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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
かいらい教皇と光の国
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神の声


 間に合わない。


 私はそれでも回避を試みていたが、何者かに襟首を引かれ、私の体は仰向けに石床に倒れた。背中に擦れるような痛みを感じる。

 見えるのは、痩せた老人の背中。老人の体を、無骨な拳が振り抜いた。リーデティアの手はそこでだらりと落ちて動かなくなるが、老人の体は傾き、倒れていく。赤い血だまりが、白い石床に広がる。


「マリウス様、どうして……!?」


 グリント老人を見て、コーネリアは目を(みは)った。彼は、秘聖所の前の通路に縛って転がしてあったはずだ。

 グリント老人は、皮肉げな笑みを浮かべた。


「あの拘束用の魔法を構築したのは誰だと思っておる」


 マリウス・グリントは薄く目を開けて言う。


「……リーデティア様がああなったのは、儂のせいに違いない」

「……どういう意味ですか?」


 コーネリアは疑問の声を上げたが、グリント老人はゆっくりと記憶を辿るように続けていく。


「幼かったリーデティア様は、自分の姿と求められる聖女像の差に苦しんでおられた。だが、儂はな。『聖女たるもの、そのような弱音を吐いてはいけませぬ』と言ったのだ」


 老いた大司教の瞳が、虚空を彷徨う。


「あれがリーデティア様でないことなど、とうに知っておったわ。だが、儂は今度こそ、最後までリーデティア様に寄り添っていたかった」


 はぁ、と小さく、マリウス・グリントはか細い息を吐いた。


「……ジークフェルを産んで、娘は死んだ。儂にはもう、あれとの接し方などわからなかった。大聖堂の腐敗を一身に背負い、散ってゆくことだけが、儂があれにしてやれることだ」


 コーネリアは青白い顔で、回復魔法を早口に詠唱した。マリウス・グリントの傷は塞がったが、老人はもう、目を閉じて開くことはない。


「……何故(なぜ)、なぜジーク様にそれを(じか)に言って差し上げないのですか、マリウス様」


 コーネリアはそう言い、マリウス・グリントを見下ろした。

 グリント老人は、もう死んでいる。何を言おうと、届くことはない。


 私はリーデティアの遺骸の前へ進み出る。


「【浄化】」


 短剣を仕舞いギフト名を口にすると、私の手に光の剣が現れた。リーデティアの体の周囲に、黒い文字列が浮かび上がる。

 私は光の剣を、リーデティアの胸に沈めた。

 悲しいくらいに薄い手応え。


 リーデティアの体に巻き付くような黒い文字列は、剣の放つ一際強い発光の後、リーデティアと共に消え去った。


 後に残るのは、白い魔晶石が一つ。

 私はそれを拾うとポーチに入れた。


 グリント老人の前で、俯くコーネリア。

 私は何も彼女にかける言葉は持たないがゆえに、沈黙を保った。


 ふと部屋の魔力が動いているのを感じ、リーデティアが倒れていたあたりに目を戻すと、床の模様が光を放っていた。腰の短剣に、いつでも抜けるよう手を添える。


 光はしばらくすると収まったが、代わり石床の模様の上には男が一人、膨大な魔力を放つ大きな本を抱えてこちらを見ていた。

 男は眼鏡をかけた平凡な顔で、控えめに微笑んで言った。


「初めまして。僕はナナツヨの管理をしている神です」


コーネリアの動きは早かった。即座に跪き、頭を垂れる。


「コーネリア?」

「ナミ様も倣った方がいいだろう。……神の御前であれば、この世界であれば通常の反応だ」


 コーネリアは小さくそう言うが、男は手をひらひらさせて告げる。


「そう固くならないで結構ですよ。僕はそう礼儀に煩くはないですからね。ところで」


 男の黒い瞳が、グリント老人を見る。


「話の前に、少し待っていただいてもよろしいですかね? 勇者は僕に不信を抱いているようですが、それも解決するかと思いますよ」


 男は返事も待たずに一方的に言い放つと、巨大な本を持っていない方の手を空中に走らせる。魔方陣が描かれ、一瞬だけ発光するとそれは消えた。

 同時に、グリント老人の肌に血色が戻っていく。


「そこの老人を蘇生させました。これで僕が神であることは信じていただけましたね?」


 コーネリアは唐突な奇跡に目元を紅潮させて頷いた。私もゆっくりと首を縦に振って肯定し、一応は短剣から手を離した。

 男は、私に尋ねる。


「僕は勇者の気配を感じたから出てきたのですが。単刀直入にお聞きします。あなた、誰ですか?」

「……どういうこと?」

「あなたの存在はおかしいのですよ。勇者のギフトを持っているのに、僕はあなたの召喚を認めていません。いわば、おしかけ勇者です。それにナナツヨは途絶えていたはずなのに何でまた急に」


 勝手に喚んでおいて知らないなんて、ふざけている。みんなの死も、私の憎しみも。みんな、ただの想定外の事故だったとでも言うのか。

 私は──こんな世界に、来たかったんじゃなかった!

 ……みんなに、死んでほしかったんじゃなかったのだ。

 私はたまらなくなって、叫ぶ。溜め込んできたものが、堰を切ったように溢れ出した。


「ナナツヨって何なの!? どうして私の仲間は死なないといけなかったの!? 私は、どうして喚ばれたの!? …………神なら、答えてよ!!」


 男はゆっくりと瞬きし、一つ深呼吸した。


「落ち着いてください。僕は状況を把握していません。順番にお話しください」

「…………っ! …………わかったよ」


 機械的なまでに冷静な対応に、幾分頭が冷えた。怒鳴っても何にもならない。

 一つずつ、この世界で経験したことを告げていく。


 テンペランティアの王城に召喚され、モンスターのエサにされかけたこと。

 助けてくれたギルドが魔女を名乗る女に全滅させられたこと。

 女はナナツヨと言っていたが、意味がわからなかったこと。

 そうして……みんなにそっくりなモンスターが、国の特別な場所に出没していること。


 私が語り終えると男は、なるほどと呟いた。


「まず、あなたの仲間を殺害した魔女は、1000年前にこの世界に出現したモンスターの主かと思われます。あなたの仲間は、各地に災厄を招く儀式魔法『ナナツヨ』の触媒にされたのでしょう」


 ジークフェルに聞いたのと同じような話だ。(はらわた)が煮えくり返る思いを抑えて、私は尋ねる。


「みんなは死んでるんだよね?」

「はい。ですが、偶然とはいえ勇者であるあなたがいるのですから蘇生させて差し上げてもいいですよ」

「…………え?」


 死んだニンゲンは生き返らない。それは絶対的な秩序だ。だが、さっきこの男はそれをやってのけたのだ。できなくはないのだということは、証明されている。

 私は唾を飲んだ。声が、震える。


「……できるの?」

「はい」


 黒いローブの、ともすると死神にも見える男はにっこりと微笑む。


「あなたが七体のモンスターと魔女を倒したあかつきには、あなたの願いを一つ叶えましょう。これは歴代の勇者にも認めた権利ですしね。元の世界への帰還でも仲間の蘇生でも構いませんよ」

「叶えられるのは一つだけなんだよね」

「はい。いくつもというと、際限がありませんからね」


 元の世界には、私の日常がある。帰りたいと、強く思っている。

 だが……この世界で、一度死んだような私を救ってくれたのはみんなだった。みんなと見た世界は、鮮やかに色付いていた。今でも、鮮明に思い出せる。

 私がもっとうまくギフトを使えていれば、みんなは死なずに済んだのだろうか。


 私は、男に告げる。


「私がそれを果たしたら、魔女に触媒にされたみんなを蘇生させて」

「わかりました。最後に一つ。あなたは【浄化】を得る際に、何らかの形で先代勇者と接触しているはずです。心当たりはありませんか?」

「ない。…………あ」


 否定してから、思い当たった。私は何度か、聞き覚えのない声を聞いていたはずだ。

 もう大分前の記憶を、できる限り詳細に辿っていく。


「……この世界に喚ばれた時、知らない人の声が聞こえた。みんなが死んだ少し後も、聞いた気がする」

「それはどんな声で、何と言っていましたか?」

「確か……『頼む。どうか、ナナツヨを終わらせてくれ』。声はよく覚えてない」

「なるほど。意味深ですね。……その口調。考えすぎという可能性もありますが、あなたを喚んだのは先代勇者かもしれません」


 先代勇者……1000年前の救世の勇者のことだろうか。先代は、どういう経緯で勇者になったのだろう。

 私の召喚については、とりあえず二つの推論ができた。

 一つは、先代勇者もしくは神などが、理由はわからないが、私をテンペランティアにイレギュラーで召喚した。

 もう一つは、テンペランティアが神が使う召喚魔法を悪用している。もっともこの場合は、私の聞いた声の主は不明になってしまうが。


 テンペランティアの召喚魔法のことや、救世の勇者のことをもっと調べてみてもいいかもしれない。次に行くのは、木の国か闇の国か……。

 距離や位置関係を考えると、南西にある木の国が妥当だろう。


 私が次の目的地を決めたところで、男はにこやかに平凡な顔で言う。


「では、ご武運をお祈りします」


 男の足元で、床の模様が発光する。


「……待って。あなたの名前は?」

「……クレメンス」


 神を自称する男は、私が名前を尋ねたことに少し意外そうな表情を見せるとそう名乗り、ふっと姿を消した。




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