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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
がらくた人形と火の国
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ざんげのうた

 



 ラトニアは閉鎖したはずのプラントを乗っ取り、器人の量産に着手した。龍女帝は自身の命令権を行使してラトニアの暴走を止めようとしたが、それも効果がなかった。

 ラトニアはニンゲンどころか器人でもない────命令など届くはずもない存在、モンスターへと成り果てていたのだった。


 制止する龍女帝を器人の数の力で退け、ラトニアは地下工房を要塞化。地上に器人を放ったのだという。


「炉の火力が落ちたのもそのためじゃ。あの炉の動力は火山の魔力。プラントへの供給が多すぎて、炉まで回らなくなっておるんじゃろう」

「それはわかった。でも、私の知るラトニアは猫獣人」

「器人であることを知られてはならないという命令のための偽装でしょう。闇の中で燐光を放つ目を隠すにはちょうど良かったのだと思います」


 琥珀の推測に、龍女帝が長く鱗に覆われた首を振って肯定を表した。

 眼前の龍を見る。巨体が岩肌に薄く影を落としている。


「リセット。あなたが協力するわけにはいかないの?」


 リセットは深く考え込んでいるようだった。俯き、金の瞳は悲哀を湛えて地に伏せられている。


「すまぬ。妾に、あの子は殺せぬ……」

「そう、その覚悟もなく器人を作ったんだね」


 自分で創り出した存在ならば、道を誤った時は自ら引導を下すのが道理。彼女にはその覚悟すらない。確かに研究を始めようとした動機は立派なものだった。それは認めるけれど、彼女には圧倒的に結果への責任感が足りなかった。


「全て、妾の浅慮が(ゆえ)。すまぬ……ほんに、すまぬ…………」


 リセットは目を閉じ、深く項垂(うなだ)れた。

 私の心は動かない。彼女が過去に何をしていようと、私には関係ない。ただ、神の言う通りにラトニア- IIを討伐し、願いを叶える(いしずえ)とするだけ。

 しかし自分の後始末さえ感傷から拒んだ愚かな龍に、乾いた笑いがこみ上げる。


「ご主人、様……?」


 琥珀が声を上げる。なぜ笑うのか、まるで理解できていない様子だ。やはり彼女はヒトに近くても人形なのだろう。


「なんでもないよ」


 私は龍に背を向けて歩き出した。乾いた風が小さな砂礫を巻き上げていく。岩の柱の隙間からは所々煙が上がり、異臭を放っていた。

 空を見上げる。灰色の薄暗い雲は、まだ晴れそうにはなかった。



 ◆◇◆◇◆



「あん山に、ほんまに龍王がおったんか。そないなお伽話を聞いたことはあるけど、まさかなぁ」


 事情を話し終えると、マレットは感心したように呟いた。その表情はそれから一転し、唸り、難しそうな顔へと変わる。


「しかし、器人はもうだいぶヒトの間に馴染んどるし、どうにかするのは無理やろな……」

「嫌ってるヒトもいるみたいだったけど」


 宿屋で乱入して騒ぎを起こした勇者ミソラなんかは、かなりヒステリックになっていた。もっともあれは利害関係が絡んでいるからかもしれないが。

 マレットは腕を組み、うんうんと首を振る。


「確かに、そういうんもおるけど。器人は文句も言わずヒトに仕えて、っちゅうんかな。働いとるし……数はそんなに多くはないけど、概ね好意的に受け入れられとるな。ウチはあんまり好きやないけど」


 マレットは木卓に座りながら、彼女の癖のある赤褐色の髪をわしわしと掻き回す。上手く出てこない言葉がもどかしいのか、頭の中を探るようにして考えている。褐色の肌の眉間には、薄く皺が寄っていた。


「んー、器人はなんちゅうかな……芯がないっちゅうか、心を感じんのや。ヒトあたりは良くてもそこがなぁ……」

「申し訳ありません」


 背後で琥珀が美しく一礼して謝罪した。


「いや、アンタはそうでもないやろ。ウチもなんやぼんやりしたことで悪う言ってすまんな」

(わたくし)は人形です。魂はあっても作り物には変わりありません。その感想は妥当なものです」

「ウチはアンタに関しては、そうは思わんけどなぁ」


 釈然としない目でマレットは琥珀を見る。

 作られた魂と肉体に心はあるのか。自律して思考できたとしても、それはプログラムに過ぎないのか。元いた世界でも、あと100年もして技術が進歩すれば世論を騒がせそうな議題だ。

 しかし、元より生命の価値が低いこちらの世界では、その議論にだれだけの価値があるのか。

 マレットはひとまず話をまとめた。


「とりあえず、ウチから職人組合に召集をかけてこの事を伝えとく。火の国の王宮はこっからは遠いし、救援を頼もうにもモンスターが強うなったこともあって、多分すぐには難しいと思うんや。それだとアカンのやろ?」


 私は頷いた。

 ラトニア- IIがヒトから器人を使って記憶を吸い上げて自己を強化しているなら、時間が経てば経つだけ不利になる。

 単に記憶というとイメージしにくいかもしれないが、要は今までに積み重ねて来たものということだ。詳細を言えば技術、RPGでいう経験値もここに含まれると言えばわかりやすいだろう。

 様々な職種の技能や経験値を無制限に時間経過と共に取り込んでいく暴食の怪物。それがラトニア- IIなのだ。


「組合の言う事ならギルドやら冒険者は無視できんし、ある程度そっちに働きかけることはできると思うで」


 話がひと段落したところで、工房の隅から控えめな声が上がった。


「あの、すみませんマレットさん。声をかけたんですが、話し込まれてるようだったんで……。親方から伝言があるんですが」

「ナットか。待たせたな。今聞くで」


 気弱そうな青年が、マレットのところに寄って行って何事か話す。代役の見張りは終わったらしく、今は帯剣していない。

 マレットがこちらに向き直った。


「ウチはちょっくら近くのジジイの工房に行ってくる。店番はナットの坊主にやらすから、せっかくやしアンタらも荷物を持って来。しばらく泊めたるわ。部屋は2階に昔の弟子が使っとったのがあるさかいな」


 彼女は返事も待たずにさかさかと工房から出て行った。

 ナットは何かを言いたそうに口を開いては、すぐにまた閉じるということを繰り返していた。やがて覚悟を決めたらしく、煤や焼け焦げで薄汚れた前掛けの隅を握りしめて言う。


「琥珀、すまなかった」


 一度言葉を切り、彼は琥珀を見る。琥珀の蜜色の瞳は何の感情も映さず、ただ目の前の気弱そうな男を見つめ返していた。


「もう、戻って来てはくれないのか……?」


 たっぷりとした沈黙が場を満たした。耐えかねたナットの目線が彷徨い、最終的には床に落ち着く。俯きながら、口を一文字にひき結んでいる。


「申し訳ありません」


 いやに凪いだ返事だった。息を吐いたのはどちらだろう。ナットは長い溜息のような声でもう一度、「すまない」と繰り返した。それきり工房を出て行き、隣の展示販売スペースの一角の椅子に深く座り込んでしまった。


 荷物と言っても大したものはなく、基本的にはいつも持ち歩いているポーチ一つ。

 琥珀に促されてそのまま2階に上がりながら、充分にナットから遠ざかったところで琥珀が口を開いた。抑えられた声だった。

 別に事情に興味はないが、話したいようなので好きにさせておく。


「ナット様の勤める工房の方が一人、眠り病にかかりました。私は何も言えませんでしたが……」


 直接的に話すことはできなくても、目は口ほどに物を言う、ということわざもある。この世界でも多くの後ろ暗いところがあるニンゲンを見てきたが、完全に装うと言うことはどんな嘘つきでも難しい。まったく今以て意図が読めなかった例外は、木の国で出会ったあの男。十中八九偽名だろうが、ユーグと名乗ったイカれ男くらいだ。

 おそらく彼女も態度から何かを感じ取られたのだろう。一部のニンゲンが暴走して彼女は荒野に放置されたが、ナットは何も知らなかった。後から事情を知って、現状に至るらしい。


「ご主人様、どうかなさいましたか?」


 私は琥珀の顔を注視していた。

 彼女が本当にただの人形であれば、完璧に態度を装えたはずだ。眠り病との関与を察されることもなく、あの場で私と出会うこともなかった。

 そして今でもその工房で、次はナットか親方か、あるいは彼女に危害を加えた先輩の誰かを眠りにつかせていたのかもしれない。


 首を振って余計な想像を頭の片隅に追いやった。

 もしもの仮定に、意味などないのだから。



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