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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
きちがい暗殺者と木の国
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枝分かれした存在

 


「……あ……な、ぜ?」


 胸板を巨大な矢で貫かれたエルヴィンは、血で咳き込みながら呟いた。純粋に、なぜ自分が貫かれているのか理解できていないようだった。

 ユーグは無表情に跳び、エルヴィンから距離を取った。


 エルヴィンの手が矢を掴み、傷を押さえるように動く。矢は貫通しており、赤紫色に変色した精霊樹の幹に彼の体を縫い止めている。草色の軽装に、じわりと血が斑らに滲んでいく。

 じきに第二射が来る。避けることはできないだろう。


 塔に入る前にしておいた準備。それは、死霊としてエルヴィンを喚び、森の中で狙撃ポイントを探して待機させることだった。

 ユーグと私で時間を稼ぎ、偽エルヴィンの隙を作る。そして、遠距離からエルヴィンの狙撃で動きを封じて止めを刺す。最初からそういう作戦だったのだ。

 もっとも、死霊の召喚で魔力の半分以上を既に使ってしまったので、たいした支援はできなかったが。


 石畳を覆う赤い白詰草のような魔法の植物の緑へ、エルヴィンのズタズタになった足や、射抜かれた胸からの血がぽたり、ぽたりと落ちていく。


 女の鳴き声のようにも聞こえる鋭い風切り音。第二射が放たれのだ。


 終わりを確信した瞬間、エルヴィンが消えた。正しくは私の知覚を外れた速度で移動したのだと、一瞬遅れてようやく、流れた空気の動きで判断できた。

 何が起きたのか考える時間もなく、私はその結果を目の当たりにすることとなる。

 私の斜め後方から、湿った音がした。体を反転させ構え直すと、そこにはエルヴィンの姿があった。


「…………え?」


 当惑の声を漏らしたのは誰だろう。……ああ、これは私の声か。

 遠いところから景色を眺めているようだ。体の感覚も、現実感もひどく薄っぺらい。戦闘中だというのに、あの日と重なる光景に思考が停止する。

 あの時は、背中しか見えなかった。

 何もわからないまま突き飛ばされ、片方の腕だけが地面に落ちた。


 彼は穏やかに微笑んでいる。

 一歩下がったところから他のメンバーのやり取りを見ている時の、在りし日の懐かしい表情で。


「……よかった」


 何がよかったの?


「無事? 怪我はない? …………教えて」


 今までにない性急な口調で尋ねられる。

 ……ねえ、何がよかったの?


 彼の体に刺さっているのは、二本の矢。

 途中で強引にへし折られているのが、初撃。

 背後から彼を斜めに貫いているのは、第二射。

 エルヴィンは、私に刺さるはずもない第二射から私の身を守るように、自ら射線に割り込んでいた。


 『ナナツヨ』は、儀式魔法。7名の生贄に、世界の澱みをなすりつけて世界を維持するための魔法。

 この世界でヒトは死ぬと、肉体は自然に溶け、記憶は秩序に消え、魂は混沌に還る。

 ずっと不思議だった。

 なぜ、偽エルヴィンの腕は片方ないままなの?

 なぜ、偽物たちには私の記憶があるの?

 なぜ、私の喚ぶ死霊は力は貸してくれても何も喋らないの?


 ────わかってしまった。全部、繋がった。

 各地にいる偽物の正体は、魂のない彼ら自身なんだ。そして私の喚ぶ死霊こそが、彼らの魂だ。

 今までの自分がしてきたことを思い、なんだか笑い出したくなった。

 ディルから貰った短剣が、手の中から抜け落ちる。


「……ナミ?」


 光の国で見えたあの性格の悪そうなクレメンスとかいう神は、私に儀式で魂の抜け落ちたモンスターとなった仲間を殺す対価として、その蘇生を約束したんだ。

 嘘ばっかり。本当なんて、全然なかった。

 ナナツヨの犠牲者を元に戻す方法はない。リーファはそう言っていた。例えあいつが嘘つきだとわかっても、あるいは神ならばと一縷の望みがあるから私は逆らえない。

 やっぱりあいつは最悪。何も知らずに頷いた私も最悪。

 本当に……この世界はなんて最悪なんだろう。


「……大丈夫。心配する必要はない」

「ちょっと」


 私が(ほだ)されているようにでも見えたのだろう、ユーグが抗議するように声を上げたが無視する。

 エルヴィンの元へ。

 異世界の植物に侵食されて(ひび)割れた石の床を、跳ねるように移動していく。

 エルヴィンの前に立ち、なんとか笑顔を作ると、私は爪先立ちして血を流す彼を抱擁した。


「……ありがとう。エルヴィンのおかげで、私、今も生きているよ」


 ずっと言いたかった。コレはエルヴィンとは違うものだけれど、同じところもある。

 これで、気は済んだ? ──もっと話したかった。

 別れの準備は終わった? いやだよ、終わらせたくない。

 彼を殺す覚悟はできている? そんなものいらない。したくない。

 だけど、さよなら。


「『浄化』」


 エルヴィンの胸を、彼の背に回した私の手が握る杭のような光が貫いた。彼の体から黒い文字状の澱みが溢れ出し、眩い閃光と共に、彼は最初からそこにいなかったかのように消失した。最後まで、微笑が崩れることはなかった。

 空になった腕には、まだ体温が残っている。

 カラン、と音がした。

 石畳に鮮やかな緑色の結晶体が落ちた音だった。魔晶石だ。


 森で狙撃のため待機させていたエルヴィンの死霊の気配が、時を同じくして消えた。それだけでなく、繋がりのようなものも断ち切れたのを感じる。

 試してみるが、やはりエルヴィンを喚ぶことはもうできないようだ。


 黙って魔晶石と短剣を拾い上げる私に、ユーグが巫山戯た調子で声をかける。


「女って怖いねぇー。俺、かんっぜんに君が絆されちゃったと思ったよ」

「そう」


 そのまま出口へ向かう。

 彼はあれで専門家だ。報酬は後で必ず請求してくるだろうし、今は彼に構いつける余裕はない。

 吐きそうな気分を堪えて塔を降りていく。階段の途中で立ち止まり、吐き気に耐えかねて壁に手をついた。

 目を閉じても、エルヴィンの最後の微笑が瞼の奥に焼き付いて、離れてくれない。


 あの『ありがとう』は、偽物だ。私はまだ許せない。

────『ありがとう。エルヴィンのおかげで、私、今も生きてるから』

 大切なものなんて一つもない、みんなのいない、醜くて汚いこの世界で。

 私はまだ、生きている。



だいぶ空いてすいません。忙しさは当面続くので、更新ペースは亀です。

次話で木の国編は終わり、次は火の国の物語「がらくた人形と火の国」をお送りする予定です。

ちなみに連載中だったメインの話は無事完結しましたが、新しいメインの話の連載を開始したため、あくまでもこちらはサブです。

どうやらいちいはコテコテの異世界物とメインのローファンタジーを常に一本ずつ書かなければ気が済まない奇病を患っているようです。

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