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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
泣けない死霊術師と違う世界
5/98

魔術師



ちょっと短めです。

今日中にあと1話か2話はいける、はず。



 




「もー、おっそいよー!」


 カスターが真っ直ぐと歩いた宿屋の扉を開けると、そんな声が聞こえてきた。

 底抜けに明るい声。


 何事かと、私は身を強張らせてカスターの影に隠れ、彼の暗紅色のケープを掴む。


 カスターは苦笑する。


「ディル、彼女が怯えている。

 話は座ってからだ。」


「え?誰かお客さん?」


 カスターの向こうから、黒い髪に金の瞳の子供が顔を出す。

 癖っ毛のようで、フードまでかぶっている黒いローブから、あちこちにはねた髪が飛び出している。

 地球ではありえない色彩のその瞳と目があい、私はびくっと背を跳ねさせる。

 カスターのケープを、ぎゅっと握った。


 不思議そうにするその子を促し、私の手を引いてカスターと、心配そうなリディアが宿の中に入っていく。


 宿屋は、入って正面に丈夫そうな木のカウンターがあり、奥は食堂になっていて、木のテーブルと椅子が規則正しく並んでいる。

 リディアが料理皿を運んでいるおかみさんらしき恰幅の良い女性に目配せすると、おかみさんは頷いて、奥のテーブルを手で示す。

 私たちはその席についた。

 ある一線を越えると、急に音が聞こえなる。

 目を丸くする私に、黒いローブの子どもが悪戯が成功したように笑いかける。


「驚いたでしょ?

 ここは特別席で、防音の結界が張ってあるんだ。」


 私が落ち着くのを見計らって、リディアが口を開く。


「こちらがわたくしたちのギルドの一員で、魔導師のディルです。」


「よろしくねー!」


 元気なディル。


「ところで、キミはなんていうの?」


「あら…。」


 リディアが声を漏らした。

 カスターも、しまった、と表情が物語っている。


 ディルは顔をしかめる。


「えっ、なに。まさか、まだ名前きいてなかったの!?

 うっわー、ひくわー。」


 椅子ごとずりずりと後ずさる。


「いやしかし、彼女にも事情があって、そのだな…。」


「うっかり忘れてしまっておりました…。」


 言い淀むカスターの言を、リディアがついだ。


「…碇田 瀾。」


「ええっと、どっちが名前?」


「瀾が名前。」


 ディルは輝くような笑顔になった。


「うん、よろしく、ナミ!」


 私はその手を取ろうとして…。

 手が止まった。

 なぜ、この子…ディルの指の間には、小さな(ひれ)が付いているのだろう。

 よく見ると、彼の耳も外側に向かうにつれて、黒い半透明な鰭になっている。


 宙に手を浮かせた状態で固まった私を見て、ディルは首を傾げた。


 リディアがそれを見て、思いついたように言う。


「あら、申し忘れておりましたわ。

 ディルは魚人族(マーマン)なのです。

 水と共にたゆたい、流れる流浪の民。

 鰭があるのは、そのためです。」


 ファンタジー種族…。

 しかも、あえてマーメイドではなく、第一遭遇がマーマン。

 微妙。微妙だ。


 ディルは私の困惑にお構いなしで手を握って、ぶんぶんと上下に振る。

 意味もなく楽しそうだ。


「ディル、ほどほどにしておけ。

 彼女は異世界人で、まだ混乱している。」


「えっ!!?」


 ディルはテーブルに身を乗り出す。

 瞳が輝いている。


「ねえねえ、異世界ってどんな世界から来たの!?

 授かったギフト、なに!?」


 私は、身を縮めて竦むしかなかった。

 この反応も無理はないのかもしれないけれど。

 ディルは好奇心旺盛なタイプみたいだから。


「…ディル、やめろ。

 落ち着くんだ。

 彼女が召喚された場所は、テンペランティア王城。

 保護したのは、水竜の棲家。

 ここまで言えば、お前なら分かるだろう。」


 カスターの重苦しい声が割って入る。

 ディルはすぐに私の身に何が起きたのかを察したらしい。

 はっとして黙り込んだ。


「…ごめんね。

 迷い人じゃなくて、召喚被害者なんて、思わなかったんだ。

 ただ、異世界のことに興味があって…。」


「召喚被害者?」


 被害者とは、どういう意味なのだろう。

 良い意味でないということは、声色から察せられるのだけれど。


 ディルは俯いたまま、無邪気な調子など欠片もなく、本の文章をただ(そら)んじるように語る。


「『召喚術は、神により抹消されし禁忌なり。

 呼び寄せること叶えども、帰すことあたわず。


 愚かなるヒトよ、忘るるなかれ。

 愚かなるヒトよ、禁忌に触れしその指先は。

 秩序の裁きを受けるであろう。』」


 ディルは顔を上げた。

 怖いくらい真っ直ぐな瞳だった。


「召喚被害者は、帰れない。

 もし帰りたいなら、自分が召喚された陣を解析して、自力で術式を構築するしかない。

 成功するかは分からないけど。

 でも、見た感じ無理だろうね。

 ボクには、君にかけられた隷属の鎖を解くことくらいしかできない。」


 そんな…。



 私は、動くことができなかった。





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