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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
かいらい教皇と光の国
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陽、あたらぬ場所で

 





 老人はリーデティアに目を向けた。


「聖女よ、神の声は秘聖所に届かんのか?」

「ええ。わたくしには語りかけてくださる気配がありませんわ。教皇はどうですか?」


 ジークフェルは、怯えたように肩を震わせた。


「ぼ、僕はよくわかりません。皆さんのお心にかなうように取り計らってください」


 弱々しく答える声は、いつもとはまるで別人だ。素がこっちだとは思えないし、演技なのだろう。

 傀儡とは言っていたが、つまりこういう場で出しゃばったら始末されかねないということ。彼は文字通り、『いればいい』のか。


 ともあれ、神の声が比喩ではなく実際に聞けるものであるのはわかった。話しぶりから、聖女や教皇なら聞けるもののようだ。後でジークフェルに訊いてみようと、心に留める。


「神よ、なぜ……」


 リーデティアは悲しげな表情を見せ、会議室の高窓を見上げた。高窓には光に透き通る赤、青、黄、緑──色鮮やかにステンドグラスが輝いている。モチーフは、穏やかに微笑む尼僧服の女性だ。瞼は閉じられ、跪いて秩序の円環にステンドグラスの中で祈りを捧げている。その服は白が基調だが、リーデティアの着ているローブのように随所に装飾があった。


 老人は咳払いをし、まとめた。


「アナスタシア、神が応えてくださらない以上、(ぬし)を筆頭とする奉仕所が頼みだ。罹患者(りかんしゃ)の共通項を探るとともに、治療法の模索を続けるように」

「わかっているわ。ワタシも神の僕なのだから……」

「議題はこれで出揃った。解散としよう」


 老人がそう言い、席を立つ。

 続けてネイオスが

「やっと終わったか!」

 と、げっそりしつつも嬉しそうに一目散に部屋を出て、解散の流れになる。



 ジークフェルと一緒に私も退室し、彼の私室に戻って来た。

 彼は机について私にも椅子を勧めると、会議のときの気弱な様子を拭い去って言う。


「これからが本番です。しばらく静かにしていてください。面白いものが聞けますから」


 しばらくすると、不自然な耳鳴りがしてくる。甲高いそれが波が引くように収まっていくと、入れ替わりに声が聞こえてきた。ここにはジークフェルと私以外には誰もいないのに、すぐ近くで話しているように聞こえる。

 声はさっき会ったばかりの5人の大司教のうち、2人──アナスタシアと老人、それにリーデティアのものだった。


「ここまで上手くいかんとは、計画を修正せねばならんな」

「あのボクがここまで生き残るなんて、偶然じゃありえないわ。そういえばお付きが変わっていたし、あのコのおかげなのかもしれないわね」


 一拍おいて、リーデティアの声が答える。


「彼女は、Aランク冒険者。【潜水者の街】のナミです」

「それって同じギルドだったのよね……? どうしてあのコ、あっちに味方してるのかしら?」

「なぜでしょう、私は存じません。ですが、教皇についているのは確かなようです」

「まあ、戦争を起こそうというものに協力したくはないということなのやもな。儂らの計画そのものも、綺麗とは言い難い」

「そうね。教皇を暗殺しておいて他国に罪をなすりつけ……民意を煽って、戦争の名目にしようというのだもの」


 傀儡なんていてもいなくても同じ。地位は高いし、中身はともかくジークフェルは外見は子供だ。民衆の怒りを煽るにはちょうどよかったのかもしれない。なんにせよ、胸糞悪い話だ。


「暗殺者を増やし、それでも無理ならわたくしが出ます」

「こんなところで神聖魔法を使えば、真っ先に秩序真教内部が疑われるわ」

「いいえ、他にやりようはあります。大丈夫ですわ」

「そう。……惜しいわね、あのナミってコ、ちょっと可愛かったのに。こんなことじゃなければ、ワタシのコレクションにしたいところよ。……ねえ聖女サマ、あのコだけワタシに譲ってくれない?」


 話の雲行きが怪しくなってきた。だが、聞かないわけにもいかない。

 あの熱心な視線の意味は警戒か敵意と思っていたが……まさかこういう意味だったとは。


「彼女はあれでAランクですわ。アナスタシアの手に負えるとは思えません」

「一人くらいすぐに調教できるわ。いいでしょう、リーデティア?」


 いいわけあるか。

 強請るような口調がわざとらしい媚びを感じさせ、悪寒と鳥肌が私の体を襲う。

 アナスタシアはもう生理的に無理だ。この瞬間に、私の中でアナスタシアは最上級危険人物に位置付けられた。

 ……そしてリーデティア、まさか許可したりしないよね?


「彼女の力は危険。計画に危険分子を許容できません」


 幸い、リーデティアはそう言って拒否した。偽物とはいえリディアの声で「あげますわ」などと言われたら、しばらく立ち直れなかったかもしれない。

 衣擦れの音がする。リーデティアが動いたのだろう。


「わたくしは、全部ほしい。美しい財宝も、何をも統べる権力も、圧倒的な力も。全てはわたくしに献上されるべきなのです。わたくしは……世界が、欲しい!!」


 次いで聞こえるのは、数人の足音。密談はこれで終わりのようだ。

 ブツンと何かが切れるような音がして、そこで声は聞こえなくなった。


 ジークフェルが机の上の、幾何学模様の彫られた銀のベルを鳴らす。内扉が開き、いつもの女性とは違うヒトがお茶を運んできた。金髪をサイドテールにした少女が茶が淹れると、ジークフェルは下がるように命じた。そして、彼女がいなくなったところで紅茶を口に運ぶ。


 私は彼がカップを置くのを待って、口を開いた。


「今のは何?」

「コーネリアのギフトで、大司教の一人の聴覚を共有しました」

「コーネリア?」

「まだ名乗らせていませんでしたか。いつも茶を出したりしている司教です」


 栗色の髪をシニョンにした女性のことか。

 私は紅茶を一口飲み、次の疑問を口に乗せる。


「こっちから仕掛けることはできないの?」


 リーデティアの攻勢はこれからさらに強まる。護る一方では、不利だ。

 もとより戦いは攻めるより守る方が難しい。ギルドでも、討伐クエストの方が人気があるが報酬が高くより困難なのは護衛クエストだ。


「不可能です。リーデティアは普段は秘聖所に閉じこもっています。秘聖所は本来、教皇が神に祈りを捧げ、その声を聞くための秘された礼拝所なのですが……僕は場所を知らない」

「教皇のための場所なんでしょ?」

「ええ。ですがもう何代も前から形骸化していて、神の声など聞こえていません。5人の大司教のうち老人がいたでしょう? 彼のグリント一族が代々秘聖所を教皇に継がせてきているのですが、彼は苛烈な性格で。神の声も聞こえぬ傀儡に、教えてくれる謂れはないと」




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