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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
がらくた人形と火の国
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かなどこのうた

 




 店員に教えられた道を、琥珀を引き連れて歩いていく。固い土の道の両脇には火の国らしく工芸品や武器の店が多いようだが、不思議と閉まっている店が多いようだ。

 道は上り坂だが、整備はされていて歩きやすい。やがて店が疎らになり、洞窟が見えて来た。

 門番は背の低い少女だった。銀細工の花が付いたカチューシャで、ピンピン跳ねた赤褐色の前髪が鬱陶しそうに押さえつけられている。背中に背負うのは、帯で吊った長柄のハンマー。私たちが近づいて行くと、威勢のいい声で制止された。


「待ちぃ。ここは今、立ち入り禁止やで」

「知ってる。理由を聞きたい」


 同じ質問をもう何度もされてきたのか。はたまた、彼女自身うんざりしているのか。返答は物憂げな溜息と共に吐き出された。


「炉の温度が下がってるんや」

「それはヒトが調整するものじゃ?」


 鍛治のことはあまり知らない。現代日本で生きてきて、鍛冶場に入る機会などなかった。一般的なイメージでは、炉というものは燃料を燃やして火力を調整して使うものだと思う。


「いえ、この炉は特別なのです。火山活動から得られる魔力を糧に、ひとりでに火を燃やします。そのことにより、通常では得られない精霊魔法に似た魔力を含んだ火で鍛えることができるのです」


 静かな琥珀の説明に、赤褐色の髪の少女が頷く。


「ウチらはそれで良いモンが作れるし、火山も魔力がええ具合に消耗して、噴火しないで済む。ええこと尽くめのはずだったんやけどな……」


 少女は忌々しげに、ぽっかりと岸壁に口を開けた暗い穴に目をやる。


「火力が落ちてきたかと思ったら、なんや変な蟻の魔物が湧きよるし……。中は迷路みたいに道が増えたり減ったり、あれよあれよっちゅうまにおかしゅうなってもうた。今は勇者やら器人やら、そういう連中しか中に入られへんのや」


 つまり、それだけの実力があれば良いわけだ。

 わたしは腰にベルトで固定したポーチの中を探り、四角いカードを少女に差し出した。彼女は怪訝そうに受け取り、それを検分する。


「なんや、ギルドカードやん。────っ!?」


 少女が赤褐色の目を見開く。


「【潜水者の街】……! おい、アンタっ!」


 わたしの胸くらいまでしかない小柄な体躯が、勢い良く詰め寄ってくる。細く、しかし筋肉のしっかりついた腕が胸ぐらを掴み上げ、尋常ではない様子の赤褐色の目がわたしを見上げる。


「あそこがどうなったか知っとるんか!? 【潜水者の街】は、カスターたちはどうなったんや!」


 私は身を捻るようにして彼女の腕から逃れ、一歩後ずさった。琥珀が彼女と私の間に割り込もうとするが、目線で止める。

【潜水者の街】は数少ないSランクギルドだ。私は身元を明かすことはほとんどないが、知ればこういうニンゲンが出てくることは予想がつく。


「無関係の一般人に話すことはない」

「ウチは無関係やない! ウチは、ウチは……」


 彼女は興奮しているようだった。言葉が詰まり、上手く喉から出てこないようだった。

 やがて彼女は大きく息を吐き出し、小さな声でやっと自らの身分を名乗った。


「ウチは鍛治師のマレット。【潜水者の街】の、契約鍛治師や」



 ◆◇◆◇◆



「……確かに。コレはウチが整備した、ディルの【抗魔(こうま)の儀礼剣】。間違いない」


 落ち着いて話をしようということになり、場所はマレットの工房に移った。

 一通りの事情を話し、彼女は今、いかにも職人の工房といった風の使い込んだ木卓について、私の短剣を検分している。

 マレットは短剣を鞘に仕舞って卓の上に丁寧に置き、ふぅ、と息を吐いた。


「正直言うて、信じられんわ。あの連中がたった一人のけったいな女にやられてもうたなんてなぁ。でもこんな……もう、3月(みつき)は連絡が取れん状況じゃあ、信じるしかないんやろうな……」


 マレットは暗い顔で、いくつも焼け焦げや何かの垂れた跡のある木卓の上に目を落としていた。

 各国で起きている異常と、あの時に光に包まれたみんなが各地でモンスターとなっていることも、もう伝えたところだった。


「ウチの工房でも、おかしな噂はぎょうさん届いとるで。他の国のも、ウチんとこの国もな。闇の国には一切連絡が届かんようになってしもうたし、金の国はクーデター。土の国もごたついてたみたいやけど、あっちは英雄ジュンヤが解決してだいぶ落ち着いてるらしいんが、唯一の救いやな」

「…………っ」

「ん、どうかしたん?」

「何でもないよ」


 気取られないよう、密かに表情を引き締める。金の国がクーデター。クーデターとはつまり、王権に民衆が逆らうという意味だ。

 抑えていないと口の端が持ち上がってくる。大声で笑い出したい気分だった。

 ────ざまあみろ。

 ああ、神様。願わくばクーデターの指導者が、あの王家の血を根絶やしにしてくれますように。ついでに出来る限りひどい拷問にかけて、晒し首にしてくれますように。

 もっとも、この世界の神はあの胡散臭い男しか知らない。クレメンスといったか。あんな胡散臭い奴が私のほんの可愛いお祈りを聞き届けてくれるようなタイプには見えなかったが。

 ともあれ、今は情報収集。話題を各国の状況に引き戻す。


「火の国では具体的に何が起きているの?」

「火龍の心炉の温度低下とダンジョン化、それから周囲のモンスターの強化が目立つな。あとは、関係あらへんかも知れんけど……」


 マレットがちらりと琥珀を見た。琥珀は「ご主人様と同じ卓につくことはできません」と言ったため、固い木の椅子に座る私の背後で控えている。強い希望に拒否が面倒になった故の結果だったが、背後に人がいるというのは落ち着かない。


「器人は戦闘能力が高く、採掘も得意。ヒトにも好意的や。でも、思えば器人はダンジョンになった火龍の心炉のある洞から出てくる。そして……そういえば」


 赤褐色の勝気な瞳。少女の大きなそれに、猜疑の色が()ぎる。


「この街でも、さっき聞いた光の国みたいな眠り病によく似た状態になるニンゲンがちらほら出てる。今、考えてみるとそれはみんなな」


 器人がいた家や店やった。マレットはそういった。硬くなった彼女の顔は、やや青ざめていた。

 私たちの視線の先では、メイドの(かがみ)のような直立不動の姿勢で、琥珀が無表情に佇んでいた。


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