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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
がらくた人形と火の国
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にえなべのうた

やや長めです。

 



 広間に出たかと思えば、体を捩らなければ通れないほどに狭窄した通路を行く。蟻塚のように入り組んだ構造の洞窟を、メイド服の背中に先導されて進んでいく。道はかなりの急勾配で曲りくねり、付いて行くだけでもかなりの体力を消耗する。初めて会った時に琥珀を振り切れなかったのも、これを見れば当然の結果だった。

 岩壁に取り付けられたランプの灯りが、ゆらゆらとごつごつした赤みのある岩肌を照らし、陰を作っている。おそらくこの照明は魔晶石を使った仕掛けか何かだろう。

 いくつもの分岐を、琥珀は迷うことなく自信のある様子で選んでいく。


 モンスターは強力だが、案外数は少ないようだ。主に遭遇したのは狭い道では厄介な、火を噴く蜥蜴や吸血コウモリ、たまに下から紛れ込んだらしい、灼熱した金属のような装甲を持つ蟻。名前は琥珀が言うには飢餓蟻(ハングリーアント)というらしい。


 三叉路でまた、モンスターが現れた。中央の通路からのっそりと四足で這い出したのは、火吹き蜥蜴──サラマンダーだ。


「ご主人様、お下がり下さい」


 琥珀が一歩前に出る。空中で何かを掴むような動作をすると、その右手に、とろりとした蜜色の鋭利に湾曲した刃が出現した。左手にはそこから繋がる頑丈そうな同色の鎖と分銅が垂れている。鎖鎌だ。

 何気ない動作でそれを放れば、蛇のように三日月型の刃はサラマンダーの真紅の鱗を引き裂き正確無比に、火炎を吐こうとした口を上から刺し貫いた。サラマンダーは粘液を傷口から垂れ流し、篭った絶叫を上げる。ランプに仄暗く照らし出された真紅の鱗が粘液の茶色で汚れていく。放射しそこねた炎はサラマンダーの口の中で暴れまわり、鎌の刺さった口の傷からブスブスと黒煙と異臭を昇らせた。

 火吹き蜥蜴には耐火性にも物理的な耐性にも優れた鱗がある。だが、器人との相性は最悪だった。


 器人は種族的な特性として、魔法がほとんど使えない代わりに、魔力を用いた身体強化や物質化が得意なのだ。特に魔力の物質化については、他の種族にはできない特技だという。

 硬いサラマンダーの鱗も、魔法にはそこまでの抵抗力がない。通常であればこんな狭い洞窟で魔法を大規模に使えば落盤の危険性があるのだが、器人の武器化した魔力には関係のないことだった。


 琥珀が地面を駆け、サラマンダーの側面に回り込む。左手が鎖を引き、手元に帰還した鎌でぎょろついた眼球を一刺し。サラマンダーは黄ばんだ眼球から涙を滂沱と流しながら、岩肌に崩れ落ちた。長い尾が痙攣するように震え、やがて動かなくなる。モンスターの死骸が消え、魔晶石と火吹き蜥蜴の赤い鱗がドロップアイテムとして残った。

 それらを回収していると、琥珀が言う。


「この先の階段を上れば、火口です」


 琥珀は一番左の通路へ進む。行く手に発言通り、険しく長い階段が見える。上りきれば、洞窟の外に出た。標高の高さゆえか、乾き、熱気を含む風が強く吹きすさんでいた。髪が目に入り、その不愉快さに目を細める。

 琥珀も茶色い髪を風に嬲られながら、火口のすぐ近くの岩場を見ていた。


 尖塔のように並び立つ岩の隙間に、ちょっとしたビルくらいの大きさの巨体が横たわっていた。一枚一枚の鱗は火吹き蜥蜴(サラマンダー)などとは比べものにならないくらいに鮮やかな火炎の色をしている。静かに閉じられていた瞳が、すぅっと開いた。火の粉のような金色の虹彩だ。

 龍とはいっても、西洋のドラゴンの方が近い。長い首に、力強い四肢、そして背から尾の先まで棘の並ぶ逞しい体躯。赤い翼は背に畳まれ、額からは二本の純白の角が生えていた。

 私を喰らおうとしていた水龍を思い出す。アレとはまるで、存在感が違う。本当に同じ生き物なのだとは思えない。アレはただただ醜悪なばかりでモンスターの名に恥じなかったが、これは何か、形は似ていても別のものだと思えた。


(わらわ)の元を訪ねるか、ニンゲンよ。命知らずだことよのぅ」


 艶やかな声で、龍はコロコロと笑った。


「ヒトと話すのは50年ぶりじゃ。歓迎しようぞ。妾はリセット。龍王と呼ばれておるが、個人的には龍女帝という通り名の方が好んでおるの」


 もちっと近う寄れ、心配せんでもはしたなく火なぞ吹かんわ。

 そう続けた彼女にわたしたちは歩み寄り、巨躯を見上げるようにして問いかける。


「龍女帝。あなたに聞きたいことがある。器人について。それから、ラトニアについてもし知っているから話して」


 赤い龍は、金色の目を細めた。


「……ほう、これはこれは。して、あの子のことを聞く(なれ)の名は?」

「私は碇田 瀾(いかりだなみ)。ラトニアの仲間」


 龍の表情はよくわからない。だが、その雰囲気からリセットと名乗った火龍は息を呑んだようだった。そして、嬉しそうに小さく笑う。


「そうか……あの子にも、仲間がおったのか」

「聖女を主人として仕え、Sランクギルドの一員として人を助けた。そして最後は、私の前で死んだ。儀式魔法七世(ナナツヨ)の生贄になった。私は……私は唯一の生き残りとして、モンスターになったみんなを討伐してる。クレメンスっていう神が言ったの。そうすればみんなを生き返らせてくれるって」

(なれ)は……そうか、この気配。汝は『真なる』勇者か。ついに、現れてしもうたのじゃな」


 龍女帝の表情が曇り、彼女は目を閉じた。もう一度金の瞳が開かれた時、そこには深い悲しみがあった。


「神よ、なぜ貴方様は左様なことを……」

「私はラトニアのモンスターを殺す必要がある。知っていることを教えてほしい」


 龍女帝はしばし沈黙した。琥珀が口を開く。


(わたくし)からもお願いいたします。龍女帝。私はもう、終わりにしたいのです」


 龍女帝の金色の虹彩が、琥珀をじっと見下ろした。わたしには通じない何かが、そこにはあるようだった。ややあって、彼女は言った。


「わかった。ちと長い話になる。そこに座っておれ」


 わたしたちの足元の地面が輝き出し、魔法陣が描かれた。光が消えると、そこには毛足の長い緋色の絨毯が敷かれていた。縁に複雑な幾何学模様が織り込まれた、光沢のある毛足は芸術品のように思える。

 普段なら固辞する琥珀も今回ばかりはわたしと並んで絨毯に腰を下ろした。

 火龍はそうして、語り出す。


「妾は七世(ナナツヨ)による犠牲者をなくせぬかと、ずっとこの山に篭って研究をしておった。そこで長い長い時間の末、生まれたのが器人じゃ。ヒトと同じような器を持つ人形にヒトの代わりに澱みを受け入れさせれば、もう犠牲になるものもおるまいと、思っていた」


 それは、彼女の苦悩と挫折の物語。


 実験を重ねるうちに、肉体だけでは不足。澱みを受け入れさせるには、魂をも模造する必要があるとわかった。

 彼女は試行錯誤を重ねた。ヒトよりも永く生きてきた彼女には、もう、あの悲しい魔法でニンゲンが死んでゆくのを仕方のない犠牲として見送るのが認められなかった。どうして罪もない者たちが犠牲にならなければいけない。そんな世界はおかしい。そう、信じていた。


 彼女は火山に溢れる魔力を使い、からくり仕掛けの肉体にに魂を与える実験を繰り返した。何年も、何十年も、何百年も。彼女は恐れていた。七世(ナナツヨ)はヒトの世界から忘れ去られているようだったが、遅かれ早かれ澱みは飽和し、この世界を埋め尽くす。それは分かりきっていたことだった。

 千、万をも超える失敗を経て、ついにそれは成功した。

 最初の成功作に、彼女はラトニアという名前をつけた。


「ラトニアは、少女の形をとってはいても最初のうちは本当に人形そのものじゃった。しかし、必要な人形はまだ足りぬし、改善点もあった。妾はラトニアを実験の助手として研究を続けた」


 ラトニアのプログラムには、大まかに4つの命令が組み込まれていた。成長すること、自己を保存すること、ニンゲンを理解すること、リセットの命令に従うこと。それらに従い、ラトニアは感情がやや希薄ながらも数年後にはほとんどヒトと変わらないようになった。


 その時になって、彼女はようやく気付いた。また、自分の愚かさを知った。

 ヒトと全く変わらぬ魂を持ち、ヒトと同じように動くモノ。

 それはもう、ヒトと変わりないと。


 彼女はラトニアに命じた。ラトニアは世界に一人のみの種族。決してそれに気づかれぬよう、ヒトに紛れて生きるように、と。そして……二度と彼女の前に姿を現してはならない。そう、命じた。

 最初で最期の命令だった。

 彼女は器人の生産プラントを凍結し、二度と誰も触れられぬよう封印を施した。


「今、思えば……壊さないでいたことが間違いじゃったのじゃ。七世(ナナツヨ)は忘れ去られている。なれば、もしや器人の技術が必要になることがあるやもしれぬ。どこかでそう思っておったのじゃろう」


 それで全てが終わるはずだった。


「じゃが、ラトニアは帰って来た」


 最早、ヒトではないものとして。



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