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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
かいらい教皇と光の国
38/98

若き教皇

 




 通されたのは綺麗な応接間だ。

 華美ではなくとも品の良い家具が並び清潔に掃除が行き届いた室内は、とても好感が持てる。主に、テンペランティアとは真逆という意味で。


 私を案内した少年は、リーデティアを呼んでくると言って、出て行ってしまった。

 布貼りの椅子に座り、リーデティアを待つ。無意識のうちに、私の手はローブの奥に仕舞われた、紙包みを触っていた。


 リディアの桃色の髪。紫の瞳は柔らかく微笑み、いつだって優しさでいっぱいだった。

 ──私はまた、ディルにしたように、あの顔のモノを攻撃しなくてはならないのだろうか。


 嫌悪と忌避がせり上がるなか、入り口の扉が開き、白いローブの少年が一人、室内に入ると綺麗な礼をした。

 私を案内したのとは別の少年だ。


「リーデティア様は別室でお待ちです。どうぞ、ご案内いたします」


 少年は扉を開き、私を先導して歩いていく。白い石造りの大聖堂の造りは開放的で、螺旋模様の彫り込まれた円形の柱や、それに支えられる壁がなく庭の中を歩くような構造の回廊があったり、また、開け放たれた天窓も多い。


 たいがいの部屋は閉まっていて、一人もすれ違うニンゲンはいない。

 内部は外から見えた以上に広く、だいぶ歩いたと思ったのになかなか目的地には着かない。リーデティアは聖女らしいから、いる場所も奥まった厳重に警備された場所なのかもしれない。


 いくつもの角を曲がり、時には何かの魔法を感じる通路を通過し。少年は最終的に、繊細な翼や鎖の円環の彫刻の施された、芸術品のような扉の前で止まった。


「こちらへどうぞ。リーデティア様は所用で遅れるそうですが、まもなくいらっしゃるのでこちらでお待ちいただくようにと言付かっております」


 少年が開いてくれた扉をくぐると、そこは応接間とは比較にならないほどの部屋だった。やはり派手ではないが、上品で落ち着いた部屋は、主人の趣味の良さを物語っている。

 少年に勧められるままに椅子に座ると、少年は部屋の隅で控えるかと思いきや、対面に腰を下ろした。

 頭を掠める違和感。


 そして、この部屋に何らかの結界が張られるに至って、違和感は一瞬で不審に成長する。

 警戒を高める私に、少年は苦笑を漏らした。


「そう警戒しないでください、ただの防音結界です」

「何の真似? リーデティアに会えるんじゃなかったの?」


 短剣に手をかけながら問うと、少年は感情の見えない笑みを浮かべて言い放つ。


「あれは嘘です。リーデティアはここには来ません。もっとも、応接間で待ったところで来るのはリーデティアではなく暗殺者でしたが」


 笑顔のままに、自分の発言を嘘だと言い切る厚顔さ。

 密室でここまで堂々とできるからには、自分には危害を加えられないという自信があるのだろう。

 少年への警戒レベルが、一気に最高まで跳ね上がる。


 少年が机の上の、幾何学模様の施された銀色のベルを鳴らす。すると内扉で繋がった隣室から、人間の女性がトレイにティーセットを載せてやってきた。白いローブには、秩序真教の聖職者である証、秩序の円環が刺繍されている。

 ティーカップと茶菓子が並べられ、紅茶がカップに注がれていく。紅茶は香り高く、最上級の品質を窺わせる。茶菓子は繊細なケーキで、菓子というよりは細工物という方がしっくりくるような出来だ。

 メイドが仕事を終えて部屋の隅に控えた。

 少年はカップを手に紅茶で口を湿らすと、よどみなく話し始める。


「僕は、リーデティアが偽物でありモンスターであることを知っています。おそらく、あなたと同様に。そして、ナミさん。あなたが応接間に残っていたら、暗殺されることもわかっていました」


 後半はともかく、前半については心当たりがある。しかし、少年がそれをどうやって知ったのかは不透明。

 私に不利なこの状況では、会話を試みて情報を集めるのが最良だろう。


「どうしてリーデティアがモンスターだと?」

「僕のギフトは、【未来予知】ですから」


 なるほど、ギフトは多種多様だ。未来予知なんてギフトがあれば、そのくらいわかるかもしれない。

 ……少年の言葉が事実なら。

 探るように見据える私の視線にも、少年の青い瞳は怯みはしない。


「僕はリーデティアを暗殺し、彼女の企てることを回避したい。そのために、協力してください」

「リーデティアの企てること?」


 少年はカップを置き、これ以上なく真剣な面持ちで答えた。


「……戦争です」


 ……戦争?

 一個人でできるようなことではないが……。私はすぐに思い直す。

 その常識はここに限って通用しない。リーデティアの身分は聖女。ここ光の国リベラリタスでは、神に次ぐ権力者だ。

 朧げながら、目の前の少年の正体がわかった気がする。『聖女』と同程度の地位で、その企てを察知し、しかも阻止しようなんて思えるのは──。


「あなたじゃ抑えられないの、教皇様?」


 少年は私のハッタリを否定も肯定もせず、読めない微笑で受け流す。

 見た目は10歳そこそこなのに、こういう技術は卓越している。私には、その真意を読み取ることはできない。


「僕は、大司教の傀儡。実権のないお飾りにすぎません。ただギフトが強く有用だというだけで祭り上げられた存在です。ですが……皮肉なことに、大司教たちがリーデティアにおもねり僕を蔑ろにし始めたおかげで、僕にも動くことができるようになりました」


 少年は言葉を切り、目を伏せた。銀色の髪に隠れ、顔が窺えなくなる。

 もっとも、それが見えていたところで私に少年の内心を見通すことは不可能だが。


「僕のギフトは未来に起きることを、ある程度任意で見ることができます。僕はこのままだと、5日後の夜にリーデティア本人に殺される。あなたは僕が生き残り、そしてリーデティアを討つのに必要な因子なのですよ」


 少年は瞳に年不相応な知性と打算を潜ませ、私を見た。淡々とした機械的ともとれる口調で、彼は提案する。


「ナミさん。僕、教皇ジークフェルと、取引きをしませんか?」

「……取引き?」

「はい。あなたがリーデティアを訪ねた目的は、彼女の殺害なのではありませんか?」


 図星を当てられて反応しそうになる顔の筋肉を、意志の力で抑えつける。

 しかしそれも、ジークフェルには見透かされてしまったらしい。


「取り繕う必要はありませんよ。唐突に煌都に戻る、豹変した聖女。それを追い面会を求めるあなたは、何故かギルドメンバーも連れず一人で、『確認したいことがある』と言っている。予知で『モンスターに変化したリーデティアと戦っていた』ことから、聖女の味方というわけでもない」


 少年の淡々とした分析が、結論へと辿り着く。


「僕がここから導いた答えはこうです。『リーデティアはモンスターになり変わられた偽物』で、『すでに本人は死亡もしくは拘束下にある』。『本物の彼女の仲間だったナミ』は、偽物を殺害……いえ、『討伐するために追ってきた』」


 こうなれば、否定するのも無意味だ。


「……正解だよ。補足するなら、私はリーデティアがモンスターなのか、確信まではしていないけど」


 限られた情報から、ここまで真実を再現できるとは想像もしていなかった。

 彼を見た目通りの子供とは思わない方がよさそうだ。


「取引きの条件は?」

「そうですね。今日から6日間、あなたは僕を暗殺者とリーデティアから護衛する。僕は期間中、あなたの衣食住を保証する。……これでどうですか?」


 リーデティアに会うには、どのみち大聖堂に潜り込む必要があった。正規の方法で会うのは難しいし、相手が権力を持っている以上、顔を見る前に私自身が排除される危険も高い。

 さらに、権力という武器を使って来るなら、食事に毒を盛ったり暗殺者に寝込みを襲われることもありうる。私はあくまでも冒険者だから、襲ってくる暗殺者を撃退できたとしても搦め手には対処できない。


 一方この話を受ければ、数日後確実にリーデティアに会える。ジークフェルは教皇というのだから、暗殺者の手口への対策は慣れているだろう。


 初対面である彼を信用できるかといえば否だが、それを補ってなお余るほどの条件だ。不安もあるけれど、もし彼の話に嘘が含まれていれば期間中にわかるだろうし。

 様々な可能性を検討したうえで、私には頷く他なかった。


 交渉が成立したというのに、ジークフェルは眉ひとつ動かさない。まるで全て分かっていたような顔。

 ふと、好奇心に駆られて尋ねる。


「これも予知の範囲内?」

「どうでしょう」


 感情もなく言う少年は、傀儡だったなど嘘に思える。

 それくらい、施政者向きだった。





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