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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
きちがい暗殺者と木の国
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精霊樹の塔

思ったよりも早く続きが書けました。よかった。

 拓けた森の一角。茂る緑の向こうに、その塔はあった。

 城からもさほど離れていない。背後を見れば私たちの潜む樹上からでも、鬱蒼とした木々の奥にあの白い石の城を認めることができる。


 落ちかけた日が橙と黄の混じった光を投げかけ、それを浴びた塔は遠目にも退廃的な雰囲気を放っている。元は白かったであろう石造りの壁面は所々が欠け、灰色に風化したその様は、もうずっと昔から塔がそこに佇んでいたことを窺わせる。

 何より特徴的なのは、塔自体が大きな樹に取り込まれるようになっていることだ。


 あれで塔としての機能が損なわれれいないのだろうか。異世界の謎は計り知れない。


 ユーグはやや手前の樹上で、私と同じくじっと息を殺している。さすが本職というべきか、エルヴィンと同じくらい洗練された気配の殺しようだ。


 やがてエルヴィンが塔の前に姿を現した。

 ユーグは無音で長弓を構え、樹上からエルヴィンに狙いをつける。道中いつも双剣を使っていたため、弓を持つのは初めて見る。

 狙いはそのままに、ユーグの右手に焦れるくらいゆっくりと白い光が集まって、矢を形作っていく。魔力は上手く隠蔽しているようだが、おそらくこれも魔法だ。

 すぐ近くに潜むヴァイスが息を呑んだ。

 私も若干の不安を抱きながら見守る。


 そうしてユーグは、光の矢を番えた右手を気負わない動作で大きく引いた。

 解き放たれる膨大な魔力と白光。放たれた矢はまさに光の速さで進み、私の目には一本の光線を一瞬捉えられただけだった。


 葉も枝も、間を遮るものは邪魔だというように矢の熱量で消し飛び、エルヴィンまでの視界が綺麗に開ける。


 だが────エルヴィンは死んでいなかった。あの矢を避けたのか、左手を肩口から落とされはしても、異様に静かな目でこちらを見ている。50メートルはあるというのに正確に位置を把握しているようだ。こちらに向かって数発、反撃としてねじくれた木の槍が飛んできた。


「うっわ、まだ生きてる感じ? マジで化け物だね!」


 軽々と別の木に飛び移ってそれを回避したユーグはどことなく楽しそうに言うと、振り返ることなく指示を出す。


「城から離れて護衛もいない今が狙い時、接近して畳み掛けるよ────!」


 ユーグはまだ別の木の枝に飛び移ると地上に跳躍して、エルヴィンと早速交戦し始めた。

 私も樹から飛び降りて、木々の陰に体を隠しながら接近し、その援護をする。もうこうなったら同行しても危険があるだけだというのに、なぜかヴァイスも相変わらずくっついてきた。


 ユーグは弓を仕舞い、双剣でエルヴィンを攻撃している。

 左腕を失っても素早さではエルヴィンが優るようで、その剣は時折空を切ることもある。流れるような剣尖を見ながら、私も次々と能力低下の魔法をエルヴィンにかけていく。


 目に見えてエルヴィンの動きが鈍った。劣勢を感じているのかその顔には焦りが見えるが、ヴァイスが創り出す巨大な水の槍に妨害されて、逃げることもできない。

 水の槍は着弾すると地面の下草を抉り、飛沫を飛ばしながら土を剥き出しにしていく。


「……いいの、ヴァイス?」


 攻勢に参加しては申し開きもできない。ただ誘拐されていただけだとは、言えなくなってしまう。


「はい。どのみちもう……私は戻れませんので」


 エルヴィンの周囲は、水の槍の残骸で水溜りになりぬかるんでいる。その泥が、エルヴィンの足を捕らえたまま瞬時に氷結した。

 ぬかるみはそう深くなく、凍っていてもたいした拘束にはならない。エルヴィンもすぐに足を引き抜いたが、ユーグはその一瞬の隙にエルヴィンの短剣を弾き、対の剣で短剣を握る腕を肩から切り落とした。

 切断面からは真っ赤な血が流れ出し、右腕は宙で一回転すると地面のぬかるみの上に落ちる。


「…………ぐ」


 小さな呻き声を漏らし、エルヴィンは背後に跳んだ。そして樹と同化している塔まで走り、呟く。


「…………澱みに堕ちろ……!」


 呪うような低い呟きは、不思議と明瞭に耳に届いた。呼応すつように、塔から不気味な黒い靄のようなものが立ち昇る。


「…………澱み?」


 エルヴィンの言葉の通り、この黒い靄は私がよく見慣れているもの……ダンジョン特有の澱みに見える。しかし、なぜ塔から急に澱みが吹き上がるのだろう。

 いや、重要なのはそれだけじゃない。光の国で私は見たはずだ。大聖堂がダンジョンになる、その瞬間を。

 ユーグは目を眇めて様子見をし、ヴァイスは困惑して動けないようだ。


 私は直感に従い短剣を振るい、エルヴィンに火矢を撃ち込んでいく。しかし、間に合わない。

 いまだ血を流す右腕。肩から焼き切れた左腕。エルヴィンの切断された両腕に黒い靄──澱みが集まったかと思うと、白い木肌が傷口から徐々に生え、ニンゲンの腕の形をとり……やがて、エルヴィンの両腕は球体関節のついた人形のようになった。


 火矢はあっさりとかわされ、エルヴィンはそのまま塔の中に走りこんでいった。


 ユーグは舌打ちすると振り返った。さすがプロということなのかその姿には返り血一つついていないが、珍しく表情を引き締めていた。


「騒いだからじきに兵士が来るだろうね。王佐サマ、もうあれを見たからには証言してもらえるよね? 塔もほら、こんなだしさ」


 ユーグが言うように、塔はダンジョン化こそしていないようだが黒い靄を薄く纏うようになっていた。明らかに普通の様相ではない。


「……はい」


 答えたヴァイスの顔色は今まで以上に蒼白だった。

 エルヴィンの腕の再生を見れば、もうアレがニンゲンだとは思わないのだろう。


「どうやらアレには再生能力があるみたいだねえ。一気に押し切らないと堪えなさそうだし、一度彼女を王城で泊めて休ませてもらえないかな?」


 暗殺者の身からすると、ずいぶんと図々しいお願いではある。私は冒険者とはいえ、やはりきちんとした場所で休んだ方が回復するから助かるけれど……複雑だ。


「……じきに夜になりますしね。わかりました。客室の一つや二つならば、どうとでもなります」


 日はさらに傾き、赤味をさらに増している。モンスターはやはり暗闇の方が好むようで、夜に活発化する傾向があるのだ。

 私が塔を見ていると、風に乗って微かに悲鳴が聞こえた気がした。空気がどこか騒がしいような……そんな気配も感じる。


 ユーグが城の方に顔を向け、何事か呟くとにやにやと笑い出した。


「……へえ。王佐サマ、城が面白いことになってるみいだよ?」

「な!?」


 絶句すると、ヴァイスは耳を澄ますようにしばらく沈黙し、青い瞳を瞠目させた。


「王城が……!」

「……何が起きてるの?」

「王城に詰めている一部のニンゲンが、木でできた人形のようなモンスターに変化したようです」


 木でできた人形のような姿。間違いなくエルヴィン関連だと思われる。

 私が応援に行く義理はない。しかし、放置してもヴァイスは一人でも行くだろうし、まともな寝床にありつくためにも介入した方がよさそうだ。


「…………行く」


 私は先頭を切って城へと走り出した。



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