こわれるおと
明けましておめでとうございます!
今年一発目の投稿は、約4000字の大ボリュームにてお送りします。戦闘シーンに手を加えていたら、何かいつのまにかこうなってました……。
今年もナナツヨの泣かない死霊術師を、よろしくお願いします。
目指せ! 夏までに完結!
高位雷属性魔法の紫電に灼かれ、熱で精密部品が融解しても、それでもなおラトニア- IIは生きていた。
メイド服は完全にボロ切れと化しており、ホワイトブリムは消し飛んでいる。特に顔面は破損が激しい。私の投げた魔道具が当たったのは多分、二番目に損傷している右肩から腕にかけたあたり。だが器人であり、鎖鎌という投擲武器を自由に駆る琥珀の狙いは、より精密。最も種族的に弱い場所……コードや基盤が一部露出している、耳を狙ったのだ。
黒く焼け爛れた表皮から桃色の人工筋肉が露出し、真っ赤なオイルが体を伝って流れていく。そんな無残な状態でも、剥き出しの紅茶色の眼球と斧は危険な輝きを宿していた。
しかし、いくら戦意があったとしても、ここまで破損しては従前と同じ力を出すことは不可能だ。かつての仲間の面影を濃く残すモンスターが傷つく様は、これがみんなを蘇らせることに必要なのだと自分に言い聞かせてなお、辛いものがある。でも、こんなところで立ち止まることはできない。
「ラトニア、行って」
死体をまるごと使うタイプでない死霊は、魔力を使って実体化させているに過ぎない、過去のニンゲンの影法師。魔力さえ注げば、どれだけ傷を負っていてもすぐに完治する。
魔道具で時間を稼いでいる隙に傷を癒したラトニアは、私の命令に従ってポールアックスを手にラトニア- IIへと突撃した。
ラトニア- IIとラトニアが打ち合う。状況は改善されて、ラトニアが優勢だ。
少し離れたところから鎖鎌を投げて援護していた琥珀が、いきなり武器を持っていない方の手で頭を押さえて声をあげた。
「いけません! ラトニア- IIが救援命令を発信しています……!」
「なっ」
ラトニア- IIに意識を集中しすぎていた。急いで周囲を探ると、私たちの後方の出口から男性型の器人が二体、体を引きずるようにして歩いてきていた。見覚えがある。魔道具で無力化したはずの、見張りをしていた器人だ。
関節から機械のショートしたような嫌な臭いと煙を上げ、ぎこちない動きながらも器人たちはめいめいロングソードとボウガンを構える。
「っくぅ……! ナミ様、このままですとダンジョン正面入り口方面の器人やモンスターが、こちらへなだれ込みます!」
「くっ」
『水盾』を発動。人ひとり覆うのに充分な規模の水の盾が空中に浮かび、器人のボウガンを防ぐ。明らかに稼動限界を超えた動きに、器人の関節が蒸気を上げているにも関わらず、矢を射る速度は落ちるどころか上がっている。
貫通した鏃でハリネズミになる前に、もう一枚盾を重ねる。
「頭に直接命令を入れて、体を強引に動かしているのでしょう。……私も、長くは抵抗できません……ラトニア- IIの、電波送信器を破壊して下さい!」
「送信器って言われても、どこ!?」
「耳、です……!」
射手の腕がついに、煙を上げて動かなくなった。ロングソードを持った器人が琥珀に斬りかかる。同時に、ボウガンを投げ捨てた器人が彼女に掴みかかってきた。
「琥珀、下がって──『水牢』! ラトニアっ!」
水の檻が魔法陣から立ち上がり、壊れかけの器人たちを内に閉じ込める。同時にラトニアに指示を出す。
ラトニアは左手のポールアックスを流れるように操って、ラトニア- IIのバトルアックスを受け流しつつ、右手の斧で一撃。ラトニア- IIは回避するけれど、小さなダメージは着実に蓄積しているはず。
いつの間にかラトニアの頭上には、煤けた猫耳が屹立している。状況から考えてあれが電波送信装置、なのだろう。多分。
どう見ても、私には見慣れたラトニアの猫耳にしか見えないのだが……。モンスターの感覚は全くわからない。
ラトニア- IIは分が悪いと悟ったのか、距離を取るように動き始める。だが、させない。ここで確実に仕留める──!
「ラトニア、絶対に逃がさないで……!」
「私も微力ながら補助します、ナミ様」
私と琥珀、後衛二人の補助を受けたラトニアは、淡々とポールアックスを操り果敢に攻めていく。長柄の二本の斧と、無骨な肉厚の斧。当たれば即座に致命傷となるバトルアックスの質量を利用した一撃も、マトモに受けなければ問題ない。そして死霊となったラトニアには、ラトニア- IIほどの腕力も頑丈さもないけれど、それをするだけの技術があった。
彼女は自身の武器で時に流し、時に捌き、あるいはかわして、的確にラトニア- IIを追い詰めていく。
私の魔法では火力不足でラトニア- IIを傷つけることはできなくても、牽制くらいは可能だ。ラトニアの攻撃を邪魔しないように、『水盾』でラトニア- IIの動きを阻害する。
さほど時を待たずして勝負は決した。右手の斧が防がれたが、ラトニアの左手はどうあがいても、ラトニア- IIの急所に当たる軌道。とった、と思った瞬間、嫌な予感が警報を鳴らした。
一も二もなくその場にしゃがみ込んだ私の頭上を、何か恐ろしく速くて大きいものが通り過ぎていく。風圧で黒髪が勢いよく後ろに流れ、避け損ねた髪が数本、パラパラと切断されて落ちていく。
投げられたバトルアックスがはるか後ろの壁に衝突して刺さるのと、舞うような太刀筋でラトニアがラトニア- IIの猫耳を斬り飛ばし、両足を深く切り裂くのは同時だった。
少し遅れてガッシャン、という大きなものが崩れる音に振り返れば、水牢の中で、二人の器人が機能を停止して折り重なるように倒れていた。どうやら電波送信器は無事に破壊できたようだ。
ラトニア- IIの切り裂かれた脚は自重を支えきれず、ほとんどちぎれたようになって床の上に投げ出されていた。
腕部も付け根の破損が激しく、特に右腕の肩は赤熱して部品が溶けているようだった。最後の抵抗の、バトルアックスの投擲でオーバーヒートしたのだろう。
ラトニア- IIはそうまでなってなお、戦うつもりらしい。バトルアックスを新たに魔力で精製する。
琥珀が追撃をしようとしたが、私はそれを手で制した。ラトニア- IIがモンスターであっても、ここまで壊れてしまえば戦うことは不可能だ。せっかく喚びだしたバトルアックスも、手で持ちきれずに傍らで転がっている有様なのだから。
「ワ、ワタシ、ハ、キュウガタ二、マケルノですカ……?」
ラトニア- IIは泣いていた。洞窟を照らす小さな魔法の灯に、涙の粒がぽろぽろと照らし出される。
「旧型も新型もないのです、ラトニア- II様。私どもは器人。心はないけれど、それでも擬似魂魄の求めるままに生きる種族です。どちらの魂が高性能か、それだけなのです」
「イイエ……イイエ、F- am。コ、ハク。ワタシタチにモ、ココロは……アル、ノです」
壊れかけのラトニア- IIが、ノイズ混じりに呟いた。
トドメを刺すため近づく途中、私の耳にひたひたと岩床を素足が踏む音が届く。
光を失いつつあった紅茶色の瞳が、信じられないものを見たとでもいう風に見開かれた。
「っ、リディアさマ! きてはイケマせん!」
焼け焦げた喉からは考えられない音量でラトニア- IIが叫ぶ。
その声に、私はばっと振り返った。
桃色の長髪と白い簡素な服を薬液で濡らしたリディアの複製体は、彼女の言葉がわかっているのかわかっていないのか。茫洋とした表情で、ラトニア- IIの下へと歩み寄る。
「ドうしテ……まだオンミはミかんせいデす! オニゲくださイと、にゅうりょくしたはズデす!」
「……なるほど。先ほど器人を操作したのは、複製体に避難命令を発信することを誤魔化すためだったのですね」
冷静に分析する琥珀も、声に込められる驚きを隠せない様子だ。
ラトニア- IIは関節から火花と煙を上げながら、ゆっくり、ゆっくりと腕で体を引きずってリディアの前まで移動した。そして、潰れかけの虫がするように、何度も腕を折りつつ反転。瞼の焼失した貌で、私たちと対峙する。
這いずる隙だらけの背中に攻撃することは簡単だった。けれど、それをさせない凄みを、彼女は全身から放っていた。
「リディアさマ、おニげくださ、イ。わた、わたシはチガウ。キュウガタとハ、チガうのデす」
リディアはゆっくりと瞬きを繰り返していた。
ラトニア- IIは、毅然と敵を睨んで喋り続ける。もしかしたら、自分でももう何を言っているのかわかっていないのかもしれない。
リディアが聞いていてもいなくても、彼女には関係ないようだった。
「わたシは、リディアサマを、オマモリ、しマス。だか、ラ……リディアさマ、聖女、ナンカじゃなクて、いいのデス……」
譫言のように要領を得なくなっていく言葉でも、私はエルヴィンから唇を読む方法を習っている。完全な技術とはいかないが、彼女たちの『原型』をよく知る私には、それで充分だった。
『今度こそお守りします。ここから逃げられたその時は、聖女ではなくて、ただの一人のニンゲンとして。どこか遠い遠い所で、静かに暮らしましょう』
ラトニア- IIの唇は、そう言っていた。
ヒトを幾人も手にかけておいて、彼女が願ったのはそんな、とてもささやかな幸せだったのだ。
いつしか召喚したラトニアは姿を消していた。戦闘行為は終わったと判断したのだろう。
浄化の魔法を一発放てば、壊れかけのラトニア- IIは完全に機能停止する。相手はモンスターだ。情けをかけるなんて馬鹿げているし、時間を置けば置くほど回復して手が出せなくなる。冒険者として生きてきた私が、心の中でそう、冷酷に評じる。
読唇術なんて知らなければよかった。知りさえしなければ、こんなに────胸が痛むことも、なかったのに。




