水竜討伐
街やキャラ名は、それぞれが担当している七つの美徳あるいは対をなす七つの大罪からとっています。
あれから1晩が過ぎて、太陽は頭上に差し掛かっている。
なんとかまだ生きてはいるが、精神力は限界に達しており、気力だけで死霊を操っているのが現状だ。
水竜と私の実力の差は歴然だったけれど、私がここまでもったのはひとえに、私が死霊術師だからだ。
死霊術師の操る死霊は死なない。
さらに、一度倒されても死霊の現実への影響力がなくなるだけで、もととなる怨念や死霊自体はその場に残る。
つまり、この世界における死霊術師の持ち味は使い捨ての実体化させた死霊による物量戦。
魔力が尽きない限り、死霊を使役し続けられるのだ。
それさえも尽きたとき、私は死ぬだろう。
水竜に食われて。
動きの悪くなってきた隙をつかれ、私は水竜の尾による薙ぎ払いを直に受けてしまう。
木の葉のように私の体はきりもみして、2度3度地を跳ねてからようやく止まった。
顔を上げると、そこには私を見下ろして大きく口を開ける水竜が。
鋭い牙が、ぎらりと凶悪に輝く。
…こんな所で終わりなの!?
まだ、まだ復讐もしていないのに…!
怒りとともに諦観を感じたその時。
どすっという重い、肉を切り裂く音とともに、水竜は縦に真っ二つになった。
青みがかった血飛沫が飛び、私の体をまだらに染める。
腐った水とヘドロを混ぜたような悪臭に、反射的に腕で顔を庇った。
「……っ!?」
そこに立っていたのは、白銀の鎧に身を包んだ人間だった。
振り下ろした長大な剣を、食い込んだ地面から抜いて一振りし血を飛ばすと、背の鞘に納める。
新手かと警戒する私にその人物は近付き、鎧のフェイスガードをあげた。
若い、20代半ばほどの金髪の男性だ。
彼は私の様子を見て怯えていると勘違いしたのか、手を差し伸べて、言う。
「私はギルド『潜水者の街』のリーダー、カスターだ。申し訳ないが、事情を説明してくれないだろうか、若き死霊術師よ」
私がその手をとらずにカスターと名乗った彼を睨んでいると、カスターの後ろから白く美しいローブを纏った桃色なんてあり得ない髪色の女性が現れる。
客観的に見て儚い美しさを感じさせる顔立ちながら、私はそれに対して何の感慨もいだけなかった。
敵か見方か。
見極めるため、こっそりと動向を伺う。
女性は、カスターに話しかけた。
「カスター、彼女は……?」
「ああ、どうやら生き残りのようだ。事情を尋ねたのだが、どうも怯えられてしまったらしい……」
困ったように説明するカスター。
女性は頷くと、私に向き直る。
「わたくしはリディア。どのような事情があったかは存じませんが、せめて怪我くらいは治療させてください。特にその左腕、どうなされたのですか? 剣による裂傷と見受けますわ」
親切ぶっても所詮こいつらも同類だ。
どうせ事情を知れば、城に突き出されるだろう。
後で信頼してから裏切られるくらいなら、最初から全部ぶちまけてしまった方がまし。
私は怒りを込めて叫ぶ。
「この国の王にやられたんだよ……! あいつらが召喚しやがったのに、私が無能だからいらないって! 水竜のエサにでもしろって……!!」
二人は息を飲んだ。
「貴殿は異世界人だったのだな……。すまない。悪いようにはしない。ついてきて欲しい」
カスターが頭を下げる。
「……あんたたちは、私の敵?味方?」
「味方かどうかはわかりません。ですが、敵でないことは確かです」
リディアが静かに言う。
私は彼らについて行くことにした。
どうせ行き場などないのだ。
なら、せめてあのクソ王と違って保護する意志はありそうな彼らと同行する方が良い。
彼らは道中親切だった。
カスターはモンスターが出るとすぐに危なげなく倒してくれたし、リディアはこの世界のことや死霊術のことを教えてくれた。
この世界はナナツヨと言って、1つの大きな大陸に7つの国が分かれて存在しているらしい。
どの国も乱れ切っており、私が呼ばれたのは特にタチが悪い国だった。
貴族と平民が互いに協力して暮らしていたのは過去の話で、今となっては貴族が責務を忘れはて、民は搾取され苦しんでいる。
私はまだ幸せな方だそうだ。
下手に有用な能力を持っていると、一生国の奴隷として酷使され、死ぬまで使い潰されることも珍しくないと聞いた。
あの国ならやりかねないと思う。
逃げようとしても、帰還を盾に取られ、また、召喚陣に仕組まれた細工によって裏切りも防止されているらしい。
その際、私の帰還は専門家ではない彼らにはわからないと、申し訳なさそうに言われた。
仲間に魔導師がいるので、後で会わせるから、彼に尋ねると良いだろう、とも。
私の身柄は彼ら預かりとなり、私はあそこで水竜に食われて死んだことにすることが決まった。
よくわからないけれど、私にもしかけられた厄介な隷属させるための魔法は先ほど言っていた彼らの仲間が解除してくれるそうだ。
この世界を憎む私に彼らは、憎むのを否定はしないけれど、もっと世界を知ってほしいと言った。
私にとっては醜いだけの世界かもしれないけれど、それだけではないと。
正直、この憎しみは消えないし、消すつもりはない。
ただ、それを受け入れたのは、そう。
多分、彼らと同じ景色が見たかったのだと思う。
彼らが守る、この世界を…。
彼らが見るのと同じ景色の美しさを、私は見てみたかった。
裏ぎられることへの不安は多々あるけれど、もしそうなったら、こちらから寝首をかいてやれば良いだけだ。
せいぜいこの世界の常識を学ばせてもらうとしよう。
帰る方法が見つかるかもしれないし。
私は前を行く2人の影で、ひっそりと笑った。
これも教わったことなのだけれど、彼らは名乗った通り、『潜水者の街』というSランクギルドのメンバーなのだそうだ。
特色として、決して同じ"職業"の人間がおらず、各々がその道の最高峰だと言っていた。
メンバーは現在6人で、ギルドマスターはあの、水竜を斬ったカスターという聖騎士。
サブマスターは、ここにはいないため、後で紹介してくれるそうだ。
サブマスターの職業は吟遊詩人だと言っていた。
このようなことに始まり、様々な知識を与えられた。
例えば、お金。
これは十進法をとるのが基本で、どの国の通貨かは刻まれている紋章を見れば良い。
銅貨、青銅貨、鉄貨、銀貨、金貨まではそれで済む。
但し、その上、国家規模でもなければお目にかかれないという、聖金貨、魔石貨、精霊鉱貨は別で、いずれも金貨100枚が各々に相当する。
国ごとの金属の差別化が紋章だけでは、戦時に自国の鉱貨が鋳融かされて武器にされるのではないかと尋ねたところ、貨幣は全て一つの機関が、その国から金属を受け取って、その分に限り鋳造しているのだと教えられた。
紋章に魔法がかかっており、自国の資格ある職人以外には、融かすことすら不可能なのだと。
……無駄にハイテクノロジーだ。
微妙な表情をしてしまった。
他に、距離、重さなどは差がないことも分かった。
文字と言語に関しては体系からして異なるのだが、不思議なことに通じている。
意味が頭に同時に入ってくるし、話す時も無意識に翻訳して喋っているようだ。
意識すれば、日本語も変わらず話せる。
言語くらいは持っていられて、胸を撫で下ろした。
何しろ身一つで召喚されたため、身につけていた服と、記憶しか元の世界に繋がるものがないのだから。
弱った私に気を使った、ゆっくりとしたペースの移動もそろそろ終わる。
もうじきだと励まされ、私はカスター、リディアと共に、私を召喚した国であるテンペランティアのはずれの町へと足を踏み入れた。
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