はぐるまのうた
「火龍の心炉なら、しばらく前から閉まってるよ」
宿屋の従業員に巨大炉のことを聞くと、そう返ってきた。彼女は記憶を探るように、額に手をやる。暗緑色のバンダナから、黒い縮毛が垂れている。
「何ヶ月か前からかねえ、前は旅行者でも自由に見学できたんだけど、急に管理役の鍛冶の親方衆が立ち入り禁止にしたんだ」
「理由は?」
「あたしは知らないかな。鍛治師なら何か知ってると思いますよ。あそこは免状持ちの職人ならだれでも使える炉でしたからね」
「…………そう」
私は従業員に情報料として銀貨を一枚握らせると、追加でその火龍の心炉とやらの場所を聞き出した。火山の麓に位置するこの街からずっと街道を登っていけば、山の中腹にある洞窟から入れるらしい。中は天然の工房となっていて、今は洞窟の入り口に職人の組合のニンゲンが立って立ち入りを制限していると教えられた。
従業員はその後に朝食の注文を取ると、仕事に戻っていった。琥珀は何も頼まなかった。
昨日私と同行してから、彼女は何も口にしていない。倒れるなら、それはそれで撒いていける。けれど、彼女には違和感があった。
少し考えて思い至る。火の国は火山帯だけあって、気温が高い。おまけに風は乾いており、湿度も低い。
彼女の服装は不自然にすぎるのだ。丈は短くても、しっかりと袖の長いメイド服を着ていたら、普通なら暑くて仕方ないはずだ。
「食べないの?」
「私はヒトではないので問題ありません。私の種族は器人と呼ばれています」
「器人?」
初めて聞く種族名だ。
「火の国にしかいない種族です。魔力をエネルギーとします。ヒトに似ていますが──」
琥珀はふんわりした茶髪をかきあげてみせた。露出した耳の後ろには、コードや基盤、配線のようなものがわずかに見える。
「このように、中身は機械じかけの人形です。また、暗所で目が燐光を発します」
「そう…………」
獣人、魚人、エルフ──実際に会うことがなければ非常にファンタスティックな気分に浸れただろう種族は多く見て来たが、特に感慨はない。
強いて言うなら、新種か、というくらい。
どんな生物も、この世界の一部だと思うだけでかつては憎かった。今は、わからない。信頼できる仲間を得て、異邦でも安らげる【潜水者の街】という居場所を見つけた。それらを失って、また会えるかもしれないという希望に縋ってここまで来た。
意図せずして、その過程でたくさんのものを見てきた。思い出すのは、一時の旅の道ずれだった者たち。
彼らを、私はもう憎めない。
けれど、全てのヒトを許すこともできない。
「今、器人って言った? 器人がいるの……!?」
宿屋の食堂に入って来るなりそう言ったのは、十代後半の少女だった。彼女は従業員に向かい、ヒステリックな声を上げる。
「器人がいる店でご飯なんて食べられないじゃない。すぐに追い出してよ!」
「申し訳ありませんが、あちら様もお客様ですから……気になさるなら、遠い席を用意しますよ」
「話、聞いてる!? あたしが嫌だって言ってるの。すぐどかして」
彼女はなおもわめいているが、店の従業員に外に連れていかれたようだ。
さっき注文をとったのと同じ従業員が、決まり悪そうに頭をちょっと下げた。
「すみませんね。あの方も悪い方ではなくて……以前は勇者として採掘を手伝って下さってたんですよ」
「勇、者……。あのヒト、勇者なの?」
勇者は金の国が召喚する、異世界の人間だ。別の者がその呼称を使われることはない。金の国が禁止している。
「ええ。他国の方なら知らないですよね。火の国は金の国から勇者を借りてるんです。火龍の心炉の洞窟のところには山道があって、そっちは凄く強いモンスターがいる代わりに、いい鉱石が採れるんです。それで、勇者に採掘してもらってたんですけどねえ」
言いにくそうに視線をそらす、店員。彼女の人懐っこそうな灰色の目は、勇者が連れていかれた木製の簡素なドアの方を見ている。
「器人の方達は、勇者よりも採掘が上手いんですよ。いつの間にか職人衆はみんなそっちを頼るようになってしまいましてね。ミソラ様も、それが原因で荒れてらっしゃるみたいで」
琥珀はメイド服のエプロンの端を握り締めている。俯き加減の顔は、まったくの無表情だ。
「……出よう」
代金だけテーブルの上に置いて、私は琥珀を促した。
「しかし」
「食欲がなくなった」
別に琥珀のためではない。ミソラというらしいあの少女。彼女の目を見たら、物を食べる気は失せてしまった。
顔立ちは普通の日本人。多分高校生くらい。だが、あの目は。
黒い瞳の奥に、一瞬見えたような気がした赤い光。あれはまるであの時。私をこの世界に喚んだ、少年の真っ赤な瞳のようだった。
火の国編にて、主人公の一人称が誤っていたので、順次訂正しています。
申し訳ありませんでした。




