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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
へなちょこ冒険者と水の国
33/98

凍てつく過去

グロめなシーンがあります。苦手な方は注意してください。

 



「……また来たの?」


 地底湖の中心で横たわった『ディル』は、億劫そうにこちらを一瞥した。

 見れば見るほどディルに似ているその顔貌は嫌でも【潜水者の街】での日々を思い出させて、ひどくやりにくい。


 私は感情を押し殺し、何も言わず短剣を抜いた。そして、『ディル』に魔法攻撃、集中、魔法防御、三つの弱体化をかけていく。


「……『思考を散らせ』、『霞に惑え』、『心を侵せ』」

「なに、やる気……?」


『ディル』が呟き、彼の尾鰭が煩わしげに穢れた水面を叩いた。跳ねる水音に混じり、かすかに詠唱の声が耳を打つ。


「……『水刃』」


 弾幕のように、幾十もの三日月型をした水の刃が飛来する。

 地底湖はただでさえ狭いうえ、半分以上は湖に占められているのだ。最悪なことに床は濡れた岩。回避の選択肢は早々に捨て、私は防御を選んだ。


 大きめの水盾を私が前方に張り、その後ろでジュンヤが剣を構えて防御姿勢をとった。

 しかしながら、私の論理魔法は金の国の魔術顧問をして才能なしと言わしめるほどだ。しかも、無詠唱ならなお脆い。


 水の盾が水の刃から拮抗を保てたのも数秒、少しずつ厚みを削られていった水盾は、5発も当たると飛沫をあげて形を失ってしまう。


 私は一枚目が破られる直前に素早く詠唱し、そのすぐ後ろに張り付くようにもう一枚の水盾を展開した。控える二枚目が穴を埋め、怒涛の連射を防ぐ。しかし『ディル』の魔法の威力の前ではたかが知れており、すぐにまた盾は限界を迎えて弾ける。


「『風盾』」


 ジュンヤが防御魔法を発動させると、なぜか私が追加で展開した水盾の周りに風が生じ、水の刃を微かに逸らし威力を減退させた。

 通常の詠唱で魔法に魔法を合わせるのは不可能なはずだが、これもジュンヤのギフト、『魔法付加』の効果なのだろうか。


 弱体化の影響でいくらかは狙いが外れているものの、それでもなお水刃は相当の数と速度を誇って押し寄せる。


「ナミ避けろ!」


 ジュンヤが跳びながら警告した。一瞬の後、水刃の弾幕を飲み込みながら、竜巻のように渦を巻く水が押し寄せる。

 魔法の渦は、かろうじて回避行動をとった私の体をかすめていった。


 渦には水刃や氷の(つぶて)が巻き込まれていたようで、左腕や肩に痛みが走る。だが、動けないほどではない。まだ戦える範囲だ。

 前衛であるジュンヤも避けきれなかったようで、負傷は軽鎧のおかげで多少マシのようだが、それでも鎧の隙間からは血が流れていた。


 高威力の魔法なだけに、さすがに追尾機能まではついていなかったらしい。ひと一人巻き込めそうな巨大な渦は、蛇行した軌跡を描いて岩床を削りながら消失した。

『ディル』は害虫を見るかのように苛立たしげに顔を歪めた。


「……まだ生きてる…………面倒臭い」


 ディルは無造作に右腕を上げ、赤黒い水面を見下ろし命じる。


「……『起きろ』。ボクのために働け」


 水面が、揺れる。一箇所ではなく湖のあちこちから波紋が生まれる。

 そして波紋同士が重なり合い、水音を立てて──湖の縁、赤黒い水の底から腐肉の色をした手が生えた。


 気色悪いが、ただ見守るというのはありえない。私はなけなしの攻撃魔法、『火矢(カシ)』を放つが、水と火の相性は最悪だ。真っ直ぐ飛んで行った火矢は、腐肉の手を一つ射抜くとジュッという音を立てて消えてしまった。

 ジュンヤは青い顔をして剣を構えているが、魔法を使う気配はない。


 “手”は蠢くように湖の縁に掴まり、腐肉を潰しながら力を込めて本体を引き上げていく。腕に続き、頭────。俯いて髪に隠れていた顔が、排除すべき生者を認める。白く濁った目玉に、膨張した肉。相手の望むヒトの姿を映す水死体のモンスター……水鏡(アクアミラー)が、水面を割って姿を現したのだ。


 湖から湧き出す手は一つではない。波紋は一様に湖岸に向かって移動している。……ということは、私は無数のアクアミラーとディルを、ジュンヤとたった二人で相手取らなければならないということだ。


 ディルはすでに、再び詠唱を始めている。聞き覚えのあるそれは、擬似的な津波を起こす上級論理魔法だったはずだ。


「ジュンヤ」

「何だ?」


 ジュンヤは振り向かずに応えた。


「逃げて。上級魔法が来る。防ぎきれないよ」

「……断る。仲間を見捨てられるか!」

「もう詰んでるの。あなたまで私に付き合う必要はない」

「──何で諦めんだよっ! どうにかなる、おれが保証するから!」


 ジュンヤは剣に冷気を纏わせると、片端からアクアミラーを切り裂いていく。

 ディルの詠唱は、まだ続いている。こんなに長い詠唱だっただろうか。


「とにかく今は時間を稼いでくれ」

「……それでどうなるっていうの」

「あ〜!! もうどうでもいいから信じろよ! 仲間だろ!?」


 やはり彼は私のことを仲間だと思っているらしい。道中とは異なり、今度は素直に嬉しいと感じられた。

 上級魔法が来るという危機的状況。だというのに、気付けば私の口元は綻んでいた。


「……わかったよ、ジュンヤ。……『闇棘痛苦』」


 短剣を握り締め、ディルの魚の尻尾に闇の茨を絡みつかせる。あまりダメージはなさそうだが、ディルの集中は乱せたようで詠唱が切れた。

 とりあえず、私の魔力が切れるまでは保つだろう。


 ……仲間を信じる、か。私はもっと信じてもよかったのかな、ディル。

 本当は怖かったのだ。ここで、『ディル』の前で呼んだら、来てくれないんじゃないかと。

 そうしたら、『ディル』はディルだということが証明されてしまう。


 ポーチから小さな紙包みを取り出し、臆病な考えを振り切って……私は呼んだ。私の、仲間を。


「『来たれ』」


 黒いローブを着た少年魔術師が、私の前に召喚された。ここからは、淡々と詠唱をする黒いローブ姿の小さな背中しか見えない。


「『凍てつく白の世界、終わりなき氷雪の楽園をここに──永久凍土』」


 世界が、凍った。


 冷たい風が通ったと思った瞬間、アクアミラーが止まった。手から順に白い霜が降りていき、最後には腐った体全てが凍りつく。

 湖が、岸から奥へと水死体を閉じ込めたまま凍りつき、閉ざされていく。『ディル』も永久凍土から逃れることはできない。

 尾で水面を叩きながら這いずるようにして逃れようとするが、末端から氷結し、そのまま動けなくなる。顔を歪めて悪足掻きとばかりに、その口は詠唱を続けている。


 すかさずジュンヤは凍った湖上を走り、『ディル』に大上段から剣を振り下ろした。鎖骨から脇腹めがけて振り下ろされた剣は、しかし腕一本を犠牲にして止められた。剣に付与された氷魔法のせいか、傷口は白く凍りつき血の一滴も出てはいない。


「ちっ!」


 詠唱が、完成する。

 ジュンヤは舌打ち一つを残して退こうとするが、間に合わない。

 ジュンヤは冷気を纏った剣を、凍りついた湖に盾のようにかざす。


「──ジュンヤ!」


 私は闇の荊の拘束を強めるが、『ディル』の魔法は止まらない。無情にも、魔法を構築する最後の一音が紡がれた。


「──『覆地潮流(フクチチョウリュウ)』」


 誰もが死を覚悟しただろう。こんなところで大量の水が発生したら、地底湖の洞窟ごと水没してしまう。エラ呼吸でもできない限り、生存は絶望的だ。


 だが、膨大な質量を持つ津波が襲いかかることはなかった。

 ジュンヤの目の前に、黒い壁が現れたのだ。それは水を発生するそばから呑み込んでいき、小さな球体に圧縮されると消えていった。


 ジュンヤは好機を逃さず、文字通り最後の力をふりしぼった魔法の行使によって魔力の急激な消耗にあえぐ『ディル』へと数歩で迫り、無防備な体に剣を振り下ろした。


 悲鳴は聞こえなかった。なぜなら、ジュンヤの剣は『ディル』の喉元を切り裂いていたのだから。

『ディル』は仰向けに、氷上に倒れた。


 ジュンヤが剣を下ろして、動くものはもはやいなくなった地底湖を見回す。


「終わった、のか……?」

「そうだね」


 私も湖へと足を踏み出した。水はすっかり凍っていて、私が乗ったくらいではびくともしない。表面どころではなく完全に底まで凍りついているのだろう。

『ディル』は目を見開き、岩天井を仰ぐようにして倒れている。金色の瞳は、もうどこも見てはいない。

『ディル』の遺骸は、消えることなくそこに存在している。もっとも肉体はあれども、その中にあったものはすでにない。


「……さよなら」


 そう言った直後、ジュンヤが戸惑ったような声を上げた。


「おいナミ、その手……」


 ……手?

 ジュンヤに言われて目線を落とすと、私の両手が淡く発光していた。そう、アクアミラーを水路で倒した時と同じように。

 私のギフト名が、ふと頭に浮かぶ。


「これは……じょう、か?」


 言った途端、ディルそっくりなモンスターの遺骸から、何か黒い文字列のようなものが浮かび上がった。それはモンスターの体に幾重にも鎖のように絡みついている。


 両手に熱を感じたと思うと、光ははっきりとした形状──剣の形をとって目の前に浮かび上がった。そして、独りでに浮き上がるとモンスターの遺骸を貫く。


 爆発的な白い光が溢れ、私は目を覆った。


 白い光のなか、唐突に脇腹に熱を感じる。触れてみると、どろりと生温かいものが手についた。遅れて、神経を焼き切るような激痛が襲いかかる。


 振り向いた視界に飛び込んできたのは────左手に杖を握ったリクシャだった。

 リクシャは喜色を含んだ凄惨な笑みを浮かべた。




すみません。遅くなりました。

言い訳になりますが、戦闘シーンは当初、弾幕からの永久凍土で終わりの予定だったんです。でも、あまりにあっけないので大幅に加筆修正していました。

次話はストックないので、また間隔があくと思います。

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