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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
きちがい暗殺者と木の国
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重ならぬ言の葉

 歌が終わり、森を移動しながら話をする。


 安全面なら間違いなく王城の方が上だ。しかし、邪魔されずに話すなら、こうして二人きりがやりやすい。

 足を止めて振り向けば、姫が月明かりと星の他は光源のない夜の森を、落ち着いた足取りで歩いているのが見える。太い木の根や枝を避けるその様子はとても盲目には見えない。申告通り、精霊……多分風の精霊が何かしているのだろう。

 まだ明かりは見えてこないものの、もう王城までの道のりは半ばだ。

 どう尋ねようかと思っているうちに、話を切り出したのは姫からだった。


「聞きたいこととは何でしょうか?」

「澱みについて詳しく聞きたい。それと、知っていれば1000年前の救世の勇者のことも」

「……きっと訊かれると、思っていました。あなたは仲間を大切にする方のようでしたから」


 彼女は沈痛な面持ちで、静かに言った。


「どういう意味?」

「エルヴィン様たちは……【七世(ナナツヨ)】の触媒になったのですね。何を知りたいのですか? 触媒を元に戻す方法あたりでしょうか」

「あるの!?」

「いえ。ありません」


 彼女は悲しそうに首をゆるく振ると、重々しく口を開く。


「エルフの王族に、古より伝わる話です。この世界には三柱の神がおられます。秩序、混沌、自然の神。中でも秩序の神の役割は、死した生き物の記憶を浄化し、消すことでした。ところが時代を下るにつれて、特に負の感情は増えるばかりで、秩序の神の浄化がおいつかなくなったそうです。浄化されないままの記憶は溢れ、世界を蝕みました」


 薄紫の瞳が、瞼の下に隠れる。

 月が翳り、森の闇が濃くなった。


「記憶は澱みと化し、生きているものの中に入り込んではその身を蝕み変質させてゆきました。そこでヒトが世界を守るために作った魔法が【七世(ナナツヨ)】です。生きた人間に限界を超えて澱みを注ぎ込み、故意にモンスター化させる。それを神々の力を借りて喚び出した勇者に、この世界の代表者である聖女や聖人と協力して浄化させることで澱みを祓うのです」


 彼女は一度言葉を切り、開いたその目を悼ましそうに伏せる。


「ニンゲンの体は記憶の許容量が他の生物より多いと伝えられています。それでも限界があり、国ごとに一人、国の指導者が自ら触媒となってその身を投げ打ったそうです。1000年前から一度も行われていない、もう忘れられた儀式だと……思っていました」

「……消えた理由は?」

「七世は危険な魔法なので、上層部のみにひっそりと口伝で伝えられていたようです。ただ、やがて国主たちは自らの命を惜しんで秘匿するようになったと。他の国から記録が消えたことで、わたしたちも行うことをやめたと聞いています。特に木の国は生物が多いことから、自然の神より澱みを僅かながら浄化する歌唱魔法が伝わっておりますから」


 おかしい。神を名乗ったクレメンスという男から聞いた話と矛盾している。

 災厄を招く魔法だって、魔女のせいだって言っていたのに。

 いや、嘘ではないのか。各地のモンスターは増加し強化されているし、術者は魔女だ。言いようによっては、世界を守るために一時的な災厄を招く魔法、と言えなくもない。


 もしかして……皆を生き返らせてくれるというのも、何かある?

 疑念が頭を過るが、かといって他の選択肢は存在しない。死んだヒトは蘇らない。それは絶対的なルールで、覆せる存在がいるとしたら、それこそ神くらいなのだ。例え嘘だったとしても、それに縋るしか道は残されていない。


「救世の勇者については、あまり伝承されていないのですが……風の国が重大な背信行為をし、その結果魔女が生まれ、災厄が世界を覆ったとだけ伝わっています」

「風の国?」


 この世界にある国は、木火水土金光闇、七つのはずではなかったか。


「…………? はい、風の国です。ナミさまは異世界から来たので知らないかもしれませんが、この世界には木火土風水光闇、7つの国があるのです」

「金の国は?」

「金…………?」


 首をかしげる姫は、本当に金の国のことを知らないように見える。


「……知らないならいいよ」


 会話は途切れ、沈黙が場に落ちる。緩やかな風が木の葉を揺らすざわめきが広がっていく。

 なぜ金の国の存在を姫は知らず、代わりに風の国を七国に数えるのか。重大な背信行為とやらも気になる。各国で記録が欠落していると言っていた時期と重なるし、もしかしたらそこで後世に残せない何かがあったのだろうか。

 それに、先代の救世の勇者にも不審な点がある。風の国が重大な背信行為をしたとして、救世の勇者が何もしなかったはずはないだろう。本人にその気がなくても、周囲から対処を求められたはずだ。


 救世の勇者と魔女に一体何があったのか。

 私は誰に、なぜ喚ばれたのか。

 今更知ったところで意味などないが、それでも何も知らずに誰かの駒にされるのは許せない。


 ふと姫の視線を追うと、その先には木の根元に咲いた、菫に似た濃紫色の花があった。小さな花はただ風に身を任せていた。


「……エル兄様ではなく、わたしが犠牲になればよかったのです。わたしは役立たずだから……きっとその方が、みなも喜んだでしょう」

「…………」


 くだらない自己犠牲、あるいは可哀想な自分への自己陶酔。

 優秀な従兄弟と劣った自分。

 だけどきっと、その差は能力の違いではない。何をなしたか。それこそが、エルヴィンとリーファの最大の違いだろう。


 エルヴィンは、求められた役割を演じきった。

 外界との交流を拒んできた木の国の深部を改革するため、求められたことをした。だから、何もしないで何も背負わずにいられたリーファが羨ましかった。


 リーファは、何もしなかった。

 ただ母に従い、何もせずに追従して生きてきた。だから、何かをなすことができる従兄弟の力と求心力が眩しかった。


 いずれにせよ、ないものねだりだ。


 私はぼんやりと、自分に言い聞かせているような姫の寝言を聞き流す。


「目の見えない身では執務もままならず、戦うこともできません。エル兄さまとは大違いなのです。役立たずのわたしは、ただの次代へと繋ぐためだめの中継ぎです。わたしは……エルヴィン様のようには、どうやってもなれないのです」

「……流されるだけでも、あなたがそれでいいならいいと思う。最後まで流されて、そのまま一生を終えればいいよ」


 泣き出すかと思いきや、姫は唇を引き結んで瞑目した。それは心ない言葉に傷ついた可哀想な姫、といった表情ではなかった。

 彼女は自分のなすべきことに気付いている。

 きっと、さっきは自分の言葉を否定してほしかったのだろう。そんなことはないと。あなたにもできるはずだと。


 私はそんな甘いことは言わない。エルヴィンだって努力していたはずだ。ギフトがあったからといって、何でも初めから持っていたわけではない。人望も、能力も。

 その間、何もせず停滞していた彼女に同じことができるとは、到底思わない。


 だから、何も言わないつもりだった。それでも私が口を開いたのは。

 彼女は可哀想な姫ではなくて、変わろうと苦悩する、一人のニンゲンだったからだろう。


「だけど……リーファ。あなたは本当に、そのままでいいと思ってる?」


 姫はしばらく、何も言わずに夜の暗闇に佇んでいた。ゆっくりと開かれた見えない薄紫の目は、鬱蒼とした木々の向こうを真っ直ぐに見据えている。

 彼女は小さく首を振った。


「行きましょう」


 リーファは白いドレスの裾を揺らし、歩き出す。

 私には見えない風の精霊と共に、彼女の役目を果たすべき場所へ。




年内にはナナツヨの投稿は無理かなぁと思っていたのですが、何とか仕上がりました。

時折頂く感想には、いつも励まされています。ありがとうございます!

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