狩人登場
恋愛ジャンルの小説がちょっと気分のらなかったので、前おふざけで書いたものを投稿しています。
更新はストック切れたら不定期になると思います。
パティエンティアは、美しい国だった。
テンペランティアは王城しか見ておらず、町の様子は気絶しているうちに運ばれたようなので比較は出来ないけれど、それでも文句なしに美しいといえる。
国中に水路が張り巡らされており、ゆっくりと水が流れていくのが涼しげだ。
気温が低ければ寒々しいとも感じたかもしれないけれど、丁度良い、秋口くらいの気候だろうか。
その関係か、所々に橋が架かっている。
大きな水路はまるで川のようで、小舟が行き来していたり、小さな水路に停泊した簡易な船で露店のように、果物や魚を商う姿が見受けられる。
どうしてだろう、看板はあっても、呼び込みの声はない。
決して活気がないわけではないのだけれど、穏やかな賑わい、といったところであろうか。
リディア、ディルは慣れたようにすいすいと水路を渡っていく。
私も慌ててついていこうと足を早めるけれど、つい周囲に目がいって、足元が疎かになってしまう。
余所見をしながらふらふらとしているうちに、誰かにぶつかってしまった。
どんっ。
「すいません。」
相手の顔を見ようと振り返ろうとすると、聞こえたのは罵声や謝罪ではなく、劈くような悲鳴だった。
「っきゃああああああああ!!」
「…え?え?」
ぶつかってしまったのは、女性だった。
まだ若く、20歳ほどに見える。
そして、今も叫び声をあげてのたうちまわる女性は右腕を庇っているのだけれど…。
女性の腕は、手首から下に霜が付着している。
ぴくりとも動かないところを見るに、凍ってしまっているようだ。
私に合わせて少し前を歩いていたカスターが、何事かと足を止めた。
「どうかしたのか?」
「ぶ、ぶつかった女性が急に…。」
カスターはちらりと彼女を見る。
「…凍傷、か?
こんな街中で、なにが…。」
騒ぎを聞きつけて、リディアとディルがこちらへと戻ってきた。
通行人たちは、女性と私たちを遠巻きに囲んでいる。
ざわざわという喧騒に混じって、『潜水者の街?』、『おい、あれ、聖騎士カスターか?』というのが聞こえてくる。
フーッという音に気づいてポーチを見ると、ナギが毛を逆立てて威嚇音を発していた。
「…ナギ…?」
女性の腕は凍っていた。
そんなことが瞬時にできるのはナギくらいなものだろう。
銀色の被毛を逆立てるナギ。
なぜこんなことをしたのか理解できなくて、混乱する。
徐々にざわめきの内容は驚きから疑惑へと変化していった。
「おい、あの女の子が連れてるの、フリーズキャットじゃないか?」
「いやまさか、あんな子が?」
「冒険者でしょう?カスター様たちといるんだもの。」
カスターたちも状況が分からず困惑しているようだ。
リディアが助けを求める女性に近寄って道に跪き、女性に治癒系の神聖魔法をかけている。
「…その女は、盗人。
すろうとなんかするから、猫が怒る。」
決して大きくはないものの、よく通る美声が場を制圧する。
観衆は沈黙した。
私たちの向かっていた方角の人並みがざあっと割れて、一人の軽装の人物が静かに現れた。
「あっ!エルヴィン!」
その人物はゆったりとした足取りで、騒ぎの中心、人の輪の中まで入り込んだ。
美しい三つ編みにされた金髪が、陽光を浴びて輝いている。
カスターも金髪だけれど、彼が蜂蜜のような濃いとろりとした色だとすると、目の前の人物はもっと薄い、銀髪に近い金髪だった。
深緑色の瞳には知性が伺えるが、同時に深い森のような閑けさと落ち着きを感じさせる。
草木で染めたらしき自然な色合いの軽装で、ゆったりとしたそれは動きを阻害することなく、動くたびに揺れる。
足音すら立てない動きは、彼が隠密系の職業の冒険者だということを物語っている。
なにより凄まじいのは、彼の顔。
客観的に見て、神の如き美貌とはこういうものなのだろうと思う。
描写することさえおこがましいというか。
彼の美しさを表現しようとして絶望し、命を絶った画家がいたと聞いても信じられる。
…ただ私は死にかけたとき感覚が麻痺してしまったようで、客観的に綺麗だと思っても何の感動もないのだけれど。
きっと、以前の私ならさぞ騒いだだろうなあ。
彼が私のポーチでまだ興奮しているナギを撫でると、ナギはすぐにおとなしくなった。
「…リディア、治すのか?
放っておけば?」
「わたくしはたとえ罪人とて、望むのでしたら癒します。」
温度を感じさせずににリディアが言った。
女性にはもう興味などないとでもいうように彼は視線を外し、今度は私をじっと観察する。
彼の意図が理解できず、不安になった私は足早にカスターの影に隠れた。
「カスター、その子は?」
カスターが私の様子を見て苦笑いしつつ、集まってきた野次馬たちには聞こえない程度の小声で答える。
「水竜討伐時、保護した異世界人だ。
事情があって、ひどく周りを警戒している。
ナミ、こいつは私たちの仲間の一人、エルヴィンだ。」
「…エルヴィン。職業は、狩人。」
彼はそれだけ言うと、口を閉ざした。
多弁な性格ではないのだろう。
リディアも治療を終えてこちらへやって来た。
観衆のなかには、リディアに跪いて祈る者さえいる。
いつの間にかできていた人の輪のあちこちから、リディア様の御慈悲だ、聖女様、と彼女を崇める声が上がってきており、ちょっとした騒ぎになっていた。
「えっとさあ、ここは人が多いから、拠点に移らない?
ナミと皆の顔合わせもあるし。」
「そうだな。」
ディルの提案にカスターも賛成したところで、私は4人に連れられて、彼らの拠点へと移動した。