希望の光
私たちが大聖堂を出ると、外の広場にはたくさんの民衆が、少し距離を置いてひしめき合っていた。
歓声と喜声が溢れかえるようにして聞こえてくる。
どういうことかと困惑していると、比較的近い所にジークフェルとアナスタシア、ネイオス、グリント兄妹が立っていた。
ノラはコーネリアの後ろに立つマリウス・グリントを見て、悲しそうに呟いた。
「叔父様……」
ジークフェルがゆっくりとこちらに近付くと、民衆は波が引くように口を噤んだ。静まり返った広場に、ジークフェルの堂々たる声が広がる。
「聖女に化けたモンスターの討伐任務を、よくぞ果たしてくれました、コーネリア」
コーネリアは驚いたように息を飲んだ。
ジークフェルは何を思ってコーネリアと呼んだのだろう。表向きは彼女はクロードとして生活していたし、ジークフェルもそれを知っていたはずなのに。
「弟の騎士団長クロードがダンジョンで散り、密かに姉であるあなたが代わりに冒険者ナミに同行したことを、咎めるつもりはありません。弟の無念を晴らそうとしたその想いは、実に尊いものです」
ジークフェルは、声を張り上げる。声変わり前の少年の声は、不思議と広場によく響いた。
「よって、討伐任務の褒賞として。教皇ジークフェルの名の下に、コーネリア・リーテルを教皇近衛騎士団長に任じます」
民衆は湧いた。
モンスターを討伐した、新たな悲劇の騎士団長に大歓声が浴びせられる。光の国で初めての女騎士の誕生。
「マリウス・グリント。あなたには教皇を暗殺しようとし、大聖堂を私物化して暴利を貪った疑いがあります。少し、話を聞かせてもらいましょう」
ジークフェルの言葉に奥から騎士が二人やってきて、グリント老人の両脇を固めるように移動する。グリント老人は憎々しげに見えるようにジークフェルを睨めつけながら、彼らに連れて行かれた。
煌都の外壁の門には、多くの人通りがあった。その近くで、私と向き合うクロードが念を押すように繰り返す。
「本当に行くんだな?」
「うん」
大聖堂でリーデティアを討伐したのは昨日のこと。私はもう、光の国を出て次の国へと発つのだ。
この場には、コーネリアやジークフェルは来ていない。
私を見送りたかったと言伝はされているが、一国の王に等しい存在や騎士団長が、早々に仕事をあけるわけにはいかないのだろう。
後から知ったのだが、クロードは死んだことにされているのは彼の意思だった。
いつまでも入れ替わりが上手くいくわけはないし、いつかはバレる。だから、ちょうどいい機会だったそうだ。
騎士団員たちからすれば、コーネリアがクロードを名乗っていた同一人物だとすぐにわかるだろう。しかし、民衆からすれば教皇の近衛騎士は、今までは外での仕事はジークフェルが傀儡だったために担当していなかった。彼女こそが団長であり、前近衛騎士団長のクロードなど人々は名前しか知らない。
外部のものにとってはあの設定は真実であり、内部のものにとってはあれが偽りだというのは公然の事実なのだ。
クロードはどうするのかと尋ねたら、彼はもともと司教といういうよりは暗部で情報収集をしたりという業務を昔から任されていたらしい。ジークフェルの役に立つには、いっそ素性などなくていいと彼は言った。
私は通りの様子に目を向ける。
リーデティアを討伐してから、各地のモンスターは劇的に減った。大きな馬車が何台も、壊された町や村の支援のための物資と商魂を積んで行き交っている。
クロードは、深く被った灰色のフードの下で目を細めた。
「……光の国は変わるな」
光の国に巣食う腐敗は、すべて一人の老人が背負っていった。
「…………そうだね」
「ナミ様は、変わらないのか?」
「何が?」
「旅の目的。魔女への復讐ってやつだよ」
「……変わらないよ。私はずっとね」
短い沈黙の後、彼は心を決めたように灰緑色の目を私にまっすぐ向けると、言う。
「姉貴から聞いた。勇者としてモンスターを討伐する代わりに、仲間の蘇生を神に願ったんだってな。でも、ナミ様の仲間への思いは……ただの依存じゃないのか? 辛い時に助けてくれた存在に依存して、戻れなくなってるだけじゃないのか?」
私は激昂し、短剣を抜こうとした。だが、手をかけたところで気付く。怒るということはつまり、クロードの指摘は私の核心なのだということに。
腕から力が抜け、だらりと体の脇に垂れた。私には答えられない。答えたくない。
大きな荷車が通過して、クロードの姿を一瞬だけ隠した。荷車が去ると、クロードは姿を眩ませていた。雑踏の中には、もう見慣れたはずの顔は見つからない。
声だけがどこか、すぐ近くから聞こえる。
「この世界のことは、俺らで始末するべきことだ。世界なんて、おまえ一人で救わなくてもいいんだぞ。……じゃあな」
私はゆっくり息を吐くと、外壁の外へ出る。きれいな青草が、日の光を浴びている。
「……そんなこと、とっくに知ってるよ」
私は彼の言葉に背を向けて、光を受けた青草を踏みしめながら、次の国へ向かった。




