディアは目をぎゅっと閉じて、もう動けないラトニア- IIの体を固く抱きしめた。そのまま背中を黒い刀身の前に晒すように、彼女を守ろうとする。


 本気で防御魔法の一つも展開しないつもりらしい。……いや、もしかしたらできないのか。

 ラトニア- IIはリディアの複製体がまだ未完成だと言っていた。魔法などの技能までは、再現が追いついていないのかもしれない。

 あるいは、そう。ラトニア- IIはリディアに聖女じゃなくていいと言っていた。あれが本気だとしたら……穏やかに僻地で暮らすために、目立ってしまって邪魔になる神聖魔法など、初めから覚えさせる気がなかった。感傷的に過ぎるかもしれないけれど、そういう風にも考えられる。


 たかがヒト一人分、実に脆弱な肉の盾。魔道具を放り投げてもいいし、『火矢(カシ)』の一発では厳しくても二、三発撃ち込めばそれで片がつく。


 あとはただ、魔法を詠唱すればいい。魔力を決まった形に導いて、ただ一言口に乗せる。それだけでいいのに、どうして、何で魔力を正しく導けないのか。

 覚悟はあったはずだった。何でもしようって思っていた。だって、私がやろうとしていることは、正しいことなんだから……。

 ────でも。

 ほんとうに、そうなのかな。


 木の国の大精霊、パトリシアの忠告が、心の一番弱い部分に刺さる。『クレメンスを信じるな』。

 彼は嘘をついているのだろうか。私は……信じたいもの(クレメンスのことば)を信じて、踊らされているに過ぎないの?

 ぐるぐると、思考が廻る。ぐらぐらと、足元がふらつく。

 それでもこうして希望に縋る私の思考すら、あの胡散臭い神の手のひらの上なのか。


 武器を向けたまま(うつむ)く私を、不思議そうにリディアの紫眼が見上げたその瞬間だった。


「止めよ。(ぬし)がそこまで背負う必要はない」


 目の前に紅蓮の嵐が吹き荒れた。それはリディアの更に後方の通路から現れ、あっという間に二人を呑み込んでしまう。

 真っ赤な炎の中で人影がゆらゆらと揺らめいている。悲鳴はない。喉も焼けているのだろう。もうこうなっては、私にできることは、苦痛なく逝くことを祈ることだけ。

 炎は次第に弱まり、ヒトの焼け焦げる吐き気を催すような悪臭と、岩の床の上に踊る小さな残り火。それからラトニア- IIの成れの果てだろう、ドス黒く濁った拳大の、紅茶色の魔晶石だけが転がっていた。


 こつん、こつんと足音を響かせながら、薄暗い洞窟内の通路の奥から姿を現したのは、新雪の角を持つ、赤鱗の女。龍女帝リセットの人身(じんしん)だった。




今回は、1話分として書いたものを、長くなり過ぎて分割しました。合わせると5000字くらいでしょうか。

明日も急用など入らなければ、同じくらいの時間に投稿できると思います。

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