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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
へなちょこ冒険者と水の国
30/98

水源

 




「若いねえ」


 窓口の向こうで、ルアンナは肉食獣のように目を細めた。


「あなたに比べればそうだろうね」

「いや、あんたもさ」


 私も……?

 年齢はジュンヤと同じくらい若いけど。


 ルアンナは振り返り、奥に声をかける。


「ネーフェ、仕事だよ! 昨日の水死体騒ぎの調査だ。体験者(ナミ)もつかまった」

「はい」


 返事が聞こえ、窓口が並ぶカウンターの隅にある扉から、一人の女性が駆けてくる。


「ナミ、この子が調査に同行させるあたしの部下、ネーフェだよ」


 ルアンナの部下として紹介されたのは、魚人族の女性だった。控え目そうで、どちらかというと地味な印象だ。

 彼女は丁寧に一礼した。


「ネーフェと申します。宜しくお願いします」

「……【潜水者の街】の、ナミ。よろしく」


 ネーフェはルアンナの方を一瞥(いちべつ)すると、ゆったりと口を開く。


「それではまず、昨夜のモンスターの出現地点へ向かうということでよろしいですか?」


 私は無言で頷いた。




 宿屋【眠り魚亭】。そのすぐ近くの路上から、浅く水の流れる水路を見下ろす。

 昨晩の名残(なごり)か、薄くはない腐臭が鼻を刺激する。


「ここ、ですね?」

「そう」


 私がそっけなく答えると、唐突にネーフェは水路へと飛び降りた。濃紺のゆるいサイドテールが、空中に軌跡を描く。(なび)く、ギルド職員に与えられる制服の(すそ)


「なっ!?」


 私の驚きをよそに、彼女は危なげなく着地する。ブーツに包まれた足の脹脛(ふくらはぎ)までを水に(ひた)して、そのまま水路の調査を開始した。屈んだり実際に壁面を触ってみたりしながら、目を凝らす。


「水路の壁面に、物理的な仕掛けはないようです。魔法の気配や魔法陣も見当たりません。どちらからモンスターが来たのか、わかりますか?」


 こちらを見上げるネーフェ。

 私は昨夜、女将の後を追っただけだから、モンスターの来た方角までは見ていない。


「知らない」

「そうですか。何らかのギフトの効果なのでしょうか……」


 ネーフェは困ったように言うと、水路から大きく跳躍して路上に戻った。かなりの脚力だ。

 冒険者は、便宜的に戦闘スタイルや技能で、職業と呼ばれる複数のタイプに分かれている。私なら、魔法の中でも死霊術を使うから、死霊術師。

 ここまでの機動力を持つということは、彼女はレンジャー系か戦士系なのだろう。……おそらくはレンジャーか。背中に弓を背負っているから。


 脳裏に、最早いなくなってしまった仲間の一人、綺麗な顔をしたエルフの男性の影がちらついた。

 私は一度だけ目を閉じ、感傷を振り払う。目を開いた時には、なんとか気持ちの切り替えは済んでくれた。


 これでもギルドからの依頼だから、文字通り"いるだけ"なのはまずい。

 幸いにして、私の仕事はありそうだ。

 ……死霊の気配がする。それも、かなり濃密に。


 私は短剣を抜き、魔法を紡いだ。


「……『来たれ』」


 呪文と同時に辺りに魔力を撒き散らす。多分、一体くらいは実体化するだろう。


 閉塞感のある息苦しい空気が、私を中心に満ちて行く。ネーフェは顔も顰めずに、成り行きを見守る。表情は落ち着いていても、彼女の肌は粟立っていた。


 音もなく、眼下の水路中央に、半透明の男性が現れた。ガラスに映る像のように薄い体は、魔力を私が垂れ流す度に少しずつ濃くなっていく。

 造作が見分けられるくらいまでになったところで、私は魔力を止めた。


「……凄い」


 ネーフェの感嘆が聞こえる。賞賛というよりは畏怖の強い声。こんな声を聞くのも久しぶりだ。


 死霊術師は不吉だから、この世界では(うと)まれている。ジュンヤはそんなことを知らなかったようだし、みんなといた時は気にすることもなかった。

 かつて一人でランク上げをしていた時以来の反応に、ほんの少しだけ寂しさを感じる。


 私は死霊へと、簡潔に問う。


「どこから来た?」


 実体化した死霊の腕が、持ち上がる。棒のように真っ直ぐなそれは、水路の上流の方に向けられていた。


「あっちだね」


 私が声を発すると、びくりとネーフェの背が跳ねた。思い出したように、少し遅れて返事がされる。


「……はい」


 私たちは、ときどき死霊を呼び出し案内をさせながら、上流に誘導されていった。




 水路を死霊の案内に従って辿っていくと、最後に行き着いたのは小さな教会の裏手だった。

 そう高さのない崖の岩肌に、人が三人ほど並んで入れそうな洞窟が、歪な輪郭の口を開いている。

 入り口には粗く格子がかけられ、中からは結構な勢いで水が流れ出す。


「ここは……町の水源です」


 ネーフェが洞窟を見上げて言った。


「通りで」

「どうされたのですか?」

「……慣れたから、感じないんだね。ここ、臭う」


 私は顔を(しか)めた。

 意味がわからないといった顔のネーフェに、説明する。


「……腐臭。それも腐肉を溶かした水みたいな臭い。この町だけじゃなくて、外でも嗅いだ」

「腐臭、ですか。水死体がここから来たのは間違いないようですね。水源の管理は、そこの教会の司教の方が行っているはずなのですが」

「確認したら?」


 ネーフェは思案顔をして、首を横に振る。


「その前に一度、報告を上げて指示を仰ぐべきかと」

「そうするまでもない。教会の中から、死霊の気配がする」


 ネーフェは弾かれるように、小さな教会を見た。

 私は詳しく気配を探る。


「……一人やそこらじゃないね。ここには誰が住んでたの?」

「ここは、孤児院も兼ねておりました」


 信じたくない、けれど仕方ない。そんな葛藤と、幾ばくかの諦めを滲んだ声だった。

 冒険者は常に危険と隣り合わせ。最悪の想定をしておくことができるニンゲンでなければ、務まらない。それはギルド職員の彼女にも言えることらしい。


「水源から来る死体に、死霊の気配。何もないとは思えないよ。ちゃんと調べるべきじゃないの?」

「ですが……」


 まだ躊躇う彼女に、洞窟から流れ落ちる水を受けている水路の片隅を指し示す。そこにあるのは、教会の施設に付属するようになっている水車だ。


「あの水車、壊れてるし。管理人が生きてるなら、修理するはずでしょ」


 ネーフェの迷うようだった目が伏せられ、諦念で色を深くした。


「……はい。孤児たちと司教は亡くなっていると考えた方がよさそうです。確認を、とるべきですね」


 その時、微かな音が聞こえた。教会の扉の中からだ。

 大量の死霊の気配がする建物に、生きたニンゲンがいるとは考え難い。


 ネーフェは悲しげなサファイアブルーの瞳とは対照的に機敏な所作で、背中に背負った彼女の武器……長弓を取った。小さな青い魔法陣が宙に生じ、水の矢が生み落とされる。

 彼女の左手はそれを指に挟むと、滑らかな一動作で射る。

 教会の質素な木の扉に、透明な矢が突き立った。




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