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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
へなちょこ冒険者と水の国
35/98

交わらぬ流れ

 



 彼女の言葉を頭の中で精査する。『言わない』のでなく、『言えない』。しかし、大精霊の言動を制約できる存在なんて思いつかない。


「言えないってなんでだよ? 何か知ってるなら教えてやればいいだろ」


 ジュンヤが不愉快そうにそう言うと、水の大精霊はどこか悲しそうに(かぶり)を振った。


「大精霊とて、制約はあるのじゃ。むしろ大精霊だからこそ、並の精霊よりも強い制約が課されておる。……今代勇者よ、名を」

「……碇田(イカリダ) (ナミ)

「イカリダナミよ、汝の旅路に祝福を。妾は水の大精霊カリエラ。水の国を守護し、神より生み出されしもの。【ナナツヨ】を廻すものの一つ。……汝に三柱(みはしら)の神の加護があらんことを」


 カリエラは硝子細工のように儚く透明に微笑み、一瞬で姿を消した。

 同時に、ビキビキという不穏な音が聞こえてくる。


「おい、まずいぞ! 湖が!」


 足元の凍った湖が、底からひび割れていく。亀裂はどんどん増えていき、やがて濃密な水の匂いが漂ってくる。


「これは……溶けてるんだね」

「冷静に言ってる場合か!? おい、早く岸に戻らないと沈むぞ!」


 ジュンヤに続いて岸に戻ろうとすると、何か氷上に青いものが転がっているのに気付いた。ちょうど『ディル』の遺骸があったところだ。確認すると、掌ほどの青い結晶が転がっている。

 私はそれを掴むと、底の方から融解して不安定な湖を走り抜けた。


 湖は私の眼前で見る間に氷から水に状態を変えていった。赤黒かった氷は溶けたところから濾過(ろか)されたように、綺麗なアクアブルーへと色を変えていく。水底の岩の形まで透けて見える透明度は、かつてカスターたちとここを訪れた時と同じだ。

 あの時よりもさらに清浄な雰囲気すらある。


「危ねえ、逃げ遅れたら地底湖で溺れ死んでたな……」


 呟き、ジュンヤは私に声をかける。


「ナミ、さっき何か拾ってたみたいだったけど何かあったのか?」

「うん」


 手の中の結晶を観察する。そう大きくはない、だいたい高さ10センチくらいの細長い結晶。色は深い青色で、光の加減ではやや黒味がかっても見える。形だけでいえば、大きめの魔晶石に似ている。魔力も感じるし。


 魔晶石は質の悪いものは灰色、上質になればなるほど黒に近づいた色をしている。だが、こういう風に色がついたものを見るのは初めてだ。

 ドロップアイテムか、さもなければイレギュラーな魔晶石なのだろう。


 私はそれをジュンヤに渡した。


「これをギルドに提出すれば、地底湖の魔物の討伐証明になると思う。多分、特殊な魔晶石かドロップアイテムだね」

「けど、討伐したのはおれだけじゃなくてナミもだろ」

「いい。私は仲間と同じ姿のモノを倒した報酬なんてほしくない」


 ジュンヤははっとすると、固い表情で「わかった」と言って青い結晶を受け取った。


「ナミ、おまえはどうするんだ?」

「私はこのまま光の国に行く」

「ヘゲロペの依頼はどうするんだよ」

「途中放棄になるね。ヘゲロペにはそう伝えておいて」


 ポーチから店売りの回復薬を取り出し、一気飲みする。

 ポーションというこの世界の回復薬は、相変わらずおかしいくらいの即効性を持っている。通常の薬とは違って、魔力が込められているからだろうか。

 万全とは言えないが、傷が表面的には塞がって動ける程度に回復したところで洞窟の出口へと向かう。


「おいナミ!」

「…………何?」

「待てよ、お前一体何をしようとしてるんだ? まさか、魔王になってこの世界に復讐しようとかいうのか?」


 以前ここで、ディルにも同じようなことを言われた。その発想がなかったとはいえないが、それももう昔のことだ。仲間たちに会えたから、私はこの世界を許しかけていた。……このまま帰らずに、この世界の一部として生きてもいいかとすら、心の片隅で思っていた。

 だからこそ、私は魔女を許さない。


「……違う。私は仲間を殺した魔女に復讐するための手がかりを探してるの」


 ポーチ入った紙包みが、重みを増したように感じた。


「仲間が死んだなら気にするのは当たり前でも、おまえのはちょっと行き過ぎじゃないか? 全員でいても全滅させられたんなら、一人で勝てるわけない……そうだろ?」


 それは確かに正論だ。ジュンヤの言葉は、私の認めたくないところを的確に抉っていく。


「あいつらと話したことはなかったが、おまえの仲間ならきっと、そこまでして復讐は望まないんじゃ……」

「わかったようなこと言わないで!」


 私は声を張り上げて、ジュンヤの言葉を遮った。

 そんな綺麗事は聞きたくなかった。失ったことのない者に失った者の気持ちも、その重みも。

 わかるはずが、ない。


 私は魔法を唱え、火矢を中空に待機させる。狙うのはリクシャの心臓だ。

 この距離なら、ジュンヤにも防げない。


「ジュンヤは、私が今ここでリクシャを殺しても同じこと言える? 『リクシャは復讐なんて望まない』って。返り討ちにされるかもしれないからって、私のこと、許せる? 復讐を諦められる? 無理でしょ!?」


 ジュンヤは凍りついたように動かない。瞬きすらせず、火矢を、その奥の私を見ている。


「言っておくけど、リクシャは私を殺そうとした。だから私がリクシャを殺しても、この世界の冒険者の常識からしたらそれは当たり前のことでしかない」


 ジュンヤの傷ついたような顔に、なんだか自分が悪者になったような感覚を覚えた。

 火矢を消し、早足に洞窟を抜ける。息がつまるような細道も、やがては終わって出口に到達する。

 夜はまだ明けず、頭上では星がまばらに輝いている。肌寒い風が、どこまでも続く草原の青草を揺らして吹き渡る。


 夜はまだ、明けない。




あと一話で水の国編は終わりです。次は光の国編!

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