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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
へなちょこ冒険者と水の国
32/98

停滞の終わり

 





 今まで着ていたごくごく普通の町娘の服を脱ぎ、いつもの白いローブを身につける。

 女将は仕事が早いようで、預けたローブは部屋に戻るとすでに、洗濯されてベッドの上に畳んで置いてあったのだ。地底湖に行くのに間に合ってくれてよかった。

 着慣れたローブはしっくりと体に馴染んでくれて、着ていると安心できる。もちろんリディアから譲り受けただけあって、性能も優秀だ。これがなければ、冷気が溢れる地底湖に今晩中に向かうことは難しかっただろう。

 感謝の気持ちを込めて、女将に借りていた服を丁寧に畳んでベッドの上に置いておく。

 部屋の窓から見える町並みが完全に闇に沈むのを見届けると、私はひっそりと宿を出た。


 外に出るとすぐに、誰かの視線を感じた。私にはレンジャー系の素養はないから、どこから見られているのかまではわからない。それでも、私に意識が向けられていることは感じ取れる。

 ふと、Aランクに昇格した時のことが頭をかすめた。あの時は、素行や適性の調査のためにギルド職員に尾行されたのだったか。


 ……まさか、またギルド職員に監視でもされているのだろうか。

 これは私の単独行動だし、誰にもまだ知られていないはず。水源の報告すら今日あがったばかりなのだ、ギルドが動くには、あまりに早すぎる。それに、これは私が一人で強力なモンスターのねぐらに突っ込むというだけの、ただの自己満足でしかない自殺行為だ。最悪でも馬鹿な冒険者が一人死ぬだけで、ギルドに損失はない。

 そんなはずはないと思いつつも、人を食ったようなルアンナの顔を思い出すと、否定しきることはできなかった。

 また、他には私を監視する理由のある機関もニンゲンも、心当たりはない。


 ……まあ、理由など些細なことか。たとえ誰であろうと、邪魔はさせない。

 手っ取り早く、口を封じてしまおう。わざわざ監視してくるようなニンゲンが、私に好意を持っているとも思えないし。


 適当な角を曲がったところで、建物の影に身を潜める。そして、監視者も私の後を追って角を曲がったところで、私は相手の首元を狙って短剣を突き出した。


「うわっ」


 情けない声に続いて金属のぶつかる音が暗く狭い路地に響き、私の刺突は片刃の両手剣に防がれる。

 所詮後衛の私では、腕力も高が知れている。だが、問題は相手を仕留め損ねたことではない。腕に重い痺れを感じながら、私は監視者を睨んだ。


「……どういうつもり、ジュンヤ」


 私をつけていた監視者、その正体はジュンヤだった。

 ジュンヤにつけられる覚えはないし、ストーカーまがいのことをされて、はっきり言って気持ち悪い。


 ……やはり、ここは逝ってもらうべきか。


「『錆びて朽ちよ』」


 論理魔法で筋力を弱め攻撃力を削ぎ、私はさらに短剣を押し込もうとする。

 剣でかろうじて受け止められていた短剣の黒い刃が、じりじりとジュンヤの首に近づいていき──


「待て待て待て!」


 ──言いながらジュンヤが必死に発動させた炎槍が剣に絡みついた。炎に突っ込みたくはないので、私は後ろに跳んで距離を空ける。

 短剣は構えたままだ。

 目的がわからない以上、まだ油断はできない。


「どうして私をストーキングしたの? 邪魔する気?」

「違う、とにかく武器を引いてくれ、怖すぎるわ! ほら、おれに戦う気はないから! 」


 ジュンヤはそう言って、慌てて剣を収めた。そして、気まずそうな顔で続ける。


「その……おまえはディルを討伐しに行くんだろ?」

「どうしてそれを」

「ギルドの掲示板で、地底湖の調査団結成っていうクエストがあったんだ。護衛を募集するって。宿からこんな時間に出て行く怪しい影があったから、ディルのこともあるし、まさかとは思ったが……」


 ジュンヤは少し怒ったような顔をした。


「おまえ一人でどうする気だよ」

「……どうでもいいでしょ。あなたには関係ない」


 ジュンヤの眉が吊り上がる。


「関係ない? 仲間だろ!?」

「…………?」


 いや、いつ私がジュンヤと仲間になったんだろうか。私たちの関係は、同じ依頼を受けて臨時的にパーティーを組んだだけの、ただの同業者だと思うのだが。

 私が首をひねっていると、ジュンヤの眉がさらに吊り上っていく。ついに彼は、何かが限界に達したように叫んだ。


「……ああそうだよ、おれは関係ないさ! だけどな、おれは意地でもついていくからな」

「え……嫌。邪魔」


 間髪入れずに拒否する。

 これは私の問題だ。ジュンヤが入る余地はない。というか邪魔以外の何でもない。

 だが、ジュンヤは引かずに私を脅迫した。


「断るなら、地底湖でおれが見たこと全部、ギルドに今から報告してくるぞ。【潜水者の街】の評判はガタ落ちだろうな」

「…………」


 それだけは避けたい。

 名声が惜しいということはないけれど、みんなと過ごした場所(ギルド)が貶められるのは嫌だ。

 しかも、Sランクギルドは【潜水者の街】だけではないのだ。『ディル』がいくら強いといっても、討伐クエストが出て彼らが本気になってかかれば、『ディル』ではかなわない。……また、仲間を……殺されてしまう。


「……何があっても知らないからね」


 私は仕方なく短剣を仕舞い、ジュンヤの同行を黙認することにして歩き出す。

 ジュンヤは何かもたついていたが、すぐに私に追いついた。

 並んで歩く彼を横目で見ると、まだ怒っているような、それでいて不安を感じているような顔をしている。


「……勝てるか不安なら、来なくていいのに」

「違う。どうしてそうなるんだよ!」

「不安そうな顔してた。それに、負ければ死ぬ」

「そのくらいわかってる! 心配なのは、おまえが危険行為ばっかりする危険人物だからだろ!!」


 辺りはまだ暗いのにヤケ気味に叫ぶジュンヤはまごうことなく近所迷惑だが、それ以上に彼の発言がひっかかる。たっぷり数十秒かけて、前後の文脈から彼が『何を』を心配しているのか導き出す。


「心配……私を?」

「他に誰がいるんだよ……!」


 ジュンヤはそう言ってそっぽを向き、足を早めた。

 心配……。それは、あれだろうか。誰かを気にかけるという趣旨の。それはまた……しばらく縁のなかった単語だ。

 頭の中で、その意味をじっくり反芻(はんすう)する。


 どうしてジュンヤが私を心配するのかは謎だが、そんな感情を向けてくれるヒトがいることは少し嬉しかった。もちろん言葉には出さないが。

 けれど、それと同じくらいに心の底で罪悪感が(くすぶ)る。みんなはもういないのに、『嬉しい』なんてまだ感じられる自分が、ひどく薄情に思えた。




 ◇◆◇◆◇



 少し離れた細い路地。そこに挟まるようにして、一人の少女が聞き耳を立てていた。

 少女は虚ろな瞳を二人がいた方に向け、小さく言葉を発した。弱々しい呟きにしかならないそれは、風に掻き消されて少女本人の他に聞かれることはない。


「……そうなのね。ジュンヤは、やっぱり……」


 彼女は夢の中にいるようなぼんやりとした足取りで、夜の暗がりへと消えていった。

 赤い染みを一つ、白い路地にぽつりと落として。




 ◇◆◇◆◇




 町の門を、草原を抜け、地底湖の洞窟に着いたのはまだ夜が明ける前だった。

 そのまま洞窟に踏み入ろうとするが、ジュンヤが相変わらずムスっとした顔で、前に割り込むようにして先頭に立って中へ入っていった。


 パーティーとしては、魔法剣士に分類されるジュンヤが前、死霊術師の私が後ろなのは理にかなっている。てっきりジュンヤは本当に『ついてくる』だけかと思っていたが、どうやらただ同行するだけではなく、戦闘も補助してくれるつもりのようだ。


 洞窟の内部は相変わらず涼しく、また単調だ。私たちの歩く音と水滴の落ちる音の輪唱が続くなか、ひたすら下り勾配の一本道を進んでいく。

 モンスターは一体もおらず、気配すら感じられない。一昨日討伐したから、いくらか減ったのかもしれない。


 歩いているうちに、次第に異臭と冷気が強くなってきた。この臭いを嗅ぐのも本日二回目だが、慣れることはないし慣れたくもない。

 光苔の淡い白色光に照らされた、ひたすら続く薄青の岩肌の道。その先に、湖が姿を見せ始める。

 赤黒く濁った湖面には、波紋の一つも見当たらない。凪ぎ、澱み、停滞している。


 ……私はこのまま『ディル』に会って、戦って、殺し合わないといけない。いざ対峙してそれができるかはまだわからないけれど、もう時間はないのだ。

 どんな結末であっても、せめてケジメだけはつける。


 しかし、ジュンヤを巻き込んでしまったのは想定外だった。万が一の時にはせめて彼だけは逃がせればいいな……。そんな余裕があれば、だが。


 ちらりとジュンヤを見てから、私は開けた空間へと足を踏み入れた。






サブタイトルこそ『停滞の終わり』ですが、いちいのスローペースな更新の停滞具合はどうにもならなそうです……。

でも水の国の山場にもう入るので、努力します。

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