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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
かいらい教皇と光の国
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老いた大司教

 




 地下礼拝所に続いていると思われる大扉。その前に、グリント老人は立っていた。氷のような青い目が、私たちを射抜く。


「アナスタシアは(ぬし)らを通したか。ということは、あれは儂が負けるとふんだか」

「退いてはくださらないのですね?」


 コーネリアが言うと、グリント老人は喉の奥で笑った。


「くく、此の期に及んでまだそう言うか、ジークフェルの犬が。儂は聖女に……リーデティア様に、着いて行く。もはや語ることもあるまい」


 アナスタシアとは違い、グリント老人に私たちを見逃す気はないようだ。

 グリント老人は、銀色の模様が彫られた杖を構えて朗々と詠唱する。巨大な魔方陣が現れ、私は背筋に感じた悪寒に従い短剣を抜いて、防御魔法を構成しながら回避行動をとる。


「『水盾』」


 グリント老人の魔方陣から、極太の光線が水平に放たれた。範囲外に逃れた私は無事だったが、水盾はレーザーがかすった部分がごっそりと欠けてしまっている。水盾はただの水になって、石床に落ちた。


 同じくレーザーを回避したらしいコーネリアがグリント老人に迫り剣を振るうが、グリント老人は棒術でもできるらしく、杖で応戦している。


 グリント老人に、魔法を使わせてはいけない。

 魔法を行使する時は集中する必要があるため、コーネリアがグリント老人を攻めているうちは問題ない。


 コーネリアを援護するため、私は物理防御と物理攻撃弱体の論理魔法を発動させる。


「『脆く崩れよ』、『(かいな)は萎えよ』」


 グリント老人は元より聖職者。接近戦は専門ではなく、腕力も乏しい。

 コーネリアの力とグリント老人の技の均衡が崩れ、グリント老人はコーネリアの剣を捌ききれずに杖を弾かれた。

 コーネリアはグリント老人の喉に剣を突きつける。


「勝負は決した。退いてくれますね?」


 コーネリアが宣告すると、グリント老人はにやりと笑う。


「……何がおかしいのです?」


 グリント老人の手が、コーネリアから見えないように動いているのが見えた。

 その手には、何か光る物が握られている。


「……マジックアイテム!?」


 私は目を見開き、急いで論理魔法を発動させた。


「『闇棘痛苦』っ!」


 グリント老人の足元から伸びた闇の(いばら)が足を伝い、腕に巻きつく。だが、老人は体を襲う痛みにも手の力を緩めず、マジックアイテムである宝石を握り締めている。

 グリント老人はそれに、起動条件であろう魔力を注いでいるようだ。

 宝石が不穏な赤黒い輝きを強めていく。


 頭が高速で思考を巡らせる。

 この状況で、何が考えられる?

 逃走?

 ……違う。グリント老人はリーデティアに着いて行くと言っていた。一人だけ逃げはしないだろう。

 だったら何? 込められているのが攻撃魔法なら、戦闘の途中で使ったはずだ。回復は、傷を負っていないからない。


 赤黒い光。火の魔法?

 ……まさか。

 自爆、だろうか。


「『来たれ』!」


 腰のポーチに手を差し込み、中も見ずにリディアを喚ぶ。


 私の前に桃色の髪が靡き、紡がれる詠唱は一言。


「『守れ』」


 それだけでマジックアイテムの周囲に結界が張られ、その中で宝石は爆散した。

 最後の手段を破壊されたグリント老人は、胴体と腕、足まで闇の荊で拘束された状態で、それでも私を睨んでいる。


「ジークフェルの犬どもめが! 何で釣られた! 金か? 権力か? ならば儂が、あやつが与える以上を約束する!」


 コーネリアは剣を持ったままリディアの顔を唖然として見つめていたが、グリント老人の言葉で我に帰ったようだ。悲しそうに顔をゆがめて、グリント老人に静かに問う。


「マリウス様。……そんなにも、権力の汁は甘かったですか? 孫であるジーク様を殺そうと思うまでに」


 マリウス・グリントは、痩せた唇を吊り上げて笑ってみせる。


「ああ、最高だった。こうまで邪魔になるとわかっておれば、ジークフェルなど生まれた時に殺しておけばよかった」


 コーネリアはぎゅっと目を瞑ると、首を小さく左右に振った。そうして強張っていた手から力を抜き、私に声をかける。


「……罪人の捕縛用の魔法を使う。すまないが、しばらくそのまま拘束していてくれ」


 グリント老人は魔法を封じるマジックアイテムである首輪を嵌められ、神聖魔法の光の輪で手足を拘束して通路の隅に転がされた。

 これでは身じろぎくらいしかできないだろう。


「……行きましょう」


 コーネリアはそう言うと、グリント老人を一瞬だけ見てすぐに扉へと歩み寄った。

 振り返って私の顔を見てきたので小さく頷くと、コーネリアは剣を抜くと扉を開いて、中へ進んだ。

 リディアも念のため、側に待機させてある。


 そこは、荘厳な礼拝所だった。地上にあるものと比べて、豪華なステンドグラスも聖女の偶像もない。広い空間には信徒のための椅子さえなく、ただ秩序の円環を模した虹色の輪が一つ壁にかかっているだけ。

 石床には、ちょうど円環の前の位置に灰色の円の周りを7色の輪が縁取るように囲んでいる模様が、色のついた石で作られている。


 その中心で、リーデティアはこちらを向いて優しく微笑んでいた。聞きなれた柔らかな声が、石壁に反響して私の耳にはっきりと届く。


「わたくしから、これ以上何を奪うつもりですか?」




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