いくさのおと
遠くでドーン、という地響きのような音が鳴るのが聞こえた。
「そろそろですね」
わたしは琥珀と岩陰にしゃがみ込んだ大勢のまま頷いた。今の音は正面、つまり火龍の心炉へと繋がる洞窟方面から突入した、火の国の連合部隊が交戦を開始したことを意味する。
わたしと琥珀の役割は、器人だけが知る心炉への別ルートを使っての奇襲。戦闘が始まった以上、そろそろ行動を開始する頃合いだ。
琥珀はやや腰を浮かすと、壁伝いに移動していく。歩みを止めたのは、何の変哲もない岩壁。その10cm四方くらい平らになった部分に彼女が手を当てると、四角い金属製のパネルが岩肌のテクスチャーを歪めるように出現する。
琥珀はパネルに手のひらを押し付けると、呟く。
「機体番号F-amより、解錠を要請します」
パネルの表面に、魔法言語によく似てはいるが別物の青白い文字列が現れた。琥珀が僅かに顔を歪める。
「やはり、私の権限は凍結されていますか」
「開くの?」
「問題ありません、ご主人様」
琥珀の右手から魔力が淡い光となって立ち昇る。パネルに魔力が注がれていき、彼女が何か素早く指を動かして操作すると、静かに岩壁が真ん中から左右に割れた。
また遠くから、重い振動が何度か連続して足元に伝わってきた。正面の部隊が上手くやっていることを願いながら、琥珀の後に続いて洞窟の中に侵入する。
背後で岩壁が閉まり、辺りが暗闇に包まれる。けれど器人の種族特性として暗視能力を持つ琥珀には関係ない。全くの暗闇。夜目が効くように訓練を受けているわたしをしても先は見通し辛いが、かろうじて戦闘は可能なレベルだろう。
事前に構造は琥珀から聞いている。中央に太い柱のある螺旋階段のような造りになっていて、最下層まで直通しているらしい。
「先行する」
気配察知により優れているわたしが先を行き、足音を殺して地下へ降りていく。隆起のある長い螺旋階段でも足音を立てないで移動できるのも、エルヴィンの指導の結果だ。だいぶ降りたところで、ヒトの気配を感じて立ち止まる。
「数は2。ここ以外、奥にはヒトの気配がない。行く」
琥珀が頷くのを確認し、わたしはポーチから手のひらに収まるくらいの魔道具を取り出した。起動させて、柱の陰から見当を付けた場所に放り投げる。
直後、洞窟内に紫電が弾けた。
階段を降り切りると、岩肌に嵌め込まれた鋼鉄製の武骨な扉が見える。そして、その側で二人の男性型の器人が失神していた。
使用人らしく黒い執事服を折り目正しく着込んだその体は、白目を剥き、手足がびくびくと痙攣している。時折紫電の残滓のスパークが、バチバチと音を立てる。魔道具が直撃したのだろう、胸部のシャツやジャケットは黒く煤けていた。
「これは……予想以上」
念のため同じ魔道具をいくつか持ってきていたが、これなら一つでも十分な効力だ。
「器人は周囲から吸収した魔力を、雷属性に変換して稼働しています。雷属性の強い攻撃を受ければ機能不全を起こし、復旧まではしばらくかかります」
「それでも威力が足りなければ、こうはならないよ。マレットには……感謝しないと、かな」
裏口に見張りがいる確率が高いことは、琥珀が事前に予測していた。器人は体内通信という機能があって、お互いに繋がっている。そのため、一撃で意識を落とさなければ救援が呼ばれてわたしたちだけでは対処しきれなくなってしまう。
そこで琥珀が提案したのが雷属性の魔道具を使うことだ。死霊術師とメイドでは、一瞬で固い器人を昏倒させることはできない。だが、ここは火の国インダストリア。武器防具のほか、魔道具だって一大産地だ。
職人たちから決戦用に集めた魔道具には、風の一派生属性に過ぎない雷の高位魔道具なんていうマイナーなものも、含まれていた。
しかし────。
もしわたしがもっと魔法に熟練していれば、風の魔法で雷属性を自前で使ったり、衝撃を使ったり。他にも別の属性の魔法でどうにかすることもできただろう。
ナギがいた頃にはあの子に。いなくなってからは、変わり果てたみんなに。わたしは頼りすぎていたのかもしれない。
魔法の才能がないとか、教師がいなくなったとか。そういうことと、魔法の訓練は別問題だ。
この作戦が終わったら、何か手立てを考えよう。
「ナミ様」
「ごめん。行こう」
鉄製の重い扉が唸り声を上げて開く。見張りに自信があったのか、鍵はかかっていない。
内部は相変わらず岩肌がのぞく空間だが、整然と通路、部屋という風に整えられている。要所にはランプが灯され、黄色い光が明々と洞窟を照らす。
「……蟻の巣みたい」
「はい。構造的にとても類似しています。しかし正面からの攻撃に、主戦力は出払っている様子。侵入が発覚する前に、プラントへ移動しましょう」
琥珀に先導され、階段を探す。
ここは洞窟の最深部。いわばラトニア- IIのプライベートゾーンだ。プラントはこの上の階層にあたるため、ワンフロア上がる必要がある。
すいすいと迷いなく移動する琥珀についていく。敵意や気配は感じられないけれど、ここもダンジョンの一部。いつ何が飛び出してくるかわからない。居住スペースでもあるようだから、トラップはさすがにないとは思うが。
それでもと、慎重に歩みを進めていく。こぢんまりとした部屋が一つ、警戒中の私の目に入った。
他のものと代わり映えのない、ただ穴を掘って岩盤を固めただけ、頑丈一辺倒の粗末な作り。そんな小部屋の奥に、隠す気もなく、しかし丁重に設けられた設備に目が釘付けになる。
信じられない。気づけば足は止まっていた。
こんなこと有り得ない。あっては……いけない、んだ。
心臓が早鐘を打つ。清楚に整った、同性のわたしから見ても綺麗だと感じられる容貌。それは、とても見慣れたものだった。
ねえ、どうしてこんなところにいるの。
リディア。




