表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
がらくた人形と火の国
75/98

どうきのうた

 



 目覚めは唐突だった。

 暗闇の中、誰かの気配を感じる。粘つくような、汚泥のように重く不快なこの感覚。これは、殺意だ。


 わたしは枕の下から短剣を引っ張り出すと、飛び起きた。鞘を払いつつ、大きく後ろに飛ぶ。直後部屋のはめ殺しの窓ガラスが割れ、細かな破片と共に人影が飛び込んできた。

 数は一人。狭い部屋の中で何人も刺客を動かすのは得策ではないからだろう。意識を集中すると、他にも二つの気配を感じた。マレットと琥珀を抑えているのだろう。

 早々に目の前の凶手を片付けなければならない。


 凶手の武器はやや湾曲した片刃の片手剣。シミターだ。

 ベッドの上に着地した凶手の黒いエナメル靴が砕けたガラスを踏み、微かな音を立てる。服装は夜でも見間違えようのないほど特徴的。純白のフリルで飾られたホワイトブリムにエプロン。その下の黒く機能的なワンピース。凶手は紛うことなく、これ以上ないくらいにメイドだった。

 ぼんやりとほの暗く紫の燐光を放つ双眸は、器人の特徴を表していた。


 メイドが枕に深く刺し込んだシミターを引き抜く。小さな破れた窓から落ちる月明かりに、綿埃が宙を踊る。


 わたしが魔法の準備をするより速く、メイドがシミターを振り下ろす。短剣で受けるが、メイドの猛攻を防ぐだけで手一杯だ。刃と刃が衝突。一撃が速いだけでなく、重い。相手は装備からいって純粋な前衛職だ。まともに打ち合ってはいられない。

 刃を弾けば、再びメイドの嫌になるくらいの手数の猛攻がわたしを襲う。


 猛攻を前に、距離を取ることは許されない。かといって死霊術師の私では、このまま凌ぐことはできても押し勝つことはできない。

 決定打が足りない。おそらくは、メイドがこのままわたしに距離をとらせずに押し切れるかどうかで勝負が決まるだろう。


 部屋の扉が慌ただしく開かれるのを感じた。

 目線だけで確認すると、そこにはメイドがもう一人立っていた。琥珀色の目は、瞬時に状況を理解していた。


「機体番号F-am。コマンドに従い戦闘補助を要請します」


 剣戟の手を緩めずに、凶手が言った。冷酷な瞳が勝利を確信していた。

 琥珀がわたしに一瞬だけ目を向ける。彼女は小さく頷く。わたしはシミターを払って左に避けた。

 琥珀の鎖鎌が弧を描いて、淡紫のメイドの白いエプロンに埋まる。メイドが瞠目する。

 琥珀が鎖を引くと、鎌の抜け出た部分から鮮血が斑らに散った。メイドの闇夜にも紅い唇が震えていた。左手で腹部を抑え、アメジストの瞳が無感動に琥珀を見据える。


「機体番号F-amの故障、機体番号M-sa及びF-moの停止を確認。撤退します」


 薄紫のメイドは黒髪とメイド服のフリルをなびかせて、高く跳躍。割れた窓から逃走した。強襲から一転、あっさりとしたものだった。


 器人も自身のことを人形と言う割に、血は赤いのか。そんな感想が頭を(かす)めた。


「コマンドに従わなくていいの?」


 琥珀の手にはまだ鎖鎌が握られていた。機体番号F-amというのが彼女のことだと言うのは、状況を見れば明らかだ。

 鎖鎌が消失する。琥珀は同胞の血痕に、静かに目を落としている。

 固い質素なベッドの上は乱れ切り、綿をはみ出した破れた枕が転がっていた。窓ガラスの破片が、月の光を反射してきらきらと光る。


(わたくし)は……きっと、故障しているのです」


 彼女が(おもむろ)に溢した。私は気のない相槌を打つだけに留めた。


「そう」

「器人は機械仕掛けの人形です。上位個体のコマンドには絶対服従で、疑義を挟むことなど構造上不可能のはずです。だから、私は故障してしまっているのです」


 彼女の言葉は、決まり切った事実を確認しているように淀みない。事実、その通りなのだろう。けれどそれはどこか、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


 故障とは、もとある機能が損なわれることだ。彼女のこれは、故障というよりは自我の目覚めに近い。


「私が、故障していてよかった。こんな作り物のガラクタでも、誰かのためになれるなら……」


 これでよかった。安堵を覗かせて彼女はそう重ねた。

 だけど、本当にそれは本当に名前も姿も知れない誰かのためなのだろうか。わたしには、そうは見えなかった。




 夜が明け、事態は急進していた。

 予想通り琥珀に助けられていたマレットが職人組合を招集した場でそれは判明した。組合には情報提供者としてわたしと琥珀も呼ばれていたのだが、あの一夜の強襲の後、火の国から器人が一人残らず消えたというのだ。


 それに加え、眠り病を発症したニンゲンが器人に近しい者ばかりだったということも、一部では以前から囁かれていたことだった。それでも器人たちの献身的とさえ映る働きにヒトビトは彼らを信じていた。けれどそれも今となっては、裏切られたのだった。


 琥珀が器人だということは、マレットとの話し合いの結果、伏せられることになっていた。器人からしたら裏切り者となる琥珀だが、ヒトから見れば琥珀だけは違うのだと言っても通用しない。それが密かな話し合いの結果、以前琥珀のいた工房の親方とも共通した、事態を知る者たちの一致した見解だった。


 琥珀はその思考パターン(プログラム)から、最も成功率の高いオーソドックスな布陣を器人たちが採ると予測。奇しくもラトニアと同じ冒険者の猫獣人の変装をして、それに対応した策を提案していた。


「器人は数が多くはありません。本来であれば街で奇襲や放火を繰り返してこちらを疲弊させたいところでしょうが、戦力の消耗を恐れるとそれもできない。相手の勝利条件はあくまでもプラントの保持と、反対勢力、すなわち私たちの駆除です」


 事情を知る数少ない人物の一人、親方という通称の人物が、説明する琥珀を後ろめたそうに見ていた。

 親方は彼女に敵意を持っているわけではなかったが、弟子たちの一部の暴走を阻止できなかったことが心境を複雑にさせているのだろう。


「おそらく相手が採る策は、モンスターのダンジョンからの放出。そして、混乱した街へ戦力を分散させて、地力を削る方策でしょう。モンスターはすぐには集まりません。今の内に叩くのが得策です。相手も、私たちが手を講じるのには時間がかかると思っているはず。今が好機だと判断します」


 火の国のギルド要人に職人組合は即座にその案の合理性に同意。即座に準備に取り掛かると約した。意外にも飛び抜けた戦闘能力から召集されていた勇者ミソラだったが、彼女も琥珀の案に賛成した。


「あたしも、あたしの力が必要だっていうなら協力してあげてもいいわよ。器人なんてガラクタ、スクラップにしてあげる」


 あまりに傲慢な言い草に同席者たちの顔に、表には出さないようにしていても、嫌悪の色が浮かぶ。勇者ミソラは器人が自分より頼られていたことがよほど気に食わなかったのだろう。

 嫌な雰囲気のまま、会議は終了した。


 勇者ミソラ。彼女の言動に、ひどく気分が悪くなる。わたしは会議の場の片隅の椅子に、深く背を預けた。参加者は忙しなさそうに次々と退場して各所に連絡をとっている。

 こんなにも胸が悪くなる理由を考えて、わたしは鼻に皺を寄せた。


 金の国にモンスターの餌にされかけたことは絶対に許さない。あの国の王族は1秒たりとも生かしておけないと思考している。機会があれば、この手を汚してでも抹殺するかもしれない。

 結局は【潜水者の街】に拾われたけれど、元々わたしはあの国に『無能』として、不要物として廃棄されたようなものだった。だから……もしかして。もしかしたら、わたしはミソラが妬ましいのかもしれない。

 その強大なギフトが。


 集会所にいるのはもう、わたしだけだった。そういえば琥珀に、献策の関係でしばらく外すと声をかけられたような気もする。

 集会所の扉を押して道に出れば、少し煙で濁った薄青い空がわたしを出迎えた。


 どんな思惑があれ、過ぎたことはもう変えられない。持たないものに想いを馳せても、与えられることはない。


 わたしは少し考えて、歩き出す。

 勝率を上げるために、今わたしができることを為すために。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ