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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
かいらい教皇と光の国
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夜に隠れる者

 






 その日から、私の護衛生活が始まった。表向きは聖王の客として滞在しているものの、やっていることは朝から晩までジークフェルにくっついて、戦闘戦闘また戦闘。


 特に、夜になると群れをなしてやってくる刺客には閉口する。ジークフェルによれば、リーデティアに抱き込まれた5人の大司教をはじめとして、彼を邪魔に思っている秩序真教関係者や権力者たちが送ってくるらしい。

 聖職者だというのに暗殺者を雇っていいのか。


 私はレベルだけでいえば高位の冒険者だが、単体での戦闘力は高くはない。一人では大勢の暗殺者すべてを返り討ちにするのは無理がある。けれどそこは、彼も教皇だ。護衛体制はしっかり整っていて、近衛騎士団もあるらしい。

 私の仕事は彼らの撃ち漏らしの片付けや、彼らでは叶わない敵の相手とのことだった。


 私は依然として必要がなければ極力死霊を使わない。だが、ジークフェルは彼のギフト、あるいは洞察力で何か察しているのか、そのことに対する苦情は言わなかった。

 素直に、ありがたいと思う。

 私の職業(クラス)を知っていれば、そこは責められると思っていたから。


 そうして護衛二日目の夜。

 ジークフェルの寝室の前で詰めていると、廊下につながる扉が慌ただしくノックされた。次いで、切迫した声がかけられる。


「すみません、至急応援願います!」

「何? 私がここを空けるほどなの?」

「はい、なにぶん……」


 私は話が終わるのを待たず、短剣を力いっぱい扉に投げつけた。黒い切っ先が繊細な彫刻の施された厚みのある扉に深々と突き立ち、向こうからくぐもった声が漏れる。

 重い扉を開き、私は静かになった廊下へ出た。


 教兵が一人、息絶えたかのように扉に寄りかかっている。短剣は狙い通り、扉ごと肩に刺さっていた。

 死んではいないようで、少し安心した。そこまでの覚悟は、まだないから。

 本来なら魔法を使いたいところだったが、相手は暗殺者だ。発動を知覚されてしまう可能性があり、それはできなかった。代わりに事前に短剣に麻痺毒を塗ってから投擲したとはいえ、一発で無力化できたのは運がいい。


 扉の内側から、短剣を引き抜く。


「予知能力がある相手に何したって、対策されるに決まってるでしょ」


 動けない相手に告げるも、無意味だ。

 ジークフェルの予知によれば、こいつは教兵に変装した暗殺者らしい。まあ、いきなり夜に、主の護衛に持ち場を離れるよう言う時点で怪しすぎるが。


 しかし、変装しているとはいえ敵がここまで侵入できるということは、他の護衛が苦戦しているのかもしれない。


 ジークフェルの予知は、彼が見たいと望んだことだけしか見られない。つまり、『自分が明日死ぬかどうか』を予知した場合、彼自身の危機は見えても離れた場所の護衛の様子まではわからないのだ。

 他にも、未来の様子は映像として頭に浮かぶだけで、音声はないらしい。よって、音から判断することも不可能。また、1日の発動限界まであるのだとか。

 便利だが使い勝手はよくないギフトだ。


 廊下に立っていると、外から剣戟と魔法によると思われる破壊音が聞こえてくる。

 この様子では、ここまで突破されはしなくても、護衛が消耗するかもしれない。……護衛が消耗する、すなわち今後の私の仕事が厳しくなる。


「……やむを得ない」


 私はポーチから紙包みを一つ取り出し、魔力を注いだ。


「『来たれ』」


 紙包みが燐光を発して手を離れ、リディアが現れる。優しかった顔を無表情に、白かった肌を蒼白に変えて。


「……リディア。この部屋の中で、奥の教皇を守って」


 リディアは静かな足取りで部屋の中へと入って行った。内部で魔法が行使される気配を感じとってから、私は扉を閉め、激しい争いの音を辿って歩いていく。


 行き着いたのは中庭だ。

 壮麗な生垣やアーチに紛れるようにして、無骨な鎧姿の護衛と、黒装束や侍女服のニンゲンたちが戦っていた。

 咲き乱れる花々も、踏みつけられて花弁や茎が潰れているものが各所で見受けられる。


 護衛たちは押され気味で、幾人かは倒れていた。

 私は生垣に身を潜め、なるべく気配を絶ちながら激戦区に近付いていく。しかし、リーダーらしき侍女服の暗殺者に気付かれたようだ。


「何者だ!?」


 暗殺者というだけあって、気配察知は必須技能なのだろう。鋭い声とともに、投げナイフが飛んで来た。こちらを見もしないのに、ナイフは正確に膝立ちになる私の心臓を狙っている。


 回避できなくはないが、多少当たっても小型のナイフだから問題はない。私はナイフが急所を外れる程度に最小限だけ身を捻り、短剣を握る。意識を集中し詠唱、論理魔法を発動する。


「……『火矢(カシ)』」


 小さな赤色の魔法陣が抜いた短剣の先に浮かび、数本の燃え盛る矢を射出する。リーダーの暗殺者がそれらを軽々とかわす一方、私の肩を投げナイフがかすめる。


「……っ」


 たいした怪我ではない。それに……。

 リーダーの暗殺者が私の魔法を避けたため、隙ができた。対峙する護衛はそれを見逃さず、剣でリーダーの暗殺者を斬りつける。暗殺者は地面に倒れ、動かなくなった。


 リーダーが倒れたことで、形勢は変わっただろう。

 だが、まだ戦闘は続いている。他の護衛の補助に回るため立ち上がろうとした瞬間、私の視界が回った。伸ばしかけた膝が折れ、地面に跪く格好になる。側の生垣に手を伸ばして体を支えると、棘のある植物が植えられていたのか掌に痛みを感じた。


 肩の傷が、今更になって痛む。心臓の鼓動に合わさるように、じくじくと。

 ……ああ、そうか……毒だ。モンスター以外の相手なんかしたことがないから、油断していた。

 みんなといた頃なら、こんなのリディアが、すぐに治してくれたのに……。


 私が意識を失うか死ねば、私の魔力で実体化している死霊は消えてしまう。ジークフェルを護るリディアも消え、守りががら空きになる。

 持ち場を離れるべきじゃなかった。

 どこかで私は驕っていたのだろう。自分は暗殺者になど負けないと。だが、そう。私は【潜水者の街】にあっても、みんなより弱かったじゃないか。

  あの魔女にも…………。

 

 暗殺者のリーダーと戦っていた鎧姿の護衛が近づいて来る。私は痛みで意識を保つため、生垣を棘ごと強く握った。動きが悪い唇を、無理矢理に動かす。


「……教皇、部屋。早く」


 そう言ったところで、私の視界は暗転した。







主人公がいきなり殺るのは不自然だと思い至ったので、改稿しました。すみません。


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