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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
かいらい教皇と光の国
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破滅の暁光

 




 5日目の夜は、予知の通り激戦になった。

 倒しても倒しても刺客が減らず、手加減が追いつかないで幾人か殺めてしまいそうになっては手を止め、私が怪我をすることもあった。

 辺りは死屍累々。

 司教や教兵、黒装束の暗殺者の他に、倒れた者たちの中には騎士の鎧姿も混じる。

 私の立つジークフェルの私室前の廊下も、白い石壁や床は煤の黒と血の赤でまだらに染まり、ところどころ破壊されている。


 相対するのは最後の一人、司教服を着た赤毛の女の刺客。この女が、送り込まれた中で一番の手練れの暗殺者だ。


 女は氷のような無表情で、両手に装備した鉄爪を振るう。

 私はそれを短剣で防ぐが、接近戦では分が悪い。重みのあるそれを受け止めるのは諦め、斬撃を逸らして後ろに跳び距離を取る。

 細い腕のどこにそんな力があるのかわからないが、女の攻撃はありえないくらいに一撃が重い。何かギフトでも持っているのかもしれない。


 詠唱をする暇も与えられず、私が競り負けるのも時間の問題だ。

 私には、時間を稼ぐことしかできない。

 ……そう、時間を稼ぐことしか。


 しばらく(しの)いでいると、次第に刺客の動きが鈍ってきた。やがて女は爪を空振らせ、そのまま膝が折れて地面に倒れ、喉を押さえて動かなくなる。


 私は彼女が本当に気絶しているのを確認してから、戦い始めてからずっと使い続けている魔法を解除した。

 その魔法は、『風牢(フウロウ)』。私が構築した魔法だ。


 対象の体の周囲に空気を通さない風の牢を作ることによって、内部の酸素は目減りしていき、相手はじきに窒息する。もっとも対象が違和感に気付いて風魔法を使えば破られてしまうし、倒れるまでしばらくかかる。しかも、私の論理魔法の才能では一度に一人しか対象にできない。

 それでも大概の相手を無力化できるくらいには有効だが。


 そもそも、私には魔法の才能がなさすぎるのだ。

 最高峰の魔術師の一角であるディルに師事されてなお、各属性一つずつの魔法を覚えるので精一杯だった。

 論理魔法は、現象の仕組みを理解して不足した要素を魔力で補い、それを再現する技術。私はその魔力を要素に変換する際の効率がとんでもなく悪い。


 魔法の構築や現象の理解は、科学の進んだ世界から来ている以上できる。だが、魔力を使って現象を起こすのは、豆電球に光を灯すのにも似ている。

 電池はヒト、電気は魔力、そして豆電球が光るというのが魔法。私の場合、銅線が銅ではなくもっと電導率の悪い物のような感じだ。


 すぐ近くの窓に目を向けると、空が白み始めているのが見えた。夜が、明けるのだ。

 ジークフェルの予知では今日中にリーデティアが現れるはずだったが、結局そうはならなかった。


 ジークフェルにどういうことか尋ねようかと思ったその瞬間、空気が変わる。


 急速に、静謐な廊下の隅から黒い靄のようなものが立ち込め、瞬く間に広がっていく。この靄には見覚えがあった。……ダンジョンの周囲に立ち込めているものと、よく似ているのだ。


 私が急き立てられるような感覚を覚えてジークフェルの私室の扉を跳ね開けると、彼はすでに白いローブを着て、リディアとそこに立っていた。


「ナミさん」


 ジークフェルが何かを言いかけると、私の後ろから割り込むようにしてクロードが入室する。


「ジーク様、ご無事ですか!?」


 息を切らした彼の顔は、青白い。ジークフェルは彼を一瞥して答える。


「僕は無事です。それよりもコーネリア、状況を報告してください」

「は、はい。大聖堂はダンジョン化し、モンスターが出現。中庭にリーデティアが出現したとクロードから報告が入っています」


 ダンジョン化? あの黒い靄はやはりダンジョンのものだったのか。でも、なんで急に…………。

 ヒトが住んでいるようなところがダンジョンになるなんて、聞いたこともない。まして、ダンジョンが発生する条件は黒い靄……『澱み』と呼ばれているものに関係があるとしかわかっていないのに。


 ジークフェルは冷静に、クロードに命じる。


「……各所に連絡。騎士は非戦闘員を補助し、出口へ誘導。クロードにはここへ向かうよう伝えてください」

「はい」


 クロードは部屋の隅で魔法を発動させた。連絡用のものだろう。

 ジークフェルが私に向き直る。


「ナミさん、最悪の事態が発生したようです」

「そうみたいだね」


 大聖堂がダンジョン化するなんて、まさに最悪だろう。


「いえ、ナミさんの思っているような意味ではないかと思われます。僕の予知にかからなかった未来が訪れたのです」

「どういうこと?」

「僕は生き残りますが、この未来ではおそらく秩序真教が滅亡します」

「それは……まずいね」


 (いち)宗教が滅ぶだけならそう問題ではない。まずいのは、それが秩序真教だということだ。

 秩序真教の中心である大聖堂は、光の国を統治している機関。なくなればかなりの混乱が起きるだろう。

 国が乱れるのは優に想像ができる。

 この世界のニンゲンはいくらでも死ねばいいと思っているが、それをやるのがリディアもどきだというのは気に入らない。


「リーデティアは聖女です。聖女が乱心し、大聖堂がダンジョン化。間違いなく秩序真教の権威は失墜し、それと共に光の国は崩壊するでしょう」

「リーデティアはどこに?」

「報告待ちになります」


 クロードは伝達を終えたのか、私たちの会話が途切れると声を上げた。


「伝達終了です。ジークフェル様、クロードが来たらすぐに避難を」

「わかっています」

「……ディルの」


 漏らした呟きに、クロードとジークフェルの視線が集中する。

 私の頭には、水の国でのことが引っかかっていた。


「ディルの時も、そうだった」

「何が、ですか?」


 ジークフェルの問いに、私は答える。


「ディルの時も、『特別な場所』がダンジョン化してた」


 二人の表情が、硬くなる。


 嫌な予感が、した。

 背中のすぐ後ろに、死神が鎌を突きつけているような。

 そんな感覚が。




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