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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
きちがい暗殺者と木の国
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血塗れの緑

待ってないかもですが、お待たせしました!

いちいのメイン連載が完結したため、以前よりは更新ペース上げていけると思います。当分はナナツヨに専念しますが、多忙な時期が終わらないため、今しばらくスローペース更新です。

 巨大な古い石造りの塔は、苔や蔦の濃い緑に覆われて、今日もその威容を森の木漏れ日に晒している。

 ────この最上部に、エルヴィンがいる。


 塔の入り口から上部を見上げる私に、傍のユーグが声をかける。


「じゃ、行こうか」


 まるでこれからピクニックにでも行くかのような、明るい口調。

 しかし、それとは対照的に周囲に流れる空気は緊張している。光が木々の隙間から降る一見平和な森には、現在この精霊樹の塔を中心としてエルフの兵が周囲を一定間隔で固めているのだ。


 彼らの役目は後詰め。

 私とユーグが突入し偽エルヴィンと交戦することは、ヴァイスやリーファたち上層部と話が付いている。だが、万一私たちがエルヴィンを殺しきれなかったら。その時は彼らがモンスター化した王族の一員と、塔から溢れ出るだろうモンスターの駆除を担う。


 光の国でも水の国でも、そしてこの木の国でもまた確認されたモンスターの増加、強化現象は、エルヴィンを倒さない限り収束しない。それゆえの措置なのだろう。


 まったく、『勇者』とは便利な存在だ。

 死んだところで国としては痛くも痒くもないし、元来部外者なのだから権力のバランスにも悪影響がない。金の国を見るに、いざとなったらいくらでも代わりを喚び出せるのだろうから、面倒になったら始末すればいいだけ。


 本当に……ふざけている。

 そう思考しながらも、思い出すのはかつての【潜水者の街】の皆の姿。そして、私を送り出した時のヴァイスとリーファの悲痛な顔だった。


「…………少し待って」


 手早く準備を済ませてから、私は軽くため息をついた。腰から提げた短剣のホルダーに触れると小さく頷き、ユーグの後ろについて塔のアーチ状の入り口を潜った。


 塔の内部は中心がくり抜いたように吹き抜けになっていて、螺旋階段が壁沿いにあるだけの簡素な構造だ。モンスターの姿はないけれど、他の国での経験を考えるに、油断することはできない。


 軽快に階段を昇るユーグに続き、私も塔の最上部を目指す。


 白い石材の階段は外壁と同じ素材で、はやり朽ちて木に侵食されているが、脆いという印象はない。

 壁面にはくり抜いたような窓が幾つか設けられていて、そこから外の風や光が差し込んでいる様子は朽ちた古城を思わせる。

 ただ、ところどころ蔦や木が気持ち悪い赤紫色に変色していて、それが何とも言えない禍々しさを醸し出している。


 緊張して意識を張り詰めているせいか、階段を昇るだけで神経が磨り減っていくようだ。いつもはよく喋るユーグの沈黙も、それに拍車をかけているのかもしれない。


 螺旋階段が終わり、上方に外の光が見えてくる。終点はアーチ状に石が組まれているだけで、入り口と同じく扉はないようだ。


 ユーグは無言で長弓を手に取った。そして、それとは反対の手で懐から一本の矢を取り出す。

 枝を削って作ったらしいその矢は太く、論理魔法で用いられる文字が刻みつけられている。先端にも何かが塗られているようだ。

 ……魔法の矢、だろうか。エルヴィンと類似した能力を持つ偽物なら、そのくらい躱しそうなものだが。


 ユーグは瞬間、動いた。

 跳躍一回で最上段まで辿り着き、引きしぼった矢を放つ。

 無音かつ気配まで完全に隠蔽した上での奇襲。

 弓を背に戻し、最上部へ降り立ったユーグは双剣を構えて心底感心したように呟いた。


「……うわぁ、凄いな。あれで生きてるんだ」


 私も既に抜いていた短剣を手に、階段を抜ける。

 建物内の薄暗さに慣れた視界を奪う、急な光。予め片方だけ閉じていた左目を開く。


 塔の最上階は、屋上になっていた。完全な円形の石舞台。そこは一面の緑に覆われていた。


「────な」


 一面に繁茂した、鮮やかな緑色の蔓。合間から覗くシロツメクサに似た花は、鮮血の色をしていた。そして、ひ弱に見えるその植物の下には、無数の壊れた人形。

 ……いや、違う。あれはモンスター。動かなくなったアーニングパペットだ。

 侍女や兵士の服を来た異形の人形が、いずれもその植物の蔓に体を食い破られて倒れ伏している。可憐な赤い花は、モンスターを苗床にして穏やかに咲き誇っていた。


 石舞台の中心には、楔のように撃ち込まれたあの矢が突き立つ。

 偽物のエルヴィンはその向こうで、どこまでも青い空を背に微笑んでいた。足には花の蔓が何本も刺さっているのに、痛みを感じていないのか、そのまま強引に引き剥がしていく。肉を割く、水っぽい嫌な音。小さなはずのそれが、異様に大きく頭の中に響いた。

 血が──赤い血が、異世界の植物と石床を濡らす。


「────ナミ」


 ぞわりと背筋に寒気が走る。

 どうして、この偽物は。


「ナミ」


 こんなに愛おしそうに、自らを殺しに来た存在の名前を呼ぶのだろう。

 脳髄を羽毛で撫でられるような柔らかい声色が、たまらなく不愉快で気持ち悪い。


「人形が壊されてしまった。あまり、過ごしやすい環境は用意できない。だけどこれで」


 ユーグが話の途中の偽エルヴィンに、光の矢で攻撃をした。恐るべき速度で飛来するそれを避けもせず、偽物はその身に矢を受ける。

 胸、腹、足。

 三箇所を高熱の光の矢で焼かれながら、構いもせずに偽エルヴィンは私に語りかける。


「……だけど、これでよかったかもしれない。ナミ、来て。もう他の皆はいない。だが、俺が、守る。俺だけが、守る。さあ……」


 熱っぽく言っていたエルヴィンだったが、一歩踏み出してから初めて、私の前で双剣を持つユーグが目に入ったという様子で首を傾げる。


「何故、そんなニンゲンといる?」


 普段は軽快に話すユーグも、仕事とあっては寡黙になる。彼はエルヴィンの疑問を無視し、距離を詰めてその双剣で斬りかかった。

 エルヴィンが紅い花の蔓を引きちぎって大きく距離をとろうとするのを見てとって、私は間髪なく論理魔法を発動させて素早さを封じる。エルヴィンの動きが鈍り、ユーグの右の剣が浅く脇腹を掠めた。


「……まあいい。俺以外誰も見られないように目を抉って。喉を潰して、足を折って……そうしたら、俺だけのナミになる」


 ぞっとするほどの暗い声。

 エルヴィンが長弓を構えた。攻撃の意思を感じ取り、私はすぐに詠唱する。


「『錆びてく』っ────!」


 詠唱を終えるより早く長弓の狙撃が飛来し、私は魔法を中断して回避に専念する。矢はいずれも急所を外して射掛けられているようだが、もしこれを食らって負けたら、待つのは先のエルヴィンの言葉通りの末路だ。


 距離を取り、再度詠唱。今度は成功し、エルヴィンに防御、魔法防御の弱体がかかった。

 援護として時折魔法を放つけれど、戦況は拮抗している。

 エルヴィンの方が素早い一方で、ユーグの剣技が接近戦に持ち込んだ今となっては強い。最初の攻撃でエルヴィンの足を負傷させただけあって、ユーグが押し始めてはいるがまだわからない。


 もっとも、私にとっては拮抗で充分だ。事前準備を発動させる最後のピースとして、私は呟いた。


「エルヴィン、やって」


 直後、暴風を纏う凶悪に捻れた生木の矢が、ユーグと相対するエルヴィンの心臓部を刺し貫いた。



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