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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
かいらい教皇と光の国
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目覚める人々

 




 ダンジョンへと変貌を遂げた大聖堂を脱出してから、私とジークフェルは脱出した大司教たちと、光の国のギルドマスターを交えてギルドの2階で机を囲んでいた。


「それで、大聖堂に何が起きたのでしょうか」


 そう説明を求めるのは、光の国のギルドマスター、クレア。薄黄色のローブを着た彼女は、笑い皺のでき始めた顔に困ったような感情を浮かべていた。

 私は手短に伝える。


「リーデティアは偽物で、モンスターになりかわられてる」

「あらまあ。イヴァンから警告されてはいましたが……」

「イヴァン?」


 耳慣れない名前に私が繰り返すと、クレアは手を頬に当て、軽く首を傾ける。


「ご存知なかったかしら。水の国のギルドマスターですわ」


 水の国でディルを討伐してから私はすぐに光の国へ発ってしまったが、ジュンヤはギルドにきちんと報告をあげていたのだろう。ギルドマスターなら、ディルの目撃情報や同時期に現れた強力なモンスターとの関係性からそう思い至っても不思議ではない。


「そう。……報告があったなら、どうして無視したの?」


 クレアは躊躇いがちに答える。


「聖女がモンスターかもしれないというのは、ギルドとしても確証なしでは……軽々しく口に出せるものではありません」


 彼女は、ふぅと息を吐いた。


「モンスターというのは本当だったようですわね。困りましたわぁ、大聖堂が関わっているとなると……国の危機だとしても、わたしたちギルドが介入するわけにはいきませんでしょう?」

「そうですね。体裁というものがあります」


 ジークフェルが肯定した。


「体裁など気にしている場合か!」


 脳みそまで筋肉の男、もといネイオスが身を乗り出す。

 彼はダンジョン化の時大聖堂にいたらしいのだが、両肩にそっくりな二人の大司教を担いで独力で脱出してきた。剣を使うようだったから戦うのは得意だろうとは予想していたが、両手が塞がっていても足手まとい付きでダンジョンから一人で逃げられるとは、相当だ。


 ジークフェルはネイオスを宥めるように言う。


「もしここでギルドを頼れば、大聖堂は聖女の真贋も判断できずに内部にモンスターを引き込み、あげく後始末もできないと思われます。これでは民の心も離れるでしょう」

「それは……」


 ネイオスは勢いを失い、言葉に詰まると席に身を沈め直した。

 彼自身、中庭での聖女の豹変に衝撃を受けて放心状態だったのだ。大聖堂の外で彼にリーデティアがモンスターであると伝えると、たいそう衝撃を受けていた。


 コーネリアのジークフェルへの報告やネイオスの話によれば、ダンジョン化が起きた時、中庭ではこんなことが起きていたらしい。

 やはり激しい戦いで暗殺者も騎士も満身創痍になっていたところに、騒ぎを聞きつけたネイオスがやって来た。


 もともとネイオスはリーデティアに付き合って戦争をしたかったのではなく、『聖女様のご意向に従おう!』という至極単純な原理で動いていただけだったらしい。暗殺のことも知らされていなかったようだ。

 そんなネイオスが中庭の惨状を見て、『不届きものが侵入しているなら倒さねば』と考えるのは自然な成り行きだった。


 リーデティアたちがあそこまで人数を投入したのは、素早く目的を達してネイオスが関与する余地を奪う意味もあったのだろう。


 そうして騎士の優勢に傾いたところに、リーデティアが現れた。

 リーデティアは背中から明らかに異様な翼のようなものを生やし、それを操って暗殺者も騎士も無差別に潰して殺していったらしい。

「澱みは満ちた。わたくしはここから、全てを手に入れる」と言っていたのだとか。

 その直後にダンジョン化が起き、リーデティアは騒ぎに紛れて姿を消した。おそらく秘聖所に身を潜めたのだろう。


 ネイオスに救出された二人の大司教はというと、会議の席について顔を曇らせている。


「申し訳ないです。私たちが止められていれば……」


 以前の会議の時にはぼんやりしていた彼らだが、今は疲労が色濃いながらもはっきりとした意思を宿した面持ちでこの場に臨んでいた。

 彼らは、グリント一族のニンゲン。そっくりな顔立ちをしているが、片目が青いほうが兄のバーゼルで、髪と同じ黒に近い紫色の両目をしている方が妹のノラだ。主に内政や財務を担当していたと聞いた。

 リーデティアが密かに大聖堂の礼拝所で秩序の円環を模した偶像に魔法を仕込んでいるのを目撃して、そこから記憶が途切れているそうだ。油断していたところを精神操作系の魔法で支配されていたのだろう。彼らは頭は良いが戦闘能力は大司教の中で最も低いらしいから。


 ジークフェルは黙ってしばらく考えている様子だったが、やがて口を開いた。


「ナミさんとクロードに行かせましょう」

「わかった」


 私は最初から、リーデティアに会ってモンスターなのであれば討伐することが目的だ。

 クロードはこの場にはいないが、騎士であるからにはジークフェルの命令に従うはずだ。


 バーゼルは小さく挙手して言う。


「それでは、私と妹で秘聖所までの地図を用意します。本来なら部外者に教えるべきではないのですが、こんな状況ではそうも言っていられませんから」

「…………アナスタシア様とマリウス叔父様は大丈夫なのでしょうか」


 ノラが呟いた。黒に近い紫色の瞳は、不安に揺れている。


 アナスタシアともう一人の大司教である老人、マリウス・グリントは、いまだダンジョンから出てきていない。二人とも実力者ではあるため死んではいないと言われているが、それでも身内のノラは心配なのだろう。


 会議の結果、ギルドは様子見、大聖堂側はダンジョンから漏れるモンスターの討伐や住民の避難を行うことになった。

 コーネリアと二人、私はダンジョンへと足を踏み入れていった。





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