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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
かいらい教皇と光の国
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託される光

 



 大聖堂の一角にある、高い塔の上の個室。白い石造りのそこは、罪を犯した貴人の向けの部屋なだけに、広くはないが必要な家具は高級品で揃えてある。床に敷かれているのは、毛足の長いカーペット。

 だが、一つしかない小さな窓と出入り口の扉は、鉄格子によって外界から隔絶されていた。


 マリウス・グリントは沈み込むように柔らかなソファに座って、傍らの窓から大聖堂や、活気に満ちた煌都を見下ろす。


 彼の罪は、本来なら死罪になるはずだった。にもかかわらずこうして幽閉にとどまっているのは、彼の身分の高さとかつての実績ゆえだ。


 ダンジョンとなっていた大聖堂から漏れ出たモンスターの爪痕か、町にはいくらか破壊の跡が残っている。それでも大聖堂の協力で復興は着実に進められているようで、真新しい補修の跡を見つけることができた。


 ……光の国は、変わる。


 かつての大聖堂は、生まれで出世や役職がほとんど決まっているようなものだった。そうして上に行った者たちは、金を集め教徒を食い物にすることばかり考えていた。


 一人娘のエリアーデがジークフェルを産んで死んだ時、彼は悩んだ。

 娘の命を奪った孫息子。リーデティアへの一言もあり、彼には孫にどう接したらいいのかわからなかった。

 孫息子のギフトは強力で、次代を担う者になるだろうということは優に想像がついた。


 彼はジークフェルを信頼できるものに託し、即座に動いた。次代のために、腐った者ばかりに声をかけ、金をばらまき、派閥を作った。

 自らも不正に手を染め、腐った者たちと同類になっていきながら証拠を握った。これで自分の罪が明るみになれば、腐敗はほぼ根絶できるだろう。

 後は、断罪を待つだけだった。


 リーデティアが現れたのは誤算だったが、今度こそ最後まで着いていこうと思った。偽物の聖女と共に、教皇を暗殺して戦争を招くことを企む。

 ジークフェルに排除されるにも、ちょうどいい理由だ。

 自分がいなくなろうとも、アナスタシアやネイオス、ノラ、バーゼルがいる。彼らは有能であるし、特にアナスタシアはジークフェルを補佐してやってくれるだろう。


 扉の外で何やら人の声が聞こえ、グリント老人は振り返った。扉が開き、鉄格子越しに彼の孫が姿を見せる。こうしてジークフェルがグリント老人に会いに来るのは、初めてだった。

 ジークフェルの表情は静かではあるが、マリウス・グリントはそこに悲しみの影を見たような気がした。


「あなたは歴史に残る大罪人として、生涯ここに幽閉されることに決まりました。グリント一族の系譜からも抹消されるでしょう。……これで、よかったのですか。お祖父様」

「ああ。これでいい」


 ジークフェルは間髪入れずに断言してみせた祖父の顔を静かに見ると、去っていった。扉が静かに閉められる。


 グリント老人は、ゆっくりと目を閉じる。

 小さな足音が、次第に遠ざかっていく。


 自分はダンジョンと化した大聖堂で死ぬのだと思っていた。こうして次代を見守れるのは、どれだけ幸せな誤算だっただろう。

 だが。


「ジークフェルよ、まだまだ甘いな」


 優しい声色で、彼は呟きをこぼした。

 いずれ、自分がいればこの身を擁して反逆しようとする者が現れるだろう。腐敗は一掃したつもりではあるが、一度にすべてを消すことは難しい。


 だから彼は。


「────さらばだ、我が孫よ」


 奥歯に隠していた毒薬を噛み、飲み干した。


 その日の昼、牢獄でグリント老人が死んでいるのが発見された。窓辺でソファに座りながら息絶えたその体は、日の光の下で、微睡むように安らかな顔をしていたという。



◆◇◆◇◆



 ──自分のギフトなんか大嫌いだった。


 ワタシは、下級貴族の家に生まれた。光の国は教皇を中心として大司教が回しているが、細かいところは各地の貴族に任されているのだ。司教自体、貴族でもないとなるのは難しいというのもある。

 善良なだけが取り柄で民に慕われていた父と母。両親は、ワタシが生まれてギフトを教会に判別してもらうと絶句したという。


 まあ、わからなくはないわ。生まれたばかりの娘のギフトは、【謀略】なんていうシロモノだったのだから。


 それでもワタシが一人娘のうちは、腫れ物に触るようにしながらも家に置いてくれていた。後継の弟が産まれるまでは。

 弟が物心つくと、ワタシを持て余していた両親は、ワタシを大聖堂に入れた。


 神聖魔法は得意だったけれど、そこではそれはあまり重要なコトではなかった。生まれが権力に直結するような、腐った世界。大聖堂はそういうトコロだった。


 下級貴族の出でしかないワタシは、ギフトの効果で嘘を見破ったり隠された秘密を見つけたり。謀略を張り巡らせるのは息をするのと同じようなことで、自分の身を守っていたら、気づけば大司教になっていた。

 上から見ていると、色々面白いモノが見えてくる。


 ワタシは気紛れに、上から押さえつけられて、能力を使い潰されそうになっているコたちを掬い上げてみることにした。そのコたちは感謝して、ワタシのために動くようになっていき、それは大きな派閥になった。


「【謀略】のギフトが怖くないのかしら?」


 そう尋ねると、ワタシの侍女みたいに身の回りのことをしてくれているオレリアは満面の笑みを浮かべた。金髪のサイドテールが、元気よく揺れる。


「アナスタシア様は、わたしたちの恩人です。ギフトなんて関係ないですよ!」


 その屈託無い笑顔に、救われた。家からもはみ出したワタシに……居場所ができたような気がした。ここにいてもイイと、心から思えた。


 ワタシは今日も、大嫌いだったこのギフトを振るう。

 可愛いコたちが、押さえつけられずにありのままでいられるように。

 【謀略】のギフト。このギフトを好きにはなれないけれど……今では、それほど嫌ってはいないわ。




光の国の物語は、これでおしまい。

次は木の国です。

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